かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

超越論的経験論から観る哲学史--國分功一郎『ドゥルーズの哲学原理』

* ドゥルーズ哲学の枢要部 20世紀を代表する哲学者の1人であるジル・ドゥルーズは1925年、フランスはパリ17区に生まれました。高校最終学年の哲学の授業で「これこそ自分のやるべきことだ」という天啓に打たれたドゥルーズはソルボンヌ大学で哲学を学び1948…

現代美学がひらく「美味しい」の世界--源河亨『「美味しい」とは何か』

*「美味しい」とは人それぞれ、なのか 雑誌やテレビやSNSなどで「美味しい」と話題のお店の料理をそのお店に行って実際に食べてみたらあまり美味しくなかったという経験はないでしょうか。なぜそういうことが起きるのでしょうか。もちろん常識的に考えれば…

アソシエーションの論理とケアの倫理--阿部暁子『カフネ』

* アソシエーションとは何か 戦後日本を代表する文芸評論家の1人である柄谷行人氏は後期の主著『世界史の構造』(2010)において「交換様式A(互酬)」「交換様式B(略取-再配分)」「交換様式C(商品交換)」という3つの「交換」のあり方から社会や歴史を…

現代思想における「斜め」の空間--松本卓也『斜め論--空間の病理学』

* 垂直と水平のあいだとしての「斜め」 20世紀を代表する哲学者の1人であるマルティン・ハイデガーはその主著『存在と時間』(1927)において現存在としての人間の意味を時間性のなかにみようとする思考を展開し、大陸哲学に巨大なインパクトをもたらしまし…

「孤独」の価値を問い直す--宇野常寛『ラーメンと瞑想』

* 都市にはラーメンを食べて死ぬ自由があり、瞑想するための場所がある 『ゼロ年代の想像力』(2008)で鮮烈なデビューを果たして以降、特撮やアニメーションのポップカルチャー批評で知られる批評家の宇野常寛氏は初の社会批評となる『遅いインターネット…

日常における意味の彼岸--映画『リンダリンダリンダ』

* 映画の持つ「直接的な力」 映画批評家の三浦哲哉氏はその著作『映画とは何か』(2014)において「映像が動く。ただそれだけのことにただならぬ感動を覚えるまなざしがあるとすれば、それは具体的にどのようなものか」という問いを立て、映画の持つ「直接…

暮しと憲法感覚--山本昭宏『戦後民主主義 現代日本を創った思想と文化』

*「戦後民主主義」とは何だったのか 戦後日本における「大きな物語」のひとつとして「戦後民主主義」というものがあげられます。「戦後民主主義」という言葉は論者や文脈によって様々な意味を帯びる言葉ですが、その最大公約数的な意味を取り出せば差し当た…

大本営発表と「つぎつぎになりゆくいきほひ」--辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』

* 大本営発表とは一体何だったのか 先の戦争における「大本営発表」といえば終戦から80年が経った今日においても「あてにならない当局の発表」のメタファーとして盛んに用いられています。2011年3月に発生した福島第一原発事故に関して経済産業省、原子力安…

「美少女ゲームの臨界点」の向こう側--『AIR』

* データベース的動物と美少女ゲーム ゼロ年代批評を代表する批評家である東浩紀氏は『動物化するポストモダン』(2001)においてコミック、アニメ、ゲーム、コンピューター、SF、特撮、フィギュアそのほか、互いに深く結びついた一群のサブカルチャーを「…

人間であることと動物になること--國分功一郎『暇と退屈の倫理学』

* ポストモダンの倫理学 現代の日本社会においては「大きな物語」と呼ばれる社会的な価値基準が失墜し、様々な「小さな物語」が乱立するポストモダン状況が一層加速しつつあるといわれています。こうしたポストモダンにおける人間像について東浩紀氏は『動…

これから宇野常寛に入門するためのおすすめ6冊

* 遅いインターネット(2020年) 遅いインターネット (幻冬舎文庫) 作者:宇野常寛 幻冬舎 Amazon ⑴ AnywhereとSomewhere 宇野常寛氏は鮮烈なデビュー作となった『ゼロ年代の想像力』(2008)以降、特撮やアニメーションなどのポップカルチャー批評を通じて…

ポストモダンにおける永遠回帰の命法--舞城王太郎『九十九十九』

* 動物の時代における人間の条件 東浩紀氏の代表的著作である『動物化するポストモダン』(2001)の続編である『ゲーム的リアリズムの誕生』(2007)は一般的に当時のオタク系文化を席巻していたライトノベルや美少女ゲームについて論じた著作であるとされ…

世界を映すスクリーンとしての「風味」--三浦哲哉『自炊者になるための26週』

*「おいしい」の美学 人間の感性という領域を扱う哲学である美学において食事をして「おいしい」と感じる感性は従来周縁的なものに位置付けられていました。そもそも近代哲学において味覚や嗅覚、または触覚という感覚は「低級感覚」と呼ばれ「高級感覚」と…

近代美学と日常美学--井奥陽子『近代美学入門』×青田麻未『「ふつうの暮らし」を美学する』

* 美学とは何か 「美学」とは美や芸術について考える哲学です。「美学」という学問は18世紀のヨーロッパで誕生し、日本には明治時代に、そのほかの西洋文化とともに流入してきました。「美学」という言葉はその原義に立ち返ると「感性の学」を意味していま…

散歩・訂正・創造性--ユリイカ2024年6月号『特集=わたしたちの散歩』

* 散歩と創造性 古代ギリシアの哲学者アリストテレスがアテナイ郊外に創設した「リュケイオン」という学園に属する学派は「逍遥学派」と呼ばれています。「逍遥」などというとなんだか難しく聞こえますが、つまるところ「散歩」のことです。アリストテレス…

「問題」としての文学--仁平千香子『読めない人のための村上春樹入門』

* 村上春樹はむずかしい? いまさらいうまでもないことかもしれませんが、現代日本人作家の中で村上春樹氏ほど特異な存在感を放つ作家はいないでしょう。発行部数1300万部のベストセラー『ノルウェイの森』(1987)をはじめとして『羊をめぐる冒険』(1982…

教養主義の没落と教養の回帰--竹内洋『教養主義の没落』

*「読書」における「教養」 昨年のベストセラーとなり今年度の新書大賞を受賞した三宅香帆氏による『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024)は近代日本社会の「読書」と「労働」の関係を俯瞰した上で現代において「読書」は「労働」にとっての「ノ…

倫理としての自炊--ユリイカ2025年3月号『特集=自炊』

* 自炊と批評 春は進学や就職によるひとり暮らしをきっかけに多くの人が「自炊」を始める季節でもあります。そうした季節柄を意識してかどうかはわかりませんが、今年のユリイカ3月号の特集テーマは「自炊」です。日本を代表する文芸批評誌と「自炊」という…

自由意志なき自由を生きる--國分功一郎『中動態の世界』

*「私が歩く」とは能動なのか受動なのか 我々は日々あらゆる行為を「能動(する)」と「受動(される)」に分類しています。そして外形的にはまったく同じ行為でも状況次第で例えば「仕事をする」「家事をする」「勉強をする」という「能動(する)」にもな…

これから最果タヒに入門するためのおすすめ5冊

* きみの言い訳は最高の芸術(2016年) きみの言い訳は最高の芸術 (河出文庫) 作者:最果タヒ 河出書房新社 Amazon ⑴「過剰な何か」を刺し止める言葉 2007年に公刊された第一詩集『グッドモーニング』で第13回中原中也賞を受賞し、ゼロ年代の現代詩シーンに…

「主人公」を生きるということ--宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』

*「価値」を創り出すということ 人は自分でも知らず知らずのうちに自ら作り出したさまざまなルールのなかで生きています。この点、行動療法では「言語」も「行動」の一つとして捉えられており、このうち言語の「話し手」の行動は「言語行動」といいます。と…

消費社会の論理と全体主義の論理--國分功一郎『目的への抵抗』『手段からの解放』

*「消費」の外部としての「浪費=贅沢」 國分功一郎氏が2011年に公刊した『暇と退屈の倫理学』は第2回紀伊國屋じんぶん大賞を受賞するなどその当初から人文書としては異例の話題を呼び、公刊から10年以上経つ現在でも幅広い層に読まれ続けるロングセラーと…

さまざまな「好き」のかたちに出会い直すために--松浦優『アセクシュアル・アロマンティック入門』

* LGBTQの片隅から 性の多様性を考察する比較的新しい学問領域であるクィア・スタディーズは社会的には1980年代に世界各国のゲイコミュニティが直面したHIV/AIDSという問題を受けて、学問的にはフランス現代思想におけるポスト構造主義の影響の下で成立しま…

〈グレート・ゲーム〉の外部に立つということ--逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

* 全体主義の起源と〈グレート・ゲーム〉 20世紀を代表する政治哲学者であるハンナ・アーレントは1951年に公刊した大著『全体主義の起源』においてヨーロッパの国民国家の一部が19世紀の帝国主義を経て、20世紀の全体主義を形成していくそのメカニズムを考…

映画における神話と倫理

* 映画への希望と失望 かつて「映画は世界の認識を変える」と素朴に信じられた時代がありました。リュミエール兄弟が1895年にシネマトグラフを公開して以降、ある時期までのフランスでは「映画」という新時代のメディアは従来の時空間の観念を変容させ、伝…

九鬼周造と現代思想の倫理

*〈父〉と〈母〉の分裂 日本哲学を代表する哲学者の一人である九鬼周造は1988年(明治21年)に男爵九鬼隆一の四男として東京に生まれました。九鬼家の祖先は戦国時代に伊勢志摩を本拠として活躍した伊勢水軍です。周造の父、九鬼隆一は1852年(嘉永5年)の…

疾走する差異の反復--今村夏子『むらさきのスカートの女』

* 今村作品におけるひとつの到達点 令和初の芥川賞作家となった今村夏子氏は大学を卒業後、工場や電話代行や警備会社やホテルの客室清掃などのアルバイトなどを転々として、29歳の時にバイト先から「明日休んでください」といわれたのがきっかけで、どうい…

庭・宇宙・リトルネロ--宇野常寛『庭の話』

* 動員の革命から相互評価のゲームへ 2000年代後半以降のソーシャルメディアの普及は人々の情報環境に劇的な変化をもたらしました。そして2010年代とはソーシャルメディアを活用した新たなかたちの市民運動が生み出された時代でもありました。当時、一世を…

自分の言葉を創り出すということ--三宅香帆『「好き」を言語化する技術』

*「好き」を言葉にするということ この世界はさまざまなコンテンツで満ち溢れています。小説、映画、漫画、絵画、写真、音楽、舞台、ドラマ、アニメ、ゲーム、イラスト等々。こうしたコンテンツが日々いたるところで間断なく生み出され、多くの人たちを魅了…

嘘と真実の円環--赤坂アカ×横槍メンゴ『【推しの子】』

* 嘘と真実の処方箋 臨床心理学者河合隼雄氏の名著として知られるエッセイ集『こころの処方箋』(1992)のなかに「うそは常備薬 真実は劇薬」というエッセイがあります。その要旨は以下のようなものです。 一般的に人々は適当な嘘を上手に混じえて人間関係…