かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

正しさとことばづかい--朱喜哲『バラバラな世界で共に生きる リチャード・ローティの哲学』

* 分極化の時代における哲学の使命 西洋哲学の起源は古代ギリシャに遡ります。プラトンやアリストテレスといった古代ギリシャの哲学者は「普遍とは何か」について考えました。この「普遍とは何か」という問いは中世のキリスト教神学に影響を与え「神(普遍…

これから加速主義へ入門するためのおすすめ5冊

* 加速主義〈増補新版〉ニック・ランドと新反動主義(木澤佐登志) 加速主義 増補新版 ニック・ランドと新反動主義 (星海社 e-SHINSHO) 作者:木澤佐登志 講談社 Amazon ⑴ 異色の哲学者 近年、テクノロジー関連の言説、現代思想の領域、さらには政治的な議論…

セカイ・崇高・人文知--渡邉大輔『セカイ系入門』

* セカイ系の現在地 ゼロ年代における文芸批評シーンを賑わした「セカイ系」という言葉の出自は2002年10月31日に「ぷるにえブックマーク」というウェブサイトの管理人だった「ぷるにえ」という人物の執筆した「セカイ系って結局何なのよ」という掲示板のス…

孤独・趣味・ネガティヴ・ケイパビリティ--谷川嘉浩『スマホ時代の哲学』

*「一人であること」と現代情報環境 20世紀を代表する政治哲学者ハンナ・アーレントは「一人であること」を〈孤立 isolation〉と〈孤独 solitude〉と〈寂しさ loneliness〉という三つの様式に分けて論じています。ここでいう〈孤立〉とは何かに集中して取り…

ニック・ランドと加速主義

* ヴォイスからイグジットへ 2012年、オンライン上に「暗黒啓蒙 The Dark Enlightenment」と題された長大な論考が発表されました。著者はイギリスの哲学者ニック・ランド。その第1章「新反動主義者はイグジットを目指す」の中でランドは電子決済サービスPay…

映画における運動と時間、あるいは超越論的経験論における主体性について

* ドゥルーズ哲学の実践としての『シネマ』 20世紀を代表する哲学者の1人であるジル・ドゥルーズの仕事は哲学にとどまらず、精神分析、文学、絵画、映画といった諸領域を変幻自在に横断するものであり、そこではさまざまな革新的な概念が創出されることにな…

加速主義とAIアラインメント

* 加速主義の系譜 近年、テクノロジー関連の言説、現代思想の領域、さらには政治的な議論において「加速主義 Accelerationism」という言葉がよく見受けられるようになりました。この「加速主義」を大まかに定義するとすれば「現存する社会システム、特に資…

アルゴリズム・庭・批評、あるいはメディア・インフラ・リテラシーについて

* アルゴリズムは公正で信頼できるのか 我々が日常的によく使う検索エンジンやソーシャルメディア、レビューサイト、動画共有サイトといったインターネットのプラットフォームは「アルゴリズム」で動作しているという言い方がよくされます。この「アルゴリ…

日本国憲法と中空構造--國分功一郎『天皇への敗北』

* 日本国憲法と戦後民主主義 1945年8月15日、日本政府のポツダム宣言受諾を伝える玉音放送によって太平洋戦争が事実上終結します。連合軍の占領と改革に対する人々の不安が渦巻く中、8月12日には占領軍の先遣隊が厚木に到着し、続いて30日には連合国軍最高…

現前・自閉・物語--小倉拓也『〈自閉〉の哲学』

*「正常」と「異常」を問い直す 17世紀においてルネ・デカルトが立ち上げた「我思う、故に我あり」という近代的な「主体」は絶えず変化する不確かな感覚に対して「不変のもの」「確実なもの」としての思考する実体として描かれました。すなわちそれは、環境…

これから三宅香帆に入門するためのおすすめ5冊

* なぜ働いていると本が読めなくなるのか(2024年) なぜ働いていると本が読めなくなるのか (集英社新書) 作者:三宅香帆 集英社 Amazon ⑴ 読書の起源と拡大 令和の世に彗星の如く現れた文芸評論家、三宅香帆氏はベストセラーとなった本書『なぜ働いていると…

〈暮らし〉を制作するということ。 

* 消費と浪費 國分功一郎氏はベストセラーとなった哲学書『暇と退屈の倫理学』(2011)においてフランスの思想家ジャン・ボードリヤールの議論をベースとして消費社会がなぜ「退屈」をもたらすのかを論じています。消費社会において人間は資本主義によって…

民藝運動から創造社会へ

* 柳宗悦と民藝運動 明治期の日本において日本美術の振興に尽力したことで知られる岡倉天心は1903年に行った「美術家の覚悟」という講演において芸術家の意義につき「古来東西の美術家は、彼の宗教家の如く、又た文学者の如くに、自ら文明の先駆となりて一…

ハンナ・アーレントと人間の条件

* 全体主義の起源から人間の条件へ 今年生誕120周年を迎えたハンナ・アーレントは1906年、ドイツのハノーバーでユダヤ系の中産階級の家庭に生まれ、マールブルク大学でマルティン・ハイデガー、ハイデルベルク大学でカール・ヤスパースという錚々たる面々に…

〈ていねいな暮らし〉における二層構造--佐藤八寿子『〈ていねいな暮らし〉の系譜--花森安治とあこがれの社会史』

* 丁寧な暮らしではなくても 2020年1月に発売された『暮しの手帖』の表紙に大書された「丁寧な暮らしではなくても」というフレーズは当時、読者をはじめとして業界に少なからぬインパクトを与えたそうです。1948年に創刊された同誌は昭和の一時期には販売部…

中動態と訂正可能性

* 中動態からみた「悪の愚かさ」 『暇と退屈の倫理学』(2011)で知られる國分功一郎氏はもう一つの代表作である『中動態の世界--意志と責任の考古学』(2017)においてかつて言語に存在し、今や喪われた「中動態 middle voice」に注目することで「意志」…

平和における隔離と共生、あるいは、ねじまき鳥クロニクル

* 観光客と訂正可能性から考える平和論 日本における現代思想の古典的名著『動物化するポストモダン』(2001)で知られる批評家の東浩紀氏は近年において「観光客」と「訂正可能性」という概念を軸にした哲学を展開しています。氏は『観光客の哲学』(2017…

享楽的こだわりとしてのレコード--村上春樹『古くて素敵なクラシック・レコードたち』

* レコードの魅力とは何か 音を記録、再生する技術は1877年にトーマス・エジソンが発明した蓄音機に始まり、エミール・ベルリナーによって円盤式レコードが開発されてからは音楽の大量複製と流通が可能となります。もっとも20世紀前半に普及したSP(Standar…

データベースからアルゴリズムへ--三宅香帆『考察する若者たち』

* データベース消費の現在地 ゼロ年代を代表する批評家である東浩紀氏はその代名詞的著作である『動物化するポストモダン』(2001)において近代的な「大きな物語」が機能不全となった現代ポストモダンにおける個人の消費行動を「物語消費」から「データベ…

道しるべなき時代にあかりを灯す--宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』

* 承認の時代における「主人公」 2024年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りに行く』(2023)は歴代本屋大賞受賞作の中でも極めて異色な作品であったように思えます。同作は滋賀県大津市を舞台に主人公である成瀬あかりの中学2年生の夏から高校3年生の夏まで…

コンステレーションから物語へ--深緑野分『この本を盗む者は』

* コンステレーション 臨床心理学者の河合隼雄氏は京都大学最終講義「コンステレーション」で心理療法において見出される「物語」を「コンステレーション」の展開として語っています。ここでいう「コンステレーション」とは夜空にある星座を意味しています…

破壊の快楽と制作の快楽--坂口安吾『戦争と一人の女』『続戦争と一人の女』

* プラットフォームから「庭」へ 批評家の宇野常寛氏は近著『庭の話』(2024)において今日の情報環境は社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こす「相互評価のゲーム(発信と承認の快楽が前面化したゲーム)」に支配されているとして、ソーシャルメディ…

これから國分功一郎に入門するためのおすすめ5冊

* 暇と退屈の倫理学(2011年) 暇と退屈の倫理学(新潮文庫) 作者:國分功一郎 新潮社 Amazon ⑴ 消費から浪費へ 現代日本を代表する哲学者の1人である國分功一郎氏が2011年に公刊した『暇と退屈の倫理学』は第2回紀伊國屋じんぶん大賞を受賞するなどその当…

体験を経験へと言語化する技術--小さな美術館の学芸員『忙しい人のための美術館の歩き方』

* 芸術を変えるきっかけとなった「展覧会」 芸術作品を鑑賞するという行為はかつてはごく限られた階層の人のみに許された娯楽でした。中世やルネサンスの頃は芸術家は常に教会や君主や資産家といったパトロンからの発注を受けて作品を制作していました。こ…

法哲学という思考ツール--住吉雅美『あぶない法哲学』

* 法原理を根本から問い直す 世界的な哲学者として知られるジョルジョ・アガンベンは2020年2月26日のイタリアの新聞「イル・マニフェスト」紙に「根拠薄弱な緊急事態によって引き起こされた例外状態 Lo stato d'eccezione provocato da un'emergenzaimmotiv…

物語を読み解く技術--三宅香帆『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』

* 体験の言語化はなぜ重要なのか 「美味しさ」は言葉にできないと言われることがあります。とにかく筆舌に尽くしがたいくらい美味しかったとしか言いようがなく、何がどう美味しいかは言葉では説明できないというもどかしい気持ちになったことはないでしょ…

恋する哲学原理--最果タヒ『恋の収穫期』

* 暴力としての思考 彼女はプティット・マドレーヌと呼ばれる小ぶりでふっくらしたお菓子を持ってこさせた。それはホタテ貝の筋の入った殻で型をとったようなかたちをしていた。そこで私は……機械的に、紅茶をひと匙すくって唇に運んだが、その中にマドレー…

超越論的経験論から観る哲学史--國分功一郎『ドゥルーズの哲学原理』

* ドゥルーズ哲学の枢要部 20世紀を代表する哲学者の1人であるジル・ドゥルーズは1925年、フランスはパリ17区に生まれました。高校最終学年の哲学の授業で「これこそ自分のやるべきことだ」という天啓に打たれたドゥルーズはソルボンヌ大学で哲学を学び1948…

現代美学がひらく「美味しい」の世界--源河亨『「美味しい」とは何か』

*「美味しい」とは人それぞれ、なのか 雑誌やテレビやSNSなどで「美味しい」と話題のお店の料理をそのお店に行って実際に食べてみたらあまり美味しくなかったという経験はないでしょうか。なぜそういうことが起きるのでしょうか。もちろん常識的に考えれば…

アソシエーションの論理とケアの倫理--阿部暁子『カフネ』

* アソシエーションとは何か 戦後日本を代表する文芸評論家の1人である柄谷行人氏は後期の主著『世界史の構造』(2010)において「交換様式A(互酬)」「交換様式B(略取-再配分)」「交換様式C(商品交換)」という3つの「交換」のあり方から社会や歴史を…