かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

ハンナ・アーレントと人間の条件

* 全体主義の起源から人間の条件へ 今年生誕120周年を迎えたハンナ・アーレントは1906年、ドイツのハノーバーでユダヤ系の中産階級の家庭に生まれ、マールブルク大学でマルティン・ハイデガー、ハイデルベルク大学でカール・ヤスパースという錚々たる面々に…

〈ていねいな暮らし〉における二層構造--佐藤八寿子『〈ていねいな暮らし〉の系譜--花森安治とあこがれの社会史』

* 丁寧な暮らしではなくても 2020年1月に発売された『暮しの手帖』の表紙に大書された「丁寧な暮らしではなくても」というフレーズは当時、読者をはじめとして業界に少なからぬインパクトを与えたそうです。1948年に創刊された同誌は昭和の一時期には販売部…

中動態と訂正可能性

* 中動態からみた「悪の愚かさ」 『暇と退屈の倫理学』(2011)で知られる國分功一郎氏はもう一つの代表作である『中動態の世界--意志と責任の考古学』(2017)においてかつて言語に存在し、今や喪われた「中動態 middle voice」に注目することで「意志」…

平和における隔離と共生、あるいは、ねじまき鳥クロニクル

* 観光客と訂正可能性から考える平和論 日本における現代思想の古典的名著『動物化するポストモダン』(2001)で知られる批評家の東浩紀氏は近年において「観光客」と「訂正可能性」という概念を軸にした哲学を展開しています。氏は『観光客の哲学』(2017…

享楽的こだわりとしてのレコード--村上春樹『古くて素敵なクラシック・レコードたち』

* レコードの魅力とは何か 音を記録、再生する技術は1877年にトーマス・エジソンが発明した蓄音機に始まり、エミール・ベルリナーによって円盤式レコードが開発されてからは音楽の大量複製と流通が可能となります。もっとも20世紀前半に普及したSP(Standar…

データベースからアルゴリズムへ--三宅香帆『考察する若者たち』

* データベース消費の現在地 ゼロ年代を代表する批評家である東浩紀氏はその代名詞的著作である『動物化するポストモダン』(2001)において近代的な「大きな物語」が機能不全となった現代ポストモダンにおける個人の消費行動を「物語消費」から「データベ…

道しるべなき時代にあかりを灯す--宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』

* 承認の時代における「主人公」 2024年本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りに行く』(2023)は歴代本屋大賞受賞作の中でも極めて異色な作品であったように思えます。同作は滋賀県大津市を舞台に主人公である成瀬あかりの中学2年生の夏から高校3年生の夏まで…

コンステレーションから物語へ--深緑野分『この本を盗む者は』

* コンステレーション 臨床心理学者の河合隼雄氏は京都大学最終講義「コンステレーション」で心理療法において見出される「物語」を「コンステレーション」の展開として語っています。ここでいう「コンステレーション」とは夜空にある星座を意味しています…

破壊の快楽と制作の快楽--坂口安吾『戦争と一人の女』『続戦争と一人の女』

* プラットフォームから「庭」へ 批評家の宇野常寛氏は近著『庭の話』(2024)において今日の情報環境は社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こす「相互評価のゲーム(発信と承認の快楽が前面化したゲーム)」に支配されているとして、ソーシャルメディ…

これから國分功一郎に入門するためのおすすめ5冊

* 暇と退屈の倫理学(2011年) 暇と退屈の倫理学(新潮文庫) 作者:國分功一郎 新潮社 Amazon ⑴ 消費から浪費へ 現代日本を代表する哲学者の1人である國分功一郎氏が2011年に公刊した『暇と退屈の倫理学』は第2回紀伊國屋じんぶん大賞を受賞するなどその当…

体験を経験へと言語化する技術--小さな美術館の学芸員『忙しい人のための美術館の歩き方』

* 芸術を変えるきっかけとなった「展覧会」 芸術作品を鑑賞するという行為はかつてはごく限られた階層の人のみに許された娯楽でした。中世やルネサンスの頃は芸術家は常に教会や君主や資産家といったパトロンからの発注を受けて作品を制作していました。こ…

法哲学という思考ツール--住吉雅美『あぶない法哲学』

* 法原理を根本から問い直す 世界的な哲学者として知られるジョルジョ・アガンベンは2020年2月26日のイタリアの新聞「イル・マニフェスト」紙に「根拠薄弱な緊急事態によって引き起こされた例外状態 Lo stato d'eccezione provocato da un'emergenzaimmotiv…

物語を読み解く技術--三宅香帆『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』

* 体験の言語化はなぜ重要なのか 「美味しさ」は言葉にできないと言われることがあります。とにかく筆舌に尽くしがたいくらい美味しかったとしか言いようがなく、何がどう美味しいかは言葉では説明できないというもどかしい気持ちになったことはないでしょ…

恋する哲学原理--最果タヒ『恋の収穫期』

* 暴力としての思考 彼女はプティット・マドレーヌと呼ばれる小ぶりでふっくらしたお菓子を持ってこさせた。それはホタテ貝の筋の入った殻で型をとったようなかたちをしていた。そこで私は……機械的に、紅茶をひと匙すくって唇に運んだが、その中にマドレー…

超越論的経験論から観る哲学史--國分功一郎『ドゥルーズの哲学原理』

* ドゥルーズ哲学の枢要部 20世紀を代表する哲学者の1人であるジル・ドゥルーズは1925年、フランスはパリ17区に生まれました。高校最終学年の哲学の授業で「これこそ自分のやるべきことだ」という天啓に打たれたドゥルーズはソルボンヌ大学で哲学を学び1948…

現代美学がひらく「美味しい」の世界--源河亨『「美味しい」とは何か』

*「美味しい」とは人それぞれ、なのか 雑誌やテレビやSNSなどで「美味しい」と話題のお店の料理をそのお店に行って実際に食べてみたらあまり美味しくなかったという経験はないでしょうか。なぜそういうことが起きるのでしょうか。もちろん常識的に考えれば…

アソシエーションの論理とケアの倫理--阿部暁子『カフネ』

* アソシエーションとは何か 戦後日本を代表する文芸評論家の1人である柄谷行人氏は後期の主著『世界史の構造』(2010)において「交換様式A(互酬)」「交換様式B(略取-再配分)」「交換様式C(商品交換)」という3つの「交換」のあり方から社会や歴史を…

現代思想における「斜め」の空間--松本卓也『斜め論--空間の病理学』

* 垂直と水平のあいだとしての「斜め」 20世紀を代表する哲学者の1人であるマルティン・ハイデガーはその主著『存在と時間』(1927)において現存在としての人間の意味を時間性のなかにみようとする思考を展開し、大陸哲学に巨大なインパクトをもたらしまし…

「孤独」の価値を問い直す--宇野常寛『ラーメンと瞑想』

* 都市にはラーメンを食べて死ぬ自由があり、瞑想するための場所がある 『ゼロ年代の想像力』(2008)で鮮烈なデビューを果たして以降、特撮やアニメーションのポップカルチャー批評で知られる批評家の宇野常寛氏は初の社会批評となる『遅いインターネット…

日常における意味の彼岸--映画『リンダリンダリンダ』

* 映画の持つ「直接的な力」 映画批評家の三浦哲哉氏はその著作『映画とは何か』(2014)において「映像が動く。ただそれだけのことにただならぬ感動を覚えるまなざしがあるとすれば、それは具体的にどのようなものか」という問いを立て、映画の持つ「直接…

暮しと憲法感覚--山本昭宏『戦後民主主義 現代日本を創った思想と文化』

*「戦後民主主義」とは何だったのか 戦後日本における「大きな物語」のひとつとして「戦後民主主義」というものがあげられます。「戦後民主主義」という言葉は論者や文脈によって様々な意味を帯びる言葉ですが、その最大公約数的な意味を取り出せば差し当た…

大本営発表と「つぎつぎになりゆくいきほひ」--辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』

* 大本営発表とは一体何だったのか 先の戦争における「大本営発表」といえば終戦から80年が経った今日においても「あてにならない当局の発表」のメタファーとして盛んに用いられています。2011年3月に発生した福島第一原発事故に関して経済産業省、原子力安…

「美少女ゲームの臨界点」の向こう側--『AIR』

* データベース的動物と美少女ゲーム ゼロ年代批評を代表する批評家である東浩紀氏は『動物化するポストモダン』(2001)においてコミック、アニメ、ゲーム、コンピューター、SF、特撮、フィギュアそのほか、互いに深く結びついた一群のサブカルチャーを「…

人間であることと動物になること--國分功一郎『暇と退屈の倫理学』

* ポストモダンの倫理学 現代の日本社会においては「大きな物語」と呼ばれる社会的な価値基準が失墜し、様々な「小さな物語」が乱立するポストモダン状況が一層加速しつつあるといわれています。こうしたポストモダンにおける人間像について東浩紀氏は『動…

これから宇野常寛に入門するためのおすすめ6冊

* 遅いインターネット(2020年) 遅いインターネット (幻冬舎文庫) 作者:宇野常寛 幻冬舎 Amazon ⑴ AnywhereとSomewhere 宇野常寛氏は鮮烈なデビュー作となった『ゼロ年代の想像力』(2008)以降、特撮やアニメーションなどのポップカルチャー批評を通じて…

ポストモダンにおける永遠回帰の命法--舞城王太郎『九十九十九』

* 動物の時代における人間の条件 東浩紀氏の代表的著作である『動物化するポストモダン』(2001)の続編である『ゲーム的リアリズムの誕生』(2007)は一般的に当時のオタク系文化を席巻していたライトノベルや美少女ゲームについて論じた著作であるとされ…

世界を映すスクリーンとしての「風味」--三浦哲哉『自炊者になるための26週』

*「おいしい」の美学 人間の感性という領域を扱う哲学である美学において食事をして「おいしい」と感じる感性は従来周縁的なものに位置付けられていました。そもそも近代哲学において味覚や嗅覚、または触覚という感覚は「低級感覚」と呼ばれ「高級感覚」と…

近代美学と日常美学--井奥陽子『近代美学入門』×青田麻未『「ふつうの暮らし」を美学する』

* 美学とは何か 「美学」とは美や芸術について考える哲学です。「美学」という学問は18世紀のヨーロッパで誕生し、日本には明治時代に、そのほかの西洋文化とともに流入してきました。「美学」という言葉はその原義に立ち返ると「感性の学」を意味していま…

散歩・訂正・創造性--ユリイカ2024年6月号『特集=わたしたちの散歩』

* 散歩と創造性 古代ギリシアの哲学者アリストテレスがアテナイ郊外に創設した「リュケイオン」という学園に属する学派は「逍遥学派」と呼ばれています。「逍遥」などというとなんだか難しく聞こえますが、つまるところ「散歩」のことです。アリストテレス…

「問題」としての文学--仁平千香子『読めない人のための村上春樹入門』

* 村上春樹はむずかしい? いまさらいうまでもないことかもしれませんが、現代日本人作家の中で村上春樹氏ほど特異な存在感を放つ作家はいないでしょう。発行部数1300万部のベストセラー『ノルウェイの森』(1987)をはじめとして『羊をめぐる冒険』(1982…