かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

文芸

自分の言葉を創り出すということ--三宅香帆『「好き」を言語化する技術』

*「好き」を言葉にするということ この世界はさまざまなコンテンツで満ち溢れています。小説、映画、漫画、絵画、写真、音楽、舞台、ドラマ、アニメ、ゲーム、イラスト等々。こうしたコンテンツが日々いたるところで間断なく生み出され、多くの人たちを魅了…

嘘と真実の円環--赤坂アカ×横槍メンゴ『【推しの子】』

* 嘘と真実の処方箋 臨床心理学者河合隼雄氏の名著として知られるエッセイ集『こころの処方箋』(1992)のなかに「うそは常備薬 真実は劇薬」というエッセイがあります。その要旨は以下のようなものです。 一般的に人々は適当な嘘を上手に混じえて人間関係…

そして世界は日常に回帰する--こうの史代『長い道』

* こうの作品における表面と深層 2016年に公開された映画が大きな反響を呼んだ『この世界の片隅に』で知られるこうの史代氏は1995年に『街角花だより』でデビューした後、1997年から初期の代表作といえる『ぴっぴら帳』を7年に渡り長期連載し、四コマ漫画家…

ライトノベルのリズムとノイズ--西尾維新『忍物語』『宵物語』『余物語』『扇物語』『死物語』

* ライトノベルの成立条件 文芸批評家の柄谷行人氏は『日本近代文学の起源』(1980)において日本文学における「一つの認識論的布置」としての「風景の発見」は明治20年代に起きた「言文一致」という運動によって生まれた新たな文体によって可能になったと…

17音で世界を切り取るということ--神野紗希『もう泣かない電気毛布は裏切らない』

* 17音の魔法 言葉によって織り成されるさまざまなテクストはその言葉に宿る「意味」と「リズム」のいずれかを重視するかによって「散文」と「韻文」に大別されます。ここでいう「散文」とは小説、随筆、論文、法律、手紙、新聞記事、SNSのつぶやきなどを典…

リズムとしての読書--現代思想2024年9月号『特集=読むことの現在』

*「読書離れ」の諸相 先月末より「秋の読書推進月間(2024年10月26日〜11月24日)」が始まっています。これは2022年から始まった全国の書店が参加する業界規模のキャンペーンであり、各地では作家を招いて本の魅力を伝えるイベントなどが開催されているよう…

風景の再発見--今村夏子『あひる』

* 近代日本文学における「風景の発見」 文芸批評家の柄谷行人氏によれば日本における「風景の発見」は明治20年代に生じたとされます。もちろん自然としての風景は太古の昔から存在していましたが、ここで柄谷氏のいう「風景」とは自然物として存在する風景…

日常の中に生じる崇高--最果タヒ『恋と誤解された夕焼け』

* いかにして現代詩と「和解」するか 詩人の渡邊十絲子氏は『今を生きるための現代詩』(2013)において自身が詩を書き始めた1980年代に比べて現代では詩というジャンルそのものが凋落の一途を辿っていることを指摘し、現代詩が敬遠される理由としてそもそ…

昭和のジョゼ、平成のジョゼ、令和のジョゼ--田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』

* 女性障害者の恋愛と性 芥川賞作家、田辺聖子氏が1984年に発表した短編小説「ジョゼと虎と魚たち」は原作発表から19年後の2003年に実写映画化(監督:犬童一心)されたことがきっかけで注目を集め、さらにその17年後の2020年にはアニメーション映画化(監…

分かり合えなさのなかで手をつなぐ--『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』

*「まどか」の名を冠するに相応しい物語 魔法少女まどか☆マギカ。新房昭之氏、虚淵玄氏、蒼樹うめ氏をはじめ、スタジオシャフト、劇団イヌカレー、梶浦由記氏といった多彩な才能のコラボレーションによって生み出された同作は2011年、東日本大震災の翌月に…

コミットメントとコンステレーション--村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』試論

*「読書」が「ノイズ」となった時代 文芸評論家の三宅香帆氏は近著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024)において、近代以降の日本社会における「労働」と「読書」の関連性を俯瞰した上で、現代における「読書」は「ノイズ」になったと論じてい…

これから千葉雅也に入門するためのおすすめ5冊

* 勉強の哲学(2017年) 勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫) 作者:千葉 雅也 文藝春秋 Amazon ⑴ 自由になるための自己破壊としての「深い勉強」 日本における現代思想シーンを牽引する哲学者の1人である千葉雅也氏はフランス現代思想にお…

ケアの倫理と再生産的未来主義--多和田葉子『献灯使』

* 文学におけるケアの倫理 一般的に「ケア」とは子ども、高齢者、障害者、病人などに対する世話、気遣い、介助、介護、看護といったことを指す言葉であり、多かれ少なかれケアされる側の依存とニーズが伴うものです。そのため自律的な市民を要請する近代リ…

母娘関係の脱構築--三宅香帆『娘が母を殺すには?』

*〈母〉なるものという病理 臨床心理学者の河合隼雄氏は『母性社会日本の病理』(1976)において、ある社会や文化の持つ特性は父性原理と母性原理という相対立する二つの原理のバランスの取り方に規定されているとして当時、急増しつつあった登校拒否症やわ…

正解なき問いを考えるために--北出栞『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』

*〈セカイ系〉という想像力 ゼロ年代初頭のオタク系文化において一世を風靡した〈セカイ系〉という言葉があります。この言葉が初めて公に用いられたのは2002年10月31日、ウェブサイト「ぷるにえブックマーク」の掲示板に投稿された「セカイ系って結局なんな…

承認の時代におけるデタッチメント--宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

* 異色の本屋大賞受賞作 本屋大賞とは2004年に設立された比較的新しい文学賞です。書店員有志が立ち上げたNPO法人である本屋大賞実行委員会が主催する同賞の特徴はノミネート作品および受賞作が全国の書店員の投票によって決定される点にあります。 同賞の…

言語ゲームと物語--近内悠太『利他・ケア・傷の倫理学』

* 壁と卵 2009年2月15日、村上春樹氏はエルサレム賞の受賞式において「壁と卵」という名で知られる有名なスピーチを行っています。同賞はノーベル賞への登竜門として知られる一方、時のイスラエル政府の強い影響下にある極めて政治色の強い賞としても知られ…

他者性の泡立ちとしての読書--三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

*『花束みたいな恋をした』から考える「労働」と「読書」をめぐるアポリア 2021年に公開された映画『花束みたいな恋をした』は若年層を中心にSNS上で幅広い共感を呼び「はな恋現象」と呼ばれる社会現象を巻き起こし、映画としても多方面から近年稀にみる高…

幸せの在り処をめぐって--CLAMP『カードキャプターさくら クリアカード編 1〜16』

* 魔法少女の系譜とカードキャプターさくら 1996年から2000年まで少女雑誌『なかよし』で連載された創作集団CLAMPの不世出の名作『カードキャプターさくら』は少女漫画の枠組みを超えて幅広い支持を獲得し、ゼロ年代以降のポップカルチャーにおける「魔法少…

臨床行動分析から読み解く『窓ぎわのトットちゃん』と『ぼっち・ざ・ろっく!』

* 行動療法の歴史と臨床行動分析 はじめてまなぶ行動療法 作者:三田村仰 金剛出版 Amazon 我々は主体的に行動しているつもりでも実際のところ、その「行動」は自身が置かれた「環境」に規定されています。ここでいう「環境」とは身体や住居といった物理的環…

「正しさ」をめぐる思考実験--九段理江『東京都同情塔』

*「訂正」される「正しさ」 批評家の東浩紀氏は近著『訂正する力』(2023)において過去との一貫性を主張しながらも実際には過去の解釈を変えて現実に合わせて変化する力としての「訂正」の論理の重要性を説いています。人間の行うコミュニケーションには奇…

差異と反復の詩学--最果タヒ『十代に共感する奴はみんな嘘つき』

* 差異と同一性 通常、人は「同一性(おなじもの)」を基準としてそこから逸脱したものを「差異(ちがうもの)」として位置付けます。このような意味で人の経験は「同一性」なくしては成り立ちません。しかし実際の経験の流れの中に身を浸してみると、事物…

映画は90分で何を語り得るか--『映画大好きポンポさん』

* 映画90分説 フランス文学者にして映画評論家の蓮實重彦氏は「映画90分説」というものを提唱しています。いうまでもなく、これは映画の上映時間の話です。氏は近著『見るレッスン』(2020)においても映画というものはほぼ90分で撮れるはずであると述べ、…

大江文学における〈物語〉--尾崎真理子『大江健三郎の「義」』

* 大江健三郎と柳田国男 1979年に発表された大江健三郎氏の代表作の一つである『同時代ゲーム』は日本における本格的なポストモダン小説の先駆けとして評価される一方で、批評家の小林秀雄氏が「二ページでやめた」と大江氏自身が自虐的に伝えるほどに極め…

クィア・ケア・訂正可能性--武内佳代『クィアする現代日本文学』

* クィア理論と文学 一般的に「クィア理論 Queer Theory 」とは1990年にカルフォルニア大学サンタクルーズ校の学術会議におけるテレサ・ド・ラウレティスの提唱した用語が起源とされています。日本語では「変な」「奇妙な」などと訳される「クィア」という…

めぐりあわせの環の中で--映画『窓ぎわのトットちゃん』

" data-en-clipboard="true"> 映画 窓ぎわのトットちゃん ストーリーブック 作者:黒柳徹子 講談社 Amazon " data-en-clipboard="true"> * 伝説の世界的ベストセラー初の映画化 黒柳徹子氏がその少女時代を綴った自伝的物語『窓ぎわのトットちゃん』は1981年…

デタッチメントからアンチ・ソーシャルへ--村上春樹『ノルウェイの森』試論

* 村上春樹の代名詞 村上春樹氏は河合隼雄氏との対談集『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(1996)において小説を書き始めたきっかけは、いま思えば「自己治療のステップ」であったと振り返っています。周知のように村上氏は1978年、29歳のある日、明治神…

自然主義的リアリズムの脱構築--今村夏子『とんこつQ&A』

* 今村作品における「文体」について 今村夏子氏は大学卒業後、清掃関係のアルバイトなどを転々として、29歳の時にバイト先から「明日休んでください」といわれたのがきっかけで、どういうわけか「小説を書こう!」と思い至ったそうです。 こうして書き上げ…

「現実」の時代における「批評」の位置--宇野常寛『2020年代の想像力』

*「事物を通じたコミュニケーション」としての「批評」 2020年代という時代は新型コロナ・ウィルス(COVID-19)の出現とともに幕を開けました。このコロナ・パンデミックは図らずとも世界的危機が「危機そのもの(COVID-19による生命と健康への危機)」より…

解離の時代における自傷と救済--西尾維新『愚物語』『業物語』『撫物語』『結物語』

* ライトノベルと解離の時代 かつてライトノベルは「キャラクター小説」とも呼ばれていました。この「キャラクター小説」という言葉は例えばあるアニメを起点としてお菓子や文房具といった様々な「キャラクター商品」を商業的に展開していく中で「ノベライ…