かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

文芸

昭和のジョゼ、平成のジョゼ、令和のジョゼ--田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』

* 女性障害者の恋愛と性 芥川賞作家、田辺聖子氏が1984年に発表した短編小説「ジョゼと虎と魚たち」は原作発表から19年後の2003年に実写映画化(監督:犬童一心)されたことがきっかけで注目を集め、さらにその17年後の2020年にはアニメーション映画化(監…

分かり合えなさのなかで手をつなぐ--『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』

*「まどか」の名を冠するに相応しい物語 魔法少女まどか☆マギカ。新房昭之氏、虚淵玄氏、蒼樹うめ氏をはじめ、スタジオシャフト、劇団イヌカレー、梶浦由記氏といった多彩な才能のコラボレーションによって生み出された同作は2011年、東日本大震災の翌月に…

コミットメントとコンステレーション--村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』試論

*「読書」が「ノイズ」となった時代 文芸評論家の三宅香帆氏は近著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024)において、近代以降の日本社会における「労働」と「読書」の関連性を俯瞰した上で、現代における「読書」は「ノイズ」になったと論じてい…

これから千葉雅也に入門するためのおすすめ5冊

* 勉強の哲学(2017年) 勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫) 作者:千葉 雅也 文藝春秋 Amazon ⑴ 自由になるための自己破壊としての「深い勉強」 日本における現代思想シーンを牽引する哲学者の1人である千葉雅也氏はフランス現代思想にお…

ケアの倫理と再生産的未来主義--多和田葉子『献灯使』

* 文学におけるケアの倫理 一般的に「ケア」とは子ども、高齢者、障害者、病人などに対する世話、気遣い、介助、介護、看護といったことを指す言葉であり、多かれ少なかれケアされる側の依存とニーズが伴うものです。そのため自律的な市民を要請する近代リ…

母娘関係の脱構築--三宅香帆『娘が母を殺すには?』

*〈母〉なるものという病理 臨床心理学者の河合隼雄氏は『母性社会日本の病理』(1976)において、ある社会や文化の持つ特性は父性原理と母性原理という相対立する二つの原理のバランスの取り方に規定されているとして当時、急増しつつあった登校拒否症やわ…

正解なき問いを考えるために--北出栞『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』

*〈セカイ系〉という想像力 ゼロ年代初頭のオタク系文化において一世を風靡した〈セカイ系〉という言葉があります。この言葉が初めて公に用いられたのは2002年10月31日、ウェブサイト「ぷるにえブックマーク」の掲示板に投稿された「セカイ系って結局なんな…

承認の時代におけるデタッチメント--宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

* 異色の本屋大賞受賞作 本屋大賞とは2004年に設立された比較的新しい文学賞です。書店員有志が立ち上げたNPO法人である本屋大賞実行委員会が主催する同賞の特徴はノミネート作品および受賞作が全国の書店員の投票によって決定される点にあります。 同賞の…

言語ゲームと物語--近内悠太『利他・ケア・傷の倫理学』

* 壁と卵 2009年2月15日、村上春樹氏はエルサレム賞の受賞式において「壁と卵」という名で知られる有名なスピーチを行っています。同賞はノーベル賞への登竜門として知られる一方、時のイスラエル政府の強い影響下にある極めて政治色の強い賞としても知られ…

他者性の泡立ちとしての読書--三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

*『花束みたいな恋をした』から考える「労働」と「読書」をめぐるアポリア 2021年に公開された映画『花束みたいな恋をした』は若年層を中心にSNS上で幅広い共感を呼び「はな恋現象」と呼ばれる社会現象を巻き起こし、映画としても多方面から近年稀にみる高…

幸せの在り処をめぐって--CLAMP『カードキャプターさくら クリアカード編 1〜16』

* 魔法少女の系譜とカードキャプターさくら 1996年から2000年まで少女雑誌『なかよし』で連載された創作集団CLAMPの不世出の名作『カードキャプターさくら』は少女漫画の枠組みを超えて幅広い支持を獲得し、ゼロ年代以降のポップカルチャーにおける「魔法少…

臨床行動分析から読み解く『窓ぎわのトットちゃん』と『ぼっち・ざ・ろっく!』

* 行動療法の歴史と臨床行動分析 はじめてまなぶ行動療法 作者:三田村仰 金剛出版 Amazon 我々は主体的に行動しているつもりでも実際のところ、その「行動」は自身が置かれた「環境」に規定されています。ここでいう「環境」とは身体や住居といった物理的環…

「正しさ」をめぐる思考実験--九段理江『東京都同情塔』

*「訂正」される「正しさ」 批評家の東浩紀氏は近著『訂正する力』(2023)において過去との一貫性を主張しながらも実際には過去の解釈を変えて現実に合わせて変化する力としての「訂正」の論理の重要性を説いています。人間の行うコミュニケーションには奇…

差異と反復の詩学--最果タヒ『十代に共感する奴はみんな嘘つき』

* 差異と同一性 通常、人は「同一性(おなじもの)」を基準としてそこから逸脱したものを「差異(ちがうもの)」として位置付けます。このような意味で人の経験は「同一性」なくしては成り立ちません。しかし実際の経験の流れの中に身を浸してみると、事物…

映画は90分で何を語り得るか--『映画大好きポンポさん』

* 映画90分説 フランス文学者にして映画評論家の蓮實重彦氏は「映画90分説」というものを提唱しています。いうまでもなく、これは映画の上映時間の話です。氏は近著『見るレッスン』(2020)においても映画というものはほぼ90分で撮れるはずであると述べ、…

大江文学における〈物語〉--尾崎真理子『大江健三郎の「義」』

* 大江健三郎と柳田国男 1979年に発表された大江健三郎氏の代表作の一つである『同時代ゲーム』は日本における本格的なポストモダン小説の先駆けとして評価される一方で、批評家の小林秀雄氏が「二ページでやめた」と大江氏自身が自虐的に伝えるほどに極め…

クィア・ケア・訂正可能性--武内佳代『クィアする現代日本文学』

* クィア理論と文学 一般的に「クィア理論 Queer Theory 」とは1990年にカルフォルニア大学サンタクルーズ校の学術会議におけるテレサ・ド・ラウレティスの提唱した用語が起源とされています。日本語では「変な」「奇妙な」などと訳される「クィア」という…

めぐりあわせの環の中で--映画『窓ぎわのトットちゃん』

" data-en-clipboard="true"> 映画 窓ぎわのトットちゃん ストーリーブック 作者:黒柳徹子 講談社 Amazon " data-en-clipboard="true"> * 伝説の世界的ベストセラー初の映画化 黒柳徹子氏がその少女時代を綴った自伝的物語『窓ぎわのトットちゃん』は1981年…

デタッチメントからアンチ・ソーシャルへ--村上春樹『ノルウェイの森』試論

* 村上春樹の代名詞 村上春樹氏は河合隼雄氏との対談集『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(1996)において小説を書き始めたきっかけは、いま思えば「自己治療のステップ」であったと振り返っています。周知のように村上氏は1978年、29歳のある日、明治神…

自然主義的リアリズムの脱構築--今村夏子『とんこつQ&A』

* 今村作品における「文体」について 今村夏子氏は大学卒業後、清掃関係のアルバイトなどを転々として、29歳の時にバイト先から「明日休んでください」といわれたのがきっかけで、どういうわけか「小説を書こう!」と思い至ったそうです。 こうして書き上げ…

「現実」の時代における「批評」の位置--宇野常寛『2020年代の想像力』

*「事物を通じたコミュニケーション」としての「批評」 2020年代という時代は新型コロナ・ウィルス(COVID-19)の出現とともに幕を開けました。このコロナ・パンデミックは図らずとも世界的危機が「危機そのもの(COVID-19による生命と健康への危機)」より…

解離の時代における自傷と救済--西尾維新『愚物語』『業物語』『撫物語』『結物語』

* ライトノベルと解離の時代 かつてライトノベルは「キャラクター小説」とも呼ばれていました。この「キャラクター小説」という言葉は例えばあるアニメを起点としてお菓子や文房具といった様々な「キャラクター商品」を商業的に展開していく中で「ノベライ…

乱反射する過剰な何か--最果タヒ『コンプレックス・プリズム』

* 感情に色づけられたコンプレックス 劣等感とはいうけれど、それなら誰を私は優れていると思っているのだろう、理想の私に体を入れ替えることができるなら、喜んでそうするってことだろうか?劣っていると繰り返し自分を傷つける割に、私は私をそのままで…

母性をめぐるふたつの生--映画『君たちはどう生きるか』試論

* 賛否が二極化した映画 1937年8月に公刊された吉野源三郎氏の著書『君たちはどう生きるか』は作家の山本有三らが中心となって編集した「日本少国民文庫」という全16巻からなる子供向け教養叢書の最終巻であり、同文庫の編集主任も務めた吉野氏は戦後、岩波…

「速さ」と「遅さ」のあいだで思考するということ--宇野常寛『砂漠と異人たち』

*「走る」ことと「書く」こと 今年6年ぶりの長編小説『街とその不確かな壁』を上梓した村上春樹氏は熱心な市民ランナーとしても知られています。時に1980年代初頭、当時30代前半だった村上氏はそれまで経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」を他人…

ユマニチュードと障害者表象--市川沙央『ハンチバック』

* ユマニチュードにおける「願い」 ユマニチュードという言葉があります。1979年にフランスの体育学教師だったイヴ・ジネストとロゼット・マレスコッティの2人が創出した知覚・感情・言語による包括的コミュニケーションに基づくケアの技法を指すこの言葉に…

世界の謎から日常の問題へ--凪良ゆう『汝、星のごとく』

" data-en-clipboard="true"> *〈母〉なるものからの超出 臨床心理学者の河合隼雄氏は『母性社会日本の病理』において日本社会における母性原理の優位性を指摘しています。氏は当時、急増しつつあった登校拒否症や我が国に特徴的とも言われる対人恐怖症の背…

1995年という原風景--千葉雅也『エレクトリック』

* 千葉哲学の原風景 昨年の読書界で大きな反響を呼んだ『現代思想入門』の著者である哲学者、千葉雅也氏の最新小説『エレクトリック』は、これまで発表された氏の小説『デッドライン』や『オーバーヒート』と共にひとつなぎの物語としても読める作品です。 …

インターネットの魔法と正義--最果タヒ『かわいいだけじゃない私たちの、かわいいだけの平凡。』

" data-en-clipboard="true"> * 最果タヒとインターネット 最果タヒ氏は2005年から思潮社の『現代詩手帖』に投稿を始め、周知の通り2007年には第一詩集『グッドモーニング』を上梓して史上最年少で中原中也賞を受賞していますが、それ以前の時期には「現代…

免疫としての物語--村上春樹『街とその不確かな壁』試論

* いま満を持して解き放たれる物語 街とその不確かな壁 作者:村上春樹 新潮社 Amazon 本作『街とその不確かな壁』は村上春樹氏の6年ぶり15作目の長編小説です。本作の成立の事情はその「あとがき」によれば次の通りです。村上氏は1980年に「街と、その不確…