かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

現前・自閉・物語--小倉拓也『〈自閉〉の哲学』

*「正常」と「異常」を問い直す

 
17世紀においてルネ・デカルトが立ち上げた「我思う、故に我あり」という近代的な「主体」は絶えず変化する不確かな感覚に対して「不変のもの」「確実なもの」としての思考する実体として描かれました。すなわちそれは、環境に影響されて変わってしまったり消えてしまったりするものではなく、環境に対してつねに一定であり、環境から距離を取り、環境に優位する主体です。このような世界を俯瞰的に定点観測する主体を想定することで近代科学は発展していきました。
 
しかし、現実の社会のなかで生きる人間存在には、自身以外の存在である「他者」との関係を通じた来歴、つまりその人にとっての歴史が常に伴っています。そうであるならば主体とは始まりも終わりもない静的なものとしてではなく、他者との関係のなかでだんだんと生成していく関係的で動的なものとして捉えられるべきものであるといえるでしょう。
 
こうした考え方を押し進めたところに20世紀初頭においてジークムント・フロイトが創始した精神分析を位置付けることができます。精神分析においては子どもが主体になる歴史を父や母といった他者をめぐる欲望のドラマとして理解します。例えばフロイトは父に殴られること(あるいはそれと同じ効果、同じ意味を持つ出来事)が、子どもの主体性の決定的な契機になると考えました。また英国対象関係論を代表する精神分析家ドナルド・ウィニコットは母に抱きしめられること(あるいはそれと同じ効果、同じ意味を持つ出来事)が、子どもの主体性の健全な核を育むと考えました。
 
いずれにせよ、こうした哲学や精神分析の考え方は主体の条件として「主体」とか「他者」などといった何かしらの特権的な「中心」を想定し、その「中心」が導入されているかどうかで「正常」か「異常」を区別します。これに対して、本書『〈自閉〉の哲学』においてはこうした「中心」を想定することのない主体の生成プロセスを〈自閉〉という言葉で捉え直すことで「正常」と「異常」の区別を批判的に問い直す哲学が展開されることになります。
 

*〈自閉〉における力

〈自閉 Autismus〉とは精神医学において100年以上の紆余曲折を持つ概念であり、その間、哲学においてもさまざまなかたちで論じられてきた概念です。かつて〈自閉〉は統合失調症に顕著な外界から内界への撤退を指すものでしたが、その後、それからは区別される症候群を指すものとなり、近年では「発達障害」の社会的な前景化、とりわけ「自閉症 autism」への注目をもとに哲学、とりわけ現代思想において大きな関心を集めています。
 
それでは〈自閉〉に関してどのような点が哲学的に重要になるのでしょうか。アメリカの精神医学会が刊行している診断・統計マニュアル『DSM-V』(2013)および、その本文改訂版である最新の『DSM-V-TR』では「自閉スペクトラム症 Autism Spectrum Disorder:ASD」の診断基準となる行動上の特徴として「社会的コミュニケーションおよび対人的相互作用における持続的な欠陥」に加え「限定的で反復的な行動、関心、活動のパターン」が記されています。
 
ここでいう「限定的で反復的な行動、関心、活動のパターン」とは具体的には⑴常同的、反復的な行動、対象の使用、発話、⑵同一性への固執、ルーティーンへのこだわり、儀式的な行動、⑶きわめて限定的で固定的な関心、⑷感覚刺激に対する過敏と鈍感、環境の感覚的側面に対する並外れた関心です。
 
こうした〈自閉〉における行動上の特徴をめぐる従来の議論は、それは治療すべき症状であると否定的にみるにせよ、あるいは反対に、それは才能や美点であると肯定的にみるにせよ、いずれにしても、いわゆる「正常」と比べて何かが決定的に「欠けている」という意味での「異常」として捉える点では一致していると思われます。
 
これに対して本書は〈自閉〉についてそれが何が「欠けているか」ではなく、何を「行なっているか」を哲学的に洞察していきます。つまり〈自閉〉における常同的、反復的行為には、それ自体は必ずしも欠如ではない「同じでいる力」「反復する力」があると本書は考えます。ここで本書の重要な参照項となるものが「リトルネロ」と呼ばれる哲学概念です。
 

* カオスからリトルネロへ

 
いわゆる「ポスト構造主義」を代表するフランスの哲学者ジル・ドゥルーズと「制度論的精神療法」の実践で知られる精神分析家フェリックス・ガタリはその共著『千のプラトー』(1980年)の第11プラトーにおいて次のような印象的な文章を記しています。
 
暗闇に子どもがひとり。恐くても、小声で歌を歌えば安心だ。子どもは歌に導かれて歩き、立ち止まる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。歌とは、いわば静かで安定した中心の前ぶれであり、カオスのただなかに静けさをもたらすものだ。子どもは歌うと同時に跳躍するかもしれないし、歩く速度を速めたり、緩めたりするかもしれない。だが、歌そのものがすでに跳躍なのだ。歌はカオスから跳び出してカオスのなかに秩序をつくりはじめる。しかし、歌には、いつ分解してしまうかもしれないという危険もある。
 
(『千のプラトー』より)

 

 
ドゥルーズとガタリはこのような「カオス」のただなかで「静かで安定した中心のの前ぶれ」を、すなわち、暫定的で局所的なテリトリーを構築しようとする常同的、反復的行為を「リトルネロ ritournelle」と呼んでいます。「リトルネロ」とは本来は音楽用語であり、楽曲のなかの反復し、循環する部分を指すものですが、ドゥルーズとガタリはこれを独自の哲学的な概念へと練成していきます。
 
ドゥルーズとガタリは前後左右不覚でただ立ち尽くすしかない「カオス」と呼ばれる状況において我々が自己を確保し、歩き出したり、立ち止まったりすることができるのは、あらかじめ備わった一貫した主体性によってではなく、このような常同的、反復的行為を通してであると考えます。すなわち、カオスのただなかにおける常同的、反復的行為は、暫定的で局所的なテリトリーを構築するということです。
 
もちろん「歌には、いつ分解してしまうかもしれないという危険」もあり、こうしたテリトリーは脆く儚く危ういものです。「それは、すぐに消失してしまうかもしれないし、うまくいけば、暗闇を踏破し、征服するための拠点にあるかもしれない。いずれにせよ、何もあらかじめ保障されていない。失敗しながら、中心を逸して何度も動けなくなりながら、手探りで進んでいくしかない」と本書は述べます。
 
いずれにせよ、こうしたリトルネロという観点からいえば、いわゆる「主体」や「他者」とは本来的なものではなく、常同的、反復的な行為の効果として、それが構築するテリトリーとともに形成されるものであるということです。このことは本来的でそれゆえに内面的とされる秩序やその中心が、実は非本来的でそれゆえ外面的な水準においてその都度形作られることを示唆しています。こうしたことから本書は次のように述べます。「子どもが暗闇でひとりでいられるのは、そして、おぼつかない仕方によってであれ、歩き出したり、立ち止まったりすることができるのは、かつて父に殴られたからでも、母に抱きしめられたからでもない。いま歌を歌うからである」と。
 

* 現代における生の様態としての〈自閉〉

 
一般的にASDにおいては内面的な自己同一性を確保するのが難しく、変化する世界、そのめくるめく呈示がカオスティックなものとして感じられると言われています。けれども、その常同的、反復的な行為は、むしろ、そのようなカオスティックな世界の転変に対して、外面的な行動の水準において自己同一性を構成しようとすることだと言えるかもしれません。
 
そうであればまさしく常同的、反復的な行為による外面的な水準での自己同一性として特徴づけられるリトルネロは〈自閉〉における常同的、反復的な行為について、何が「欠けているか」ではなく、何を「行なっているか」を理解し〈自閉〉を概念化するためのひとつのヒントを与えてくれることになるでしょう。
 
さらにこのような〈自閉〉における常同的、反復的な行為による外面的な水準での自己同一性の構成の重要性はASDのみに当てはまるものではありません。しばしば指摘されるように現代の発達障害の前景化と自閉症への注目は以前は社会への不適応として顕在化することのなかったものが、社会の大きな変化によって新たにそれとして顕在化してきたという側面があります。
 
その例として伝統や習慣に則った生活の衰退やライフコースの多様化や工場などでの定まった作業によって特徴づけられるフォーディズムから、臨機応変なセルフプロデュースや当意即妙な対人コミュニケーションを必要とするポストフォーディズムへの労働形態への転換や、インターネットを媒体とする情報の氾濫やマルチメディアによるマルチタスクの常態化などが挙げられます。
 
これらの変化が推し進められ、より急速で劇的になっている今、それらへの適応に戸惑いや苦しみを感じない者はほとんどいないのではないか、今や多くの人々がカオスティックな世界の転変の中でただ立ち尽くし、無防備に世界にさらされているのではないだろうかと本書はいいます。
 
この意味において、そうした世界の転変の中で常同的、反復的な行為によって暫定的で局所的なテリトリーを構築すること、外面的な水準で自己同一性を確保することは現代の生の様態そのものにも関わっていると言えるはずであり、本書が〈自閉〉という言葉で考えようとしているのは、まさにこうした現代の生の様態そのものであるといえるでしょう。
 

* 現前・自閉・物語

 
本書はまず第1章において茫漠とした広がりのなか、前後左右不覚となり、ただ立ち尽くすしかないような状況を〈現前〉として定式化します。それは近代哲学が考えた超越論的主体や、精神分析的な父-母といったフィルターなしに、世界が自己にあらわとなり自己が世界にさらされる無媒介的かつ情報過多的かつ感覚過敏的な状況です。そして本書はこうした〈現前〉という状況を生きる力として〈自閉〉の常同的、反復的な行為を把握します。
 
続いて第2章では〈現前〉の前面化である「無人島」という「他者なき世界」における人間学を検討することで、主体や他者という超越論的審級なしで自己を構成するものとしてリトルネロとしての〈自閉〉が位置付けられ、第3章ではこうした超越論的審級なしの常同的、反復的行為が形作る自己や経験の様態をドゥルーズの「不連続的瞬間」から出発する時間論に即して探究されることになります。
 
そして第4章ではドゥルーズとガタリの『千のプラトー』のリトルネロ論を読みながら「カオスのただなかで中心を作り、輪を描き、輪を開く」というリトルネロの三つのアスペクトという観点から〈自閉〉の常同的、反復的な行為をどのように位置付け、また理解することができるかが検討され、第5章ではドゥルーズとガタリのリトルネロ論に批判的に対峙しながら〈自閉〉における「可能的なものの技法」が論じられることになります。
 
人は世界に棲まう上で自身の生を基礎付ける何かしらの〈物語〉を必要とします。けれども人は人生におけるさまざまな局面において、これまで自身の生を基礎付けてきた〈物語〉が瓦解してしまう危機に見舞われます。本書のいう〈現前〉とはこうした〈物語〉の瓦解したカオスティックな状況を指しているともいえるでしょう。
 
ではこうした〈現前〉から人はいかにして〈物語〉を立ち上げ直していけるのでしょうか。こうした問いから本書を読むこともできるでしょう。こうした意味で本書のいう〈自閉〉とは、絶対的な主体や圧倒的な他者といった超越論的審級を想定することなく、日常において生起する繰り返しのリズムから人が再び〈物語〉を立ち上げ直していくプロセスであるといえるのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

これから三宅香帆に入門するためのおすすめ5冊

* なぜ働いていると本が読めなくなるのか(2024年)

⑴ 読書の起源と拡大
 
令和の世に彗星の如く現れた文芸評論家、三宅香帆氏はベストセラーとなった本書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で2025年新書大賞を受賞し、出版界に「三宅現象」とも呼ばれる反響を生み出し、批評シーンに新たな風を呼び込みました。いまや三宅氏の代名詞ともなった本書は近代以降の日本社会における「労働」と「読書」の関連性を俯瞰した上で、現代における「読書」の位置付けを論じる一冊です。
 
そもそも日本において「労働」と「読書」は共に明治期に近代化の産物として生じた概念でした。職業選択の自由や居住の自由が認められ、当時の多くの青年たちは田舎から都会へ出て身を立てて名を上げる「立身出世」の野心を抱いていました。こうした中、西洋の偉人達の立身出世物語を集めた『西国立志編』という本が一大ベストセラーになる。同書において反復される「身分や才能によらず自助努力で成功できる」という「修養」の思想は現代における「自己啓発」の源流といえます。このような「修養」の思想は明治期に創刊された『成功』や『実業之日本』といった雑誌によって労働者階級に広がっていきます。
 
ついで大正期になると全国的な図書館の増設や出版界における再版制(再販売価格維持制度)の導入や高等教育の拡大により読書人口は爆発的に増加します。こうしたなかエリート学生の間では労働者階級における「修養」と差別化を図る形で「教養」を重視する思想が流行するようになります。このような「教養」の流行の担い手となったのが『中央公論』『改造』『経済往来(後の日本評論)』といった総合雑誌です。また当時の最先端の思想であった「マルクス主義」もこうした雑誌を媒介として人々の間に広まっていきます。
 
そして戦後になると労働者階級にもじわじわと「教養」が広がっていきます。それはまさに労働者階級がエリートに近づこうとする階級上昇の運動でもあります。このような「教養」の拡大を支えたのが『葦』や『人生手帖』といった人生雑誌です。その一方で、もちろん都市部のサラリーマンも戦前から引き続き「教養」を求めており、昭和初期の「円本」ブームを引き継いだ「全集」ブームが到来します。
 
このように戦後間もない1950年代の当時、世の中は空前の教養ブームであり「ベストセラー」という単語もこの時期に広まります。さらに高度経済成長期の1960年代になると「英語」とか「記憶術」など仕事に役立つ実用的なテーマを扱う「カッパ・ブックス」のような新書が存在感を持ち始めるようになります。こうしてみると日本においてはもともと「労働」と「読書」は互いにむしろ蜜月の関係にあったといえるでしょう。
 
⑵ 読書の変容と停滞
 
このような「読書」と「労働」の関係に変化が生じ始めたのが1970年代以降です。高度経済成長が終焉した1970年代において司馬遼太郎の『竜馬が行く』や『坂の上の雲』といった歴史小説がサラリーマンの間で広く読まれていた背景にはよく言われるビジネス教養主義のほか、皆が「坂の上」を目指して歩いていた(ように見えた)高度経済成長期へのノスタルジーがあったと本書はいいます。
 
またバブル経済期の1980年代において黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』が500万部、村上春樹の『ノルウェイの森』が350万部、俵万智の『サラダ記念日』が200万部といった驚異的なベストセラーとなった要因の一つとして本書は当時の労働市場において「教養」より「コミュニケーション能力」が重視され始めた結果「僕」や「私」といった「自分の物語」を語る私小説的な作品が求められていたと本書は分析します。
 
さらにバブル経済が終焉した1990年代になると決定的な変化が訪れることになります。当時のベストセラー『脳内革命』が象徴するように個人の行動規範としてそれまでの「生きる姿勢」といった〈内面〉よりも「何をすべきか」という〈行動〉が重視されるようになったと本書はいいます。その背景には言うまでもなくバブル崩壊後の長期不況による労働環境の不安定化がありました。
 
そして本書はこのような〈内面〉から〈行動〉へという傾向変化を〈政治の時代〉から〈経済の時代〉への変化として捉えています。すなわち、これまでの〈政治の時代〉においては〈政治〉を通じて社会を変革できるという素朴な信念がありましたが、新たな〈経済の時代〉においては〈経済〉という目の前の波をいかにうまく乗りこなすかが重視されるようになったということです。
 
⑶ ノイズとしての読書
 
こうして1990年代半ば以降、市場には数多くの自己啓発書が氾濫するようになります。その一方で1990年代以降、とりわけ2000年代以降、個人の書籍購入額は目に見えて落ちていき、ここから本格的な読書離れが加速することになります。しかしなぜ読書離れが起きる中で自己啓発書は読まれたのでしょうか?
 
この点、社会学者、牧野智和氏は自己啓発書の特徴として「ノイズを除去する」姿勢にあるといいます。これを受けて本書は自己啓発書のロジックとは「社会」というアンコントローラブルなものはノイズとして捨て置き、自分の行動というコンローラブルなものの変革に注力することで人生を変革するというものであると述べています。
 
これに対して文芸書や人文書はまさに「社会」というノイズを提示する作用を持っています。かつて〈内面〉が重視された〈政治の時代〉において「読書」はこうした意味での「社会」を知るためのツールでした。けれども今や〈行動〉が重視される〈経済の時代〉においては自分と無関係な「社会」のことを知るよりも自分自身でコントロールできるものにリソースを注力することが最適解となり「社会」を知るための「読書」はむしろ「労働」にとってのノイズとなってしまいます。こうした傾向は「労働」で「自己実現」をすることが称揚されるようになったゼロ年代以降、ノイズを徹底して排除した「情報」の台頭によりますます先鋭化してくことになります。
 
本書において三宅氏は読書が「ノイズ」になってしまう事象を「文脈(コンテクスト)」という観点から理解しています。読書は「文脈」によって紡がれるものであり、人は基本的に自身の関心のある「文脈」に基づいて読みたい本を選びますが、一冊の本の中にはさまざまな「文脈」が収められていることから、ある本を読んだことがきっかけで「好きな作家」や「好きなジャンル」といった新しい「文脈」を見つけることもあるでしょう。
 
このように読書の醍醐味とはこれまで自分と無関係だった新しい「文脈」に触れることにあるともいえますが、このような新しい「文脈」に触れるだけの余裕がなければ、それは単なる「ノイズ」になってしまうということです。そしてこうした読書における「文脈」が「ノイズ」になった事象は社会共通の「大きな物語」が失墜した結果「小さな物語」同士のコミュニケーションの失敗=誤配により他者の文脈を理解できなくなったというポストモダン化の一側面としても理解できるでしょう。
 

* 考察する若者たち(2025年)

⑴「考察」の流行と「報われ消費」
 
こうして読書がノイズとなり、こうしたノイズを徹底して排除した「情報」が氾濫する令和の諸相を論じる一冊が三宅氏の近著である本書『考察する若者たち』です。本書によれば最近のZ世代を中心とした若年層ではドラマや映画を観た後すぐにその作品の「考察動画」や「考察記事」を検索する傾向があるそうです。こうした意味での「考察」という言葉が注目され始めたのは2019年のテレビドラマ『あなたの番です』がきっかけであると本書はいいます。
 
2クール計20話という日本のテレビドラマとしては異例の長さで放送され、その最終話は視聴率19.4%を叩き出し、Twitter(現X)の世界トレンド1位を5回も獲得した同作は「考察ドラマ」と呼ばれています。つまり同作は制作側が意図的に作中に謎を仕掛け、その謎を視聴者が考察しSNSで拡散することを狙って作られた作品であるということです。
 
この『あな番』のヒットを契機に「考察ドラマ」は世間に広く浸透することになります。作品によっては制作側が特に「考察」を狙っていなくとも視聴者の方が勝手に「作者は隠された謎を仕掛けている」という前提で「考察」するケースもあるようです。このように若年層を中心とした令和の視聴者にとって「考察」とはフィクションを楽しむためのメジャーなひとつの手法となっていると本書はいいます。
 
こうしたことから現代を「考察の時代」だと本書はいいます。すなわち、令和においては物語を読んだり観たりすることが、ただ読んだり観たりするのではなく、物語のなかに「謎」として置かれた「正解」を解くゲームになりつつあるということです。
 
これに対して平成以前は「批評の時代」であったと本書はいいます。ここでいう批評とは作者も把握していない作品の謎を解く営為をいいます。作者は作品の生みの親ですが、作者が作品のことを全て理解しているとは限りません。このような態度を批評はとっています。
 
両者は具体的にどう異なるのでしょうか。本書の例でいえば『となりのトトロ』(1988)を観て「じつは宮崎駿は”サツキとメイはすでに死んでいる”という設定を潜ませている」という解釈を行うのが考察です。これに対して「じつは”サツキとメイは幼いうちに日本で戦争によって亡くなった子どものメタファー”として捉えられる」という解釈を行うのが批評ということになります。
 
ここで重要なのは「作者の意図」への意識の有無です。批評から考察へという、フィクションを楽しむ人々の姿勢の変化を本書はフィクションを楽しむにあたり解釈を「作者の意図」として受け取ったほうが安心できる人が増えたということではないかと述べています。
 
換言すればそれは「正解」かどうかもわからない個人の解釈(感想)を知ってもちっとも面白くなく、それよりも作者が潜ませた「正解」を知ることの方が面白いという変化に他なりません。つまり考察には「正解」がどこかにあることから「わざわざ努力する価値がある」ということです。
 
そしてその背景に本書はただコンテンツを消費して満足するだけではなく、その時間を「意味ある時間」に変えたいという若年層の消費行動を見出し、このような消費行動を「報われ消費」と呼びます。つまりただ楽しい時間を過ごすだけじゃなく、その時間における報われるポイントがわかっていると手を伸ばしやすくなるということです。裏を返せばただ楽しい、面白いという感情だけではそのコンテンツを消費する時間は端的に無駄だと感じてしまうということであり、令和とは物語を楽しむことにすら「報われること」を求めてしまう時代なのではないかと本書はいいます。
 
こうした若年層の消費行動を象徴する言葉として本書は2023年度講談社漫画賞総合部門を受賞した人気漫画『スキップとローファー』の「たぶんこれが最適解!」という台詞を引いています。同作が描く令和の高校生たちのように、若い世代は自分の行動に求められる、意味のある、正しそうな「最適解」を求めているということです。ではなぜ若い世代はこんなにも「最適解」にこだわるのでしょうか。これは単にZ世代がタイパやコスパがいいものを求めているという世代的な傾向だけではなく、そこには「令和特有の病」があると本書はいいます。
 
⑵「推し」と「転生」
 
本書はこのような「報われたい」という消費感情から令和のヒットコンテンツを分析していきます。例えば「推し」という令和になって広く人口に膾炙した言葉があります。ここでいう「推し」とは自分が好きで、そして応援したり他人に勧めたりしたい対象のことをいいます。つまり自分が対象をとても好きだという感情に、さらに何らかのポジティヴな形で好きな相手と関わりたいという行動が追加された時に「推し」が成立することになります。
 
ところで「推し」が浸透する以前にある対象を好きだと思うことは「萌え」と呼ばれていました。この点、東浩紀氏はその代名詞的著作である『動物化するポストモダン』(2001)において近代的な「大きな物語」が機能不全となった現代ポストモダンにおける個人の消費行動を「物語消費」から「データベース消費」への移行として定式化しています。
 
ここでいう「物語消費」とは個々の作品消費を通じてその作品の背後にある「大きな物語(世界観設定)」を消費する行動様式をいいます。これに対して「データベース消費」とは個々の作品消費を通じてその作品に登場するキャラクターにおける例えば「萌え要素」といった「データベース(非物語的な情報の束)」を消費する行動様式をいいます。つまり「萌え」とは例えば「何となく自分はネコミミが好きだ」「何となく眼鏡のクールなキャラが好きだ」というデータベースから反応する反射的(動物的)な欲求であるということです。
 
本書は「推し」もやはりこうした「データベース消費」から生じる「萌え」の感情が根底にあるといいます。もっとも「萌え」はその対象が「変わる」ことを前提とする瞬間的な欲求であるのに対して「推し」とは「推し変」という言葉が示唆するように一瞬の感情ではなく継続的な行為であることが前提となっており、そこには自分の「推し」が何かしらの理想のゴール(例えば東京ドームで公演したり総選挙で1位になったり興行収入400億の男になったりなど)へ到達することでファンもまた「報われたい」という感情があるとされます。
 
また「転生もの」というこれまた令和において一般化したジャンルがあります。ここでいう「転生」とは死後に他の場所(多くの場合は異世界)で生まれ変わり、前世の記憶を持ったまま新しく人生をやり直すことをいいます。この「転生もの」が流行する以前に流行していたのが「ループもの」というジャンルです。「ループもの」と呼ばれる作品では主人公は例えばヒロインを救うため何度も時空を超えて過去改変を試みることになります。
 
こうしたループものをやはり東氏は『ゲーム的リアリズムの誕生』(2007)においてポストモダンの文学観として、物語が複数に分岐していくゲーム経験を写生する「ゲーム的リアリズム」という概念で説明しています。これに対し本書は「転生もの」を「ガチャ的リアリズム」という概念で説明します。すなわち「転生もの」の物語の流行は「違うスペックに生まれてきたかった」というガチャ的な欲望に支えられているということです。
 
もっともこれは努力をせずとも無双できるチートな存在に生まれ変わりたいという欲望をただちには意味していません。現代の若年層は努力すれば成功するスペックとそうでないスペックがあることを肌感覚で感じており、ここでいうガチャ的欲望とは最初からガチャに当たって「努力すれば成功できるスペックに生まれてきたかった」という「報われたい」という欲望であるということです。
 
⑶ アルゴリズムの時代における批評の役割
 
以上のように本書は「考察」「推し」「転生」といった令和に流行するヒットコンテンツから、あるいは「陰謀論」や「成長幻想」が流行する時代の傾向性から、その背景にある「報われたい」という感情を抽出していきます。そしてこうした「報われたい」という感情に最適化されたプラットフォームとしてTikTokを挙げています。
 
本書がいうようにTikTokの特徴とは短尺の動画が次々に大量にレコメンドされる点にあり、その報酬は大量の短尺動画を見て得られる脳内刺激にあります。そしてこうしたレコメンドはプラットフォームにおけるアルゴリズムによって決定されています。ここでいうアルゴリズムとはユーザーの好みを機械学習し、それに基づいて情報や広告を変えるシステムのことをいいます。
 
ここから本書は令和のヒットコンテンツとはすべてこうした「報われたい」という感情に最適化されたプラットフォームアルゴリズムのなかで生まれたものであると分析し、こうしたアルゴリズムにより同じ「界隈」に集まった(集められた)ユーザーが「正しさ」という報酬を求め「正解を提示する擬似親」としてChatGPTをはじめとする生成AIに依存しつつあるといいます。
 
考察したい、推したい、転生したい、気づきたい、成長したい、擬似親がほしい、正解がほしい、報われたい、こうした若者たちの姿は--アルゴリズムのレコメンドに押し流される私たちの姿そのものなのだ。
 
(『考察する若者たち』より)
 
その一方で本書はアルゴリズムがもたらす最大公約的な「正解(に近い最適解)」によって発信者や受信者の個別性が失われていく状況に警鐘を鳴らしています。すべてが最適化され最適解を求められる社会における「自分らしさ」とは畢竟、一般性から逸脱する特異性としての「生きづらさ」へと直結するからです。
 
もとより本書は「正解(最適解)」を求めることを否定はしていません。誰も好き好んで失敗したくないのは当然です。しかし同時に本書はその「正解(最適解)」を目指す態度を補完するものとして「批評」的な態度という選択肢を提示します。
 
つまり本書はここで「正解(最適解)」を求める態度と、その「正解(最適解)」から意図的に逸脱していく「批評」的な態度というダブルシステムを提案しているということです。そして、このような批評の役割を『なぜ働』における議論へと差し戻すのであれば、批評とはアルゴリズムによって最適化された「情報」のなかに他者性の泡立ちとしての「ノイズ=文脈」を魅力的な形で再導入していく試みであるといえるでしょう。そしてこうした「批評」を書くためのさまざまな「技術」を指南するものとして次の2冊を挙げることができるでしょう。
 

*「好き」を言語化する技術(2024年)

⑴ 推しを語るとは自分自身を語るということ
 
本書『「好き」を言語化する技術』には「推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない」というサブタイトルがついています(本書は2023年に公刊された「推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない--自分の言葉でつくるオタク文章術」を携書化したものです)。このサブタイトルが示すように本書はあらゆるコンテンツを「推し」と呼び、このようなあらゆる「推し」を語る(書く)時に使うことができるさまざまな技術を公開していきます。
 
「推し」について語る(書く)上で一番重要なこと。それは「自分の言葉」をつくることであると本書はいいます。このように言われると「自分の言葉?普通にみんなできてることじゃないの?」と思われるかもしれませんが「自分の言葉」をつくるという営みは案外難しいものです。とりわけ現代はSNSを通して「他人の言葉が自分に流れ込みやすい時代」であり、日々生成される莫大な量の「他人の言葉」によって「自分の言葉」はどんどん上書きされてしまいます。
 
例えば面白い映画を観た後に他人の感想を読むと自分の感想を忘れてしまい「他人の言葉」があたかも最初から「自分の言葉」だったかのような錯覚を覚えるという経験はよくあることでしょう。人間とは「他人の言葉」にどうしても影響を受けてしまう生き物です。
 
こうした中で「他人の言葉」に惑わされない「自分の言葉」をつくるためにはある種の技術が必要となります。そして本書はこのような技術を会得する上で必要なものは語彙力や観察力や分析力でもない「ちょっとしたコツ」であり、そのような「ちょっとしたコツ」さえ知っていれば「自分の言葉」は誰にでも作れるといいます。
 
本書は「推し」について「自分の言葉」で発信するメリットとして「推しへの解像度が上がる」「たくさんの人に推しを知ってもらえる」「推しについてのもやもやを言語化できる」という点の他に「推しを好きになった自分への理解が深まる」という点をあげ「きっと推しを語ることであなた自身の「好き」がどこからきたのか、わかるはずです。推しを語ることは、あなたの自身の人生を語ることでもある」と述べています。すなわち「推しを語る」ための「自分の言葉」をつくる営みとは、他ならない「自分自身を語る」という営みへまっすぐにつながっているということです。
 
⑵ 自分だけの感情を出発点にする
 
子どもの頃に学校で読書感想文という課題が出された時、先生から「本を読んで自分の感じたありのままの感想を書けばいい」などといったアドバイスを受けたことがないでしょうか?どうも日本の小中学校では「本を読んで感じた通りに、その感情を書けば、それがいい読書感想文になる」と先生も生徒も信じているようなふしがありますが、本書はこうした「ありのまま」感想文信仰に対して異議を申し立て「技術を駆使してこそ、いい感想文を書けるようになる」と主張します。逆に言えば「書く技術さえ理解すれば、いい感想やいい文章は書けるようになる」ということです。
 
まず本書は推しを語るときに一番大切なこととして「自分だけの感情」をあげます。ここでいう「自分だけの感情」とは「他人や周囲が言っていることではなく、自分オリジナルの感想を言葉にすること」です。しかし「自分オリジナルの感想を言葉にすること」は案外難しいものです。なぜなら人間はどうしても世の中に既にある「ありきたりな言葉」を使ってしまう生き物だからです。このような「ありきたりな言葉」をフランス語では「クリシェ cliché」といいますが、まずこのクリシェを禁止したその先に「自分だけの感想」が存在すると本書はいいます。
 
次に本書は推しを語る文章の核が「自分だけの感情」だとすれば、その核を包むものとして「文章の工夫」があるとして、ここで大切なものは「読解力」でも「観察力」でもなく「妄想力」であるといいます。つまり、何かの推しに対して「よかった」という感想を持ったとき、その「よかった」という理由について「昔見たものや昔好きだった推しを引っ張り出しつつ、自分の妄想を広げていく」ことで「感想のネタ」を探していくということです。
 
この点「妄想」はあくまで「妄想」であり、客観的に合っているかはひとまずはどうでもよく、とにかく妄想を広げていくことが重要となります(もちろん実際の感想を書くにあたって「この作品は◯◯という点であの作品のマネをしている」などと自身の「妄想」を根拠なく「事実」であるかのように書いてしまう行為はNGです)。
 
以上のように本書は第1章「推しを語ることは、自分の人生を語ること」で推しの魅力を伝えるために重要なものとして「自分の感情」と「文章の工夫」と「妄想力」の3点をあげています。そして第2章「推しを語る前の準備」ではこの3点を身につけていくための具体的な方法論が紹介されています。
 
⑶ 自分の言葉を創り出すということ
 
本書は「推し」を語る(書く)ためのさまざまな技術を「えっ、そこからですか?」というくらいに本当に初歩の初歩からていねいに説明していきます。それゆえにに本書は推し語りの初心者にとってとても親切な本であることは言うまでもなく、推し語りのベテラン(?)にとってもあまりに自明すぎるが故に軽視しがちな推し語りの基礎あるいは原点を再確認ないし再発見できる本となっています。
 
本書が幾度も強調するように「自分の言葉」で推しを語るとは他ならない自分自身を語るということです。例えば本書は第2章において推しに対して生じた感情を「共感」と「驚き」に大別した上で、その感情が生じた理由を深く掘り下げていく「感情を言語化=細分化する」という手法を提案していますが、このような推しに対する様々な「共感」と「驚き」を積み上げていくうちに、自分がおおむねどのようなものに対して「共感」を懐いたり「驚き」を感じるのかが自ずとわかってくるのではないでしょうか。そしてそこからさらに自分はなぜそこに「共感」を懐いたり「驚き」を感じるのかという、より大きな問いを開くことができるでしょう。
 
すなわち、推しを語るとは推しという鏡を通じて自己を再発見するという過程であるといえます。そして、このような再発見された自己から見晴るかした世界はこれまでとはまた異なる色彩と輝きを見せることになるのではないでしょうか。こうした意味で『「好き」を言語化する技術』とは「自己を再発見する技術」であり「世界を再発見する技術」でもあるといえるのではないでしょうか。
 

*「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか(2025年)

⑴ 体験の言語化はなぜ重要なのか
 
本書『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』は小説、漫画、ドラマ、映画といったコンテンツ体験を言語化してコミュニケーションに活かす技術を指南する一冊です。本書のコンセプトは三宅氏がある講座で参加者から「話していて面白い人になるには、どうすればいいのか」という質問をされたことで着想を得たそうです。本書はいいます。話が面白い人になるには本や漫画を読んだりドラマや映画などを観ることが必要だけれども、ただ漫然と読んだり観るのではなく「鑑賞」として取り入れることが重要であり、そこには作品を「解釈」するための技術が必要になる、と。つまり読んだり観たものを話の「ネタ」に変える技術です。
 
ではどのように読んだり観たものを「ネタ」にするかというと、本書が「第一部 技術解説編」でまず提示するのは①〈比較〉②〈抽象〉③〈発見〉というプロセスです。
 
〈比較〉とは「ほかの作品と比べる」ということです。ある作品を読んだり観たりした後、どんな作品と比較できるかを考えてみます。例えば『となりのトトロ』という作品を同じファンタジー作品である『ハリー・ポッター』と比較してみると、日常から非日常へ誘う役割が前者の場合はネコバスという前近代的な妖怪であるのに対して、後者はホグワーツ特急という産業的で未来的なインフラです。ここから日本と欧米のファンタジー世界やインフラに対する意識の相違といった「話のネタ」が生じてくることになるでしょう。
 
〈抽象〉とは「テーマを言葉にする」ということです。ある作品を読んだり観たりした後「この話のテーマなんだったのか」を考えてみます。もちろんそこに「正解」というものはありません。むしろ作品にテーマを見出すのは鑑賞者の役割であるといえます。こうしたテーマを考える時、主人公の変化や力を込めて描かれている場面や最後の結末に注目してみることを本書は勧めています。
 
〈発見〉とは「書かれていないものを見つける」ということです。ある作品を読んだり観たりしてて、その作品なら普通に書かれてもおかしくない話が出てこない場合や普通に出てきても良さそうなキャラクターが出てこない場合はそこには理由があり、作者の深いこだわりがあると本書はいいます。こうした「描かれていないことを探す」ことで逆方向からその作品のテーマを照射することもできるでしょう。
 
ここからさらなる応用編として本書は④〈流行〉⑤〈不易〉をあげています。
 
〈流行〉とは「時代の共通点として語る」ということです。すなわち、ある作品を同じ時代に流行した別の対象と比較することで、その時代において人々が求めていたものを見出していきます。
 
〈不易〉とは「普遍的なテーマとして語る」ということです。すなわち、ある作品の中に特定の時代における〈流行〉とは逆に、むしろ時代を超越した普遍的なテーマを見出していきます。
 
この①〜⑤のどれかの鑑賞・解釈ができるようになるとそのネタを人に話すことができる状態になると本書はいいます。このような鑑賞・解釈の工程を本書は料理に準えています。素材(作品)をいろんな食材と混ぜ合わせてみたり(比較) 潰したり煮込んだりしてちょっと形をなくしてから食べてみたり(抽象)その素材が持っていない味を付け足してみたり(発見)という具合に。三宅氏は本書をこうした「読んだり観たりしたものをいかに料理するか」というレシピ集として読んでほしいと述べています。
 
⑵ コンテンツからコミュニケーションへ
 
そしてこのような鑑賞・解釈の技術を身につけるための練習として本書は「鑑賞ノート」の作成を勧めています。その手順ととしては⑴まず面白かったシーンについて具体的に書き、次に⑵作品を鑑賞して思い浮かんだ解釈を書き、最後に⑶「この作品が好きな人はどの場面が好きだろう?」「××というジャンルに詳しい人に、ここを聞いてみたい」といった「質問」を書くというものです。
 
こうした「質問」をストックしておくことが何より重要だと本書はいいます。確かにこうした「質問」をあらかじめ準備しておくことで、そのコンテンツの話をうまくコニュニケーションのコードの上に馴染ませやすくなるでしょう。もちろん読んだ本や観た映画の感想などを何らかのかたちでメモしている人は結構多いとは思いますが、こうした「質問」まで(少なくとも意識的に)想定していることはあまり多くないのではないかと思われます。けれどもコンテンツの鑑賞体験をコミュニケーションの「ネタ」に昇華する上でこの一手間は不可欠といえるでしょう。
 
さらに他人とのコミュニケーションにおいて不意に質問を受けたときも先の「比較」「抽象」「発見」「流行」「不易」という五つの技術が使えると本書はいいます。すなわち、質問の意図をこの五つの中に当てはめることで相手の真意が汲み取れるということです。
 
つまり普段からこの五つの技術を習慣的に使用していれば、どんな場面でも脳内で他人のいったことを抽象化したり対比させたりすることができるようになるということです。そうしたことから読解力を鍛えることで同時に会話力も身についてくると本書はいいます。こうしたコンセプトから本書は「第二部 応用実践編」でこの五つの技術を用いて実際に、小説、漫画、ドラマ、映画はもちろんのこと、短歌集や人文書なども読み解いていきます。
 
⑶ 物語を読み解く技術
 
本書を読んでその内容が頭にだいたい入ったら早速身の回りのコンテンツを相手に練習してみましょう。昨日読んだ漫画、さっき観たドラマ。そのすべてが本書の練習問題になります。別に無理して五つの技術の全部を使う必要はないです。ひとつかふたつ使うことが出来ればもう万々歳です。その時そのコンテンツは単なる時間の空費ではなくあなたの人生を形作る経験になったのですから。
  
このように本書は『「好き」を言語化する技術』と同様にコンテンツの鑑賞体験を言語化するには「技術」が必要であるという考え方に立脚しています。その上で両者の相違を挙げるのであれば『「好き」を〜』は鑑賞者自身の「好き(あるいは嫌い)」という視点からあるコンテンツにおける「物語」を(いわば内在的に)読み解く「技術」に重点が置かれているといえます。
 
これに対して本書は鑑賞者自身の「好き(あるいは嫌い)」という視点は(もちろん重要ですが)ひとまず括弧に入れた上で、あるコンテンツにおける「物語」を(いわば外在的に)読み解く「技術」に重点が置かれているように思えます。そしてもちろんこの内在-外在という両者の視点は「物語」を読み解く「技術」として表裏一体の関係にあることはいうまでもないでしょう。
 

 * 娘が母を殺すには?(2024年)

⑴ フィクションの中に読み解く〈母殺し〉
 
本書『娘が母を殺すには?』は母娘関係という観点から小説、漫画、ドラマ、映画などざまざまなフィクションを読み解く一冊です。一般的に母と娘の関係はこじれやすく複雑なものになりやすいと言われています。こうしたことから多くのフィクションの中でも娘が母に向ける葛藤がしばしば描かれてきました。そこで本書はこうしたフィクションの読解を通じて母との関係に苦しむ娘が〈母殺し〉を達成するための方法を見出そうとします。
 
もちろん言うまでもないことですが、ここでいう〈母殺し〉とはあくまでも精神的な位相において行われるものであり、それは端的にいえば「母の規範の無効化」を意味しています。この点、一般的に母は娘にとってもっとも近しい「規範」を与える存在であるとされています。ここでいう「規範」とは人間の欲望の方向性を決めたり、制限をかけたりするものをいいます。
 
こうした意味で母は娘の欲望に制限をかけ、例えば「周囲から可愛がられる子になれ」とか「結婚したほうが幸せになる」とか「学歴をつけて自立しろ」とか「あなたは私のケアをしなければならない」などといった様々な「規範」を与えます。一方で、娘はこのような母の規範を守って生きようとするあまり、なかには自分が母の与えた規範を守って生きていることそれ自体に気づかないような場合も多いと言われます。こうして多くの娘は母の規範の範囲内でのみ欲望するようになります。
 
もちろん本書も述べるように親が子に規範を与えることは教育の過程で多かれ少なかれ必要なことであり、子どもの欲望のままにしていては取り返しのつかない事件や事故が起こる可能性があります。親が子の欲望に適切な制限をかけたり、欲望の方向性を規定したりすることは子どもの健全な成長にとってある程度は必要です。しかしその上で親が与えた規範を成長の過程で子が手放すこともまた重要な行為であるといえます。
 
親から与えられた規範を手放すことで子が親を超越すること。これを文学の世界では〈父殺し〉と呼んできました。最初にこのような〈父殺し〉という言葉を作ったのは精神分析の始祖であるジークムント・フロイトです。フロイトはソフォクレスの『オイディプス』、シェイクスピアの『ハムレット』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』など古今を通じた文学の傑作が〈父殺し〉という同じテーマを描いてきたのは偶然ではなく、それは人間の成熟にとって重要なテーマだったからであるといいます。
 
つまり子どもが成熟して大人になるとき、その規範を無効化するため精神的な位相において親を〈殺す〉必要があるということです。こうしたことから従来、多くのフィクションでは息子の成熟の物語として〈父殺し〉が繰り返し描かれてきました。それゆえに娘もまたその成熟のプロセスの中で精神的な位相における〈母殺し〉を行う必要があるのではないかと本書はいいます。
 
⑵〈母殺し〉の難しさ
 
もっとも〈父殺し〉と〈母殺し〉ではその原理が異なります。両者の差異は父の与える規範と母の与える規範の差異から生じます。この点、父性原理は父が頂点に立つタテの規律であり、この父の規律から外れた人間は罰せられます。だからこそ子は父を乗り越えることで新たな規律を生み出す側にまわることができます。これが〈父殺し〉の原理です。これに対して〈母殺し〉の前提にある母性原理は子は全員ヨコの平等の関係にあり、母の規範の範囲内にいる限り子は優しく平等に愛されます。しかしながら子が母の規範の外に出ることは決して許されません。
 
つまり、父は強さで子を支配しますが母は愛情で子を支配し、父はタテのヒエラルキーで規範をつくりますが、母はヨコのゾーンで規範をつくるということです。そのため父の規範は子が強くなれば倒すことができますが、母の規範は子がその愛情を拒否することでしか逃れることはできません。ここに〈母殺し〉の難しさがあるわけです。
 
この点、本書は〈母殺し〉の難しさの理由として「母と娘が密着しやすい構造」の存在をあげ、このような母子密着の要因として臨床心理士の信田さよ子氏の議論を援用して⑴夫婦間のディスコミュニケーション⑵娘の経済的/育児リソースの貧しさ⑶母のキャリアに対する罪悪感という3点を挙げています。
 
もっとも、ここで挙げられる3つの要因はいずれも男性が家の外で働き女性が家のなかで家事や育児に従事するという専業主婦文化を前提とした戦後中流家庭モデルを前提としています。ではこうした戦後中流家庭モデルが一般的なモデルではなくなった現在においては母娘密着の問題はすでに解消されているのかというと、本書はそうはなっていないといいます。
 
すなわち、現在においても母が息子に与える規範と娘に与える規範は異なっており、母にとっての娘はケアの対象というよりも自分と対等なケアの主体であり、そうした期待の視線のもと、いつの間にか母をケアする娘が誕生し、母子密着は永遠になるということです。
 
⑶ 母娘関係の脱構築
 
こうした視点から本書は小説、漫画、ドラマ、映画といったさまざまなフィクションから抽出した「母の代替となるパートナーを得る」「母を嫌悪する」「自ら母になる」といった様々な〈母殺し〉のモデルを検討した上で、そのどのモデルもむしろ〈母殺し〉の困難を浮き彫りにするものであるといいます。ここから本書は母と娘の二項対立から離れることで複雑な関係性を取り戻す「母娘関係の脱構築」を提案します。
 
こうした「母娘関係の脱構築」における理論的な基盤を本書はポスト構造主義を代表する哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリがその共著『アンチ・オイディプス(以下、AOと略)』(1972)で展開した欲望観に求めています。ここで本書は千葉雅也氏の『現代思想入門』(2022)におけるAO解釈を参照し、家族関係とそのほかの多様な関係をダブルで考えることで母の影響を相対化させることを提案します。
 
つまり本書のいう「母娘関係の脱構築」とは位相の異なる二つの欲望観の並立であると考えられるということです。この点、千葉氏は『意味がない無意味』(2018)所収の「あなたにギャル男を愛していないとは言わせない--倒錯の強い定義」という論考においてこのような位相の異なる二つの欲望観を精神分析的な見地から「神経症的な欲望」と「別のしかたでの欲望」と呼んでいます。
 
ここでいう「神経症的な欲望」とはフランスの精神分析家ジャック・ラカンによる「欲望とは他者の欲望である」という有名なテーゼで示されるような間主観的ネットワークに理由づけられた欲望であり、その究極的な理由は千葉氏のいうところの〈性別化のリアル(事実上刻まれた性差のあり方)〉に帰着します。これに対して「別のしかたでの欲望」とはドゥルーズ=ガタリがAOにおいて言祝いだ理由なく多方向にどうでもよく発散する複数的な欲望に由来しています。そして千葉氏はこの両者を「メタ倒錯(倒錯の強い定義)」と呼ぶ論理によって互いに分離したまま無関係で並立する状況としてAOを解釈します。
 
すなわち、本書のいう「母娘関係の脱構築」とは精神分析的な見地からは千葉氏のいう「神経症的な欲望」と「別のしかたでの欲望=理由なく多方向にどうでも良く発散する複数的な欲望」が互いに分離したまま無関係に並立する「メタ倒錯」として位置付けることができるのではないでしょうか。そうであれば「母娘関係の脱構築」とは母娘関係をめぐる「神経症的欲望」とは無関係に並立する「別のしかたでの欲望」を導入することで、むしろ母と娘のあいだに従来とは異なる新たな関係性を創り出す契機であるともいえます。
 
そして精神分析的な見地からさらに付け加えるのであれば、ここでいう〈父〉や〈母〉や〈息子〉や〈娘〉という概念は生物学的な性別とイコールで捉えるべきではなく、1人の人間の中に〈父〉と〈母〉が、あるいは〈息子〉と〈娘〉が共存するような状況も想定できるでしょう。さらには三宅氏が『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』や『考察する若者たち』で論じたような「ノイズ」を徹底して排除した「情報」が氾濫し、アルゴリズムと生成AIによって最適化された現代の情報環境を〈母〉のメタファーから捉えることもできるでしょう。こうした意味で狭義の母娘論を超えた極めて広い射程を持つ本書は三宅氏の影の主著ともいうべき一冊であるといえるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

〈暮らし〉を制作するということ。 

* 消費と浪費

 
國分功一郎氏はベストセラーとなった哲学書『暇と退屈の倫理学』(2011)においてフランスの思想家ジャン・ボードリヤールの議論をベースとして消費社会がなぜ「退屈」をもたらすのかを論じています。消費社会において人間は資本主義によって(具体的には「広告」という企業文化を経由して)事物に対する欲望を植え付けられることになりますが、この欲望は観念的なもの、つまり記号に過ぎないため事物そのものとは乖離しています。
この主張を同書は現代の製造業の頻繁なモデルチェンジを例に説明しています。自動車メーカーはモデルチェンジを定期的に行い、買い換えることを消費者に促します。消費者はこの時、事物そのものの与える利便性や快楽(必要な輸送能力を得ること、快適に走ること、好みの外観を手に入れること等)ではなく「ニューモデル」という観念やブランドという記号に強く動機づけられます。このような事物に「ついての」観念的なもの、記号を求める行為を同書は「消費」と呼びます。
 
そしてこの観念的なもの、記号を対象とする「消費」には終わりがありません。いまの例で述べれば、次から次へと市場に投入されるニューモデルの購入を反復し続けることでしか人間は「消費」の欲望を追求することはできず、決して「満足」に至ることがありません。これが同書において「退屈」と呼ばれる状態です。
 
そこで同書はこの「退屈」を解決するため「消費」から「浪費」に回帰する「贅沢」という戦略を提示します。同書は人間は「必要の限界を超えて物を受け取る」ときに、つまり「必要のないもの、使いきれないもの」を「受け取り、吸収する」ときに「満足」に至ると考えます。このような事物そのものを受け止める行為を同書は「浪費」と呼びます。
 
観念や記号という無限に追求する「消費」ではなく、事物そのものを受け止める「浪費」には物理的な、あるいは時間的な限界が存在します。しかしこの限界があるからこそはじめて、人間は「満足」することになります。これが同書のいう「贅沢」です。
 
そして具体的に「消費」から「浪費」に回帰するために同書が提唱するのが「動物になる」という倫理です。ここで同書はドイツの動物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの「環世界」の概念を援用し「動物」と「人間」の相違を説明します。例えば岩の上で日光を浴びるトカゲはそこを「岩場」として認識することができず、単に「陽の当たる場所」としか認識していません。ここからユクスキュルはそれぞれの生物は認知の形態が異なるため世界をそれぞれ別のかたちで捉えていることに注目し、この生物ごとに異なる姿に認知される世界のことを「環世界」と名づけました。
 
これに対して対して同書は人間はその高い認知能力により擬似的に「環世界」を移動することが可能であると考えます。より正確にいえば、人間は膨大な情報を知覚した上で、それらを言語を用いて常にある程度まで整理しているということです。そのため人間はある環世界から別の環世界へと移動を常に繰り返し、ひとつにとどまることができない不安定な状態に置かれます。これが「退屈」の原因になります。なぜならばひとつの環世界にとどまっていれば、そこで認知した事物に集中し「できるはずのことが、できない」と、他の可能性のことを考えることができないからです。人間は環世界を簡単に移動してしまうから「退屈」するということです。
 
したがって同書は「浪費」へ回帰するため、ある環世界にしっかりとどまって「動物になる」ことを消費社会における倫理として提示します。ここで同書はフランスの哲学者ジル・ドゥルーズの議論を援用し、環世界の移動は事物の「不法侵入」によって発生すると考え、この「不法侵入」を「待ち構える」ために「訓練」を怠るべきではないと述べています。
 

* 浪費の失敗としての制作

 
こうした國分氏の議論を宇野常寛氏は近著『庭の話』(2024)において「制作」という観点から更新しています。同書は今日の情報環境は社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こす「相互評価のゲーム(発信と承認の快楽が前面化したゲーム)」に支配されているとして、ソーシャルメディアに代表される「プラットフォームの時代」を内破するための方法を「庭」という比喩を用いて論じています。

 

庭の話

庭の話

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そこで同書はまず現代を代表する庭師であるジル・クレマンの「動いている庭」やエマ・マリスの「多自然ガーデニング」といった仕事を参照し、「庭」とは第一に、人間外の事物とのコミュニケーションを取る場所であり、第二に事物同士がコミュニケーションを取り、豊かな生態系を構築している場所であり、第三に「庭」とは人間がその生態系に関与できるけれども、完全に支配することはできない場所である必要があるとします。
 
そして同書は事物に「ついての」観念や記号ではなく、事物そのものにアプローチすること、そしてそのために事物に没入する身体に擬似的に「変身」することという点で國分氏の議論は同書の議論と重なり合うとした上で、その相違点として國分氏が『暇と退屈の倫理学』を公刊した2011年当時と今日では議論の前提となる社会像が大きく異なることを挙げています。
 
今日のプラットフォームに支配された社会においてはフィルターバブル的に事物の「不法侵入」を受ける機会を大きく失い、同時にプラットフォームの提供する承認の交換を通じて、人間は環世界を移動するより強い快楽を、恐ろしいほど低コストで手に入れることが可能になっていると同書はいいます。それゆえに同書では事物とのコミュニケーションを通じた「制作」の快楽により承認の快楽を相対化することを目論みます。つまりここで扱われているのは「退屈」を克服するだけでは済まなくなった「後の」問題になります。換言すれば國分氏が仮想敵としたのがかつての消費社会だとすれば同書が仮想敵とするのは今日の情報社会に他ならないということです。
 
そして同書は(某特撮ヒーロー番組のグッズ収集が高じて理想のアイテムを夢想する40代男性や、某バスケ漫画の登場人物同士の同性愛的物語を妄想する少女などを「例」として)人間が「制作」に動機づけられるためには対象となる事物の「浪費」に「満足」することなく「浪費」に失敗し続けることが必要であるといいます。
 
すなわち、事物からのコミュニケーションを強く受けた(受けすぎた)ことによって「変身」した人間は、そのためすでに存在している事物だけでは物足りなくなり、その事物の理想形を求めるようになりますが、悲しいかな彼/彼女が心の中に描いた理想形に完全に合致する事物はこの世界に存在せず、そのため彼/彼女はその事物の理想形と現実に存在する事物との落差に傷つき絶望し、自らその事物を生み出すことを欲望し始める、ということです。この状態で人間ははじめて「制作」に動機づけられることになります。それゆえに同書のいう「庭」とはプラットフォームで失われた「不法侵入」の可能性を担保し続ける場所であり、さらに「変身」が継続することで「浪費」に失敗し続ける場所である必要があります。
 

* 有限化としての制作

 
確かに同書のいうように「制作」は「行為」の肥大化による承認中毒を打破するためのほとんど唯一の回路といえるでしょう。そしてここでいう「制作」とは芸術や開発といったわかりやすい創造的行為に留まることはなく、むしろ人は誰しもつねに何かを「制作」しているといえます。
 
例えば千葉雅也氏は『勉強の哲学』の増補版(2020)に追加した補章において「勉強の哲学」をさらに「制作の哲学」へと展開させており、同書の述べる勉強論は「自分自身を作り直す」という何らかの制作行為につながるものであると述べています。文章を書いたり、料理をしたり、あるいは部屋の模様替えをすることまで含めて、言ってみればすべてが「自己制作」ということです。そしてそのための具体的な方法として氏は同書が展開するアイロニーとユーモア、そして自分の身体にもとづく享楽という三つの頂点を持つ「勉強の三角形」を応用した「楽しい暮らしのモデル」を提案します。
まず価値観の本質的な無根拠性を暴くアイロニーから別の価値観を提示するユーモアへの折り返しを実生活で応用してみると、他者とのコミュニケーションやメディアの情報など生活空間に溢れるさまざまな言葉に対して、多様な解釈のいわば「交差点」としての、ただ言われたこと、ただ起こっている出来事に向き合うことができるようになります。これはいわば世界を「小説」のように捉えるということです。つまり純文学小説のように両義性や多義性を重んじ、あたかも自然を観察するかのように出来事をありのままの複雑さで記述していくという態度です。
 
また、このように言葉についての価値判断や、それに結びついた喜怒哀楽の変化を一時停止して、ただ自然を観察するようにしてみると、さまざまな言葉や行動はそこに付随する「意味」から離れ、ただの動きとしての「運動の形」になってきます。そうするとだんだん世界が自己目的なダイナミックな「運動=リズム」の連鎖として立ち現れてきます。それはすなわち、日々の出来事を「ダンス」としてみるということです。
 
そして、このような世界を「運動=リズム」として捉えるというダンス的な見方をさらにラディカルに言語そのものに向けると、そこには「詩」が発生します。とりわけラディカルな現代詩になってくると常識的な意味伝達はそこで崩壊して、曖昧な比喩であったり、言葉のダジャレ的なつながりだったり、言葉自体が持つ物質性とでもいうべきものを操作するようになります。つまり現代詩は言葉そのものを「面白い形」として取り扱っているということです。
 
この点「5・7・5」「5・7・5・7・7」という定型的なリズムのなかでリズムと意味の両面で遊んでいる詩が「俳句」や「短歌」です。とりわけ俳句はある風景を瞬間的に切り取るものが多く、その面白さは「写真」に近いものがあるでしょう。そうであれば逆に写真を撮る時は何か意味を伝えるという発想なしで、ただ、ある形やリズムを切り取ればいいという俳句的発想でとってみればいいということです。
 
このように同書は言語を「運動の形」で捉えることを提唱していますが、より直接的に「形で遊ぶ」ジャンルとして「絵画」があります。ここでも同書は家とか自然とか動物などといった一定の記号性をもつ対象をその記号性を全否定はせずに、いわば記号への抵抗運動としての何か記号的ではない線や記号から逃れていく線を書くという意識の持ち方を勧めてており、同様に「音楽」においても一般的な近代西洋音楽のルールから外れて、形それ自体に、リズムそれ自体に向かっていくという方向性を提示します。
 
以上のように同書はアイロニーからユーモアの折り返しにより、さまざまな芸術のジャンルをただの形として操作し、ただその無意味な享楽を楽しんでみることでみるという「制作」のあり方を論じています。そしてこうした「制作」のあり方を突き詰めていけば、そこには自分自身のミニマムで根本的な「個性=特異性」が現れてくることになります。さらにこうした「制作」のあり方はひいては芸術的制作だけでなく日常生活や仕事という広義の制作における意識の持ち方にもつながってくるといいます。
 
そしてここで提示される「意味からリズムへ」という論点は千葉氏の近著『センスの哲学』(2024)においてさらに深く論じられることになります。アイロニーからユーモアへと折り返すことでさまざまな物事における「意味」が蒸発し、ただの非意味な出来事として「リズム」の表れます。そしてこうしたリズムの反復と差異のなかに見出される「どうしようもなさ」としての享楽的なこだわりを追求することで、そこから新しい世界が立ち上がってくることもあるでしょう。こうした意味で「勉強の哲学」と、その更なる展開としての「制作の哲学」とは「有限化」という観点から、いわば世界を制作しなおす哲学であるといえるでしょう。
 

* 日常美学の諸相と世界制作

 
また青田麻未氏は『「ふつうの暮らし」を美学する』(2024)において「世界制作」というコンセプトから日常生活のなかにある美的経験について論じています。近代ヨーロッパにおいて成立した美学という学問は長い間、芸術作品がもたらす美の経験を典型例とした考察が進められてきました。しかしながらそもそも美学が原義的には「感性の学」であるというところに立ち返れば、美学の対象は美や芸術には限られることはないはずです。
こうしたことから1970年前後より「環境」という視点から自然の美的経験を再検討する「環境美学」と呼ばれる分野が発展を続けており、やがて1990年代に入ると自然と人工の要素を併せ持つ複合的な環境もその議論の対象として組み込まれていくようになり、ここから複合的な環境がもたらす日常空間へと関心が向けられていくことになります。
 
このような背景から成立した新たな学問領域が日常生活のなかで感性が果たしている役割を明らかにすることを目指す「日常美学」です。日常美学は21世紀になってから本格的な議論が立ち上げられました。2005年には日常美学として初めての論文集が出版され、2007年には美学者のユリコ・サイトウとチャ・マンドキがそれぞれ同じ『日常美学』というタイトルを冠した2冊の本を公刊しています。
 
アメリカの美学者でアーティストでもあるケヴィン・メルキオネは日常美学を「第三のかご」と呼びます。芸術ではないから従来の美学の主題でもなく、自然でもないから環境美学の主題でもない、そうしたものがじゃんじゃん放り込まれてくるかご。それこそが日常美学の懐の広さでもあり、同時にその独立した領域としての自律性を脅かす特徴でもあります。
 
我々の日常はあまりにも多様で雑多です。そこで日常美学において議論すべき範例的な美的経験とはどのようなものか、ということが問題となります。そしてこの点をめぐって日常美学には大きく分けて二つの立場があるとされます。
 
一つめの立場は日常の中の平凡な側面に注意を向けるべきだという立場です。例えばフィンランドの美学者オッシ・ナウッカリネンは日常美学がまさに「日常」を論じるものであろうとするならば、パーティなど日常の中の特別な経験を無視すべきではないものの、中心的に論じられるべき事柄は平凡な、まさに我々の日常の核を作り上げている家事や仕事などのルーティン的な活動がもたらす美的経験だと述べます。
 
二つめの立場は日常の中の特別なものに注目するべきだという立場です。例えばアメリカの美学者トーマス・レディは日常生活はそれ自体では平凡なものにもかかわらず、そこに非凡なものを見出す芸術家をモデルとして、日常美学を構築し、平凡なものが特別なオーラを纏うことで非凡なものへと変容することを通じて初めて「美的」と呼ぶ経験が生じると考えます。
 
ここから一方で日常の安定性に目を向けるとそれは美的経験なのかという問題が生じ、他方で美的経験の特別さを強調すれば今度はそれは日常の話になるのかという問題が生じてしまうことになります。これは日常美学に常について回るディレンマであるといえます。
 
このように日常美学という分野は決して一枚岩ではありません。もっともいずれの立場を取るにせよ日常美学に共通する理論上のスタンスとして「世界制作」への参加という側面を捉えようとすることが挙げられます。ここでいう「世界制作」とは文字通り世界をつくるということを意味しています。
 
先述した『日常美学』の著者であるサイトウは我々は一人一人みなが世界の製作者であり、地道な毎日のなかで我々の感性の働きが意外にも世界のありかたを決めていると考えます。こうした「世界制作」という観点からいえば日常美学はすべての人の人生に深く関わってくる領域であり、そこには現代における「日常」を生きる上での倫理的作用点を見出すことができるでしょう。
 

*〈暮らし〉を制作するということ。 

 
ところで青田氏は、同書はいわゆる〈ていねいな暮らし〉を推奨するものではないとして、ここで目指すのは、あくまで日常生活を見つめるためのことばを得ることであるといいます。もっともその一方で、今ある等身大の日常生活を繊細に観察することで案外、自分ではふつうだと思っている生活が持っている愛おしさにも気づかせてくれるかもしれないともいいます。
 
確かにいわゆる〈ていねいな暮らし〉は表象的な記号として消費されている側面もあります。この点、佐藤八寿子氏は『〈ていねいな暮らし〉の系譜--花森安治とあこがれの社会史』(2025)において近年、SNSを中心に流行する〈ていねいな暮らし〉について、それは憧れの対象やロールモデルとなると同時に容易に嫉妬や中傷の対象ともなり得るとして「〈ていねいな暮らし〉問題」とは「いつの間にか〈ていねいな暮らし〉としてイメージされるものごとのハードルがぐんぐんと高く引き上げられ、理想、あこがれとして共同幻想化すると同時に、否定もされるという状況、つまり、言葉がひとり歩きをしてしまっていることだと言うことができるだろう」と述べています。
しかし、その一方で同書はSDGsのユニバーサリズムと〈ていねいな暮らし〉のカトリシズムとの類似性を認めた上で、近代という「大きな物語」の次にくる新しい時代を支える価値観を考えるうえでSDGsや〈ていねいな暮らし〉は有益な概念になりうると述べています。
 
このように同書は〈ていねいな暮らし〉に対しては、一方では距離を置きつつも他方ではその意義を認めるという一見すると両義的な態度を取っています。けれどもこの両義性は〈ていねいな暮らし〉における「スタイル」と「精神」という二層構造から読み解けるのではないでしょうか。
 
ここでいう「スタイル」としての〈ていねいな暮らし〉とは完全無欠な〈ていねいな暮らし〉という理想的な(しかし到達不可能な)モデルを目指して、その周囲を否定神学的な欲望がひたすら空回りしていくような態度です。これに対して「精神」としての〈ていねいな暮らし〉とは日常の中で生起するさまざまな問題のひとつひとつを、まさに〈ていねい〉に解決することで〈暮らし〉を「制作」していくような態度です。すなわち、本書の両義的な態度とは、前者に対する冷ややかな視線と、後者に対する温かなまなざしから構成されているようにも思えます。
 
こうしてみると否定神学的な欲望である「スタイル」としての〈ていねいな暮らし〉とはまさにボードリヤールのいうところの記号や観念の「消費」であり、SNSなどのプラットフォーム上において宇野氏のいうところの「相互評価のゲーム」のなかに巻き取られてしまうものであるといえるでしょう。しかしその一方で、日々の〈暮らし〉を「制作」していく「精神」としての〈ていねいな暮らし〉とは日常美学における「世界制作」へとつながるものであるといえるのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

民藝運動から創造社会へ

* 柳宗悦と民藝運動

 
明治期の日本において日本美術の振興に尽力したことで知られる岡倉天心は1903年に行った「美術家の覚悟」という講演において芸術家の意義につき「古来東西の美術家は、彼の宗教家の如く、又た文学者の如くに、自ら文明の先駆となりて一世を導くが故に尊重せられたり」と述べています。すなわち時代の先駆となる点にこそ芸術家の意義があるというのが天心の理解でした。そのことを天心は「凡そ美術家として尊重すべき所以は、世の先覚となりて美の門鎖を開き、人生を慰藉して之れを高尚に導く天分あるが故のみ。其凡庸の職工人たるにいたりては、何等の点にか特殊な尊敬を払うべき」とも述べています。
 
ここで天心は「美術家」と「職人」あるいは「工人」を明確に区別し「工人」を「米櫃のために制作をする人」として低く評価しています。確かに近代美学の伝統においてはイマヌエル・カントが美の特徴として挙げた「無関心」のように、美とは何かの役に立つかどうかという評価から切り離されたところで成立するものであると理解されてきたところがあります。現代においても他の目的のためではなく純粋に芸術的・創造的意欲から生み出される芸術にこそ価値があるという考え方は広く受け入れられているでしょう。
 
こうした美術観に対して明確な異議を唱えたのが昭和初期にいわゆる「民藝運動」をリードしたことで知られる柳宗悦です。柳は名もなき職人が作り民衆がその日々の暮らしのなかで用いている器や家具、織物の美といった民衆的工芸、すなわち「民藝」に注目します。柳は代表的著作である『工藝文化』において生活に結びついた民藝の美を「無事の美」と表現しています。これは禅に由来する表現であり、例えば『臨済録』において「無事はこれ貴人、ただし造作することなかれ」という表現があるように、無事の境地にすむ人こそ尊いのであり、強いて事を作為するようなことをしてはならないという意味です。つまり「無事の美」とは日々の生活のなかに垣間見える自然な美を指すものです。
 
もちろん柳も天才の創り出す偉大な美を否定しようとしたわけではありません。しかしこうした偉大な美に至るには大抵は凡人が決して歩むことのできない険阻な道を経なければならず、そうであれば、こうした稀有の天才だけが歩める険阻な道はむしろ「傍系の道」であり、ある程度修行さえ積めば天才でなくとも生み出すことができる民藝の美の方が「美の大道」ではないかと主張しました。
このような柳の美術観に基づき展開されたのがいわゆる「民藝運動」です。1941年に発表した『民芸とは何か』において柳は蒔絵や螺鈿細工のような高貴な美の特徴である複雑で繊細な技巧、あるいは顧客の注意を引こうとする作者の意図や作為性と対比して、民芸の美の特徴として「無駄をはぶいた簡素、作為に傷つかない自然さ」を挙げており、前者の特徴が「有想」だとすれば後者の特徴は「無想」にあるとも述べています。
 
蒔絵や螺鈿細工のような「上手物」を作る人はそこに自分の意図を、あるいは独創性を込めようとします。これが「有想」です。これに対して民芸のような「下手物」を作る人はそういう意図は持たず、一般の人々の生活にいちばん役立つようなものを作ろうとします。これを柳は「無想」という言葉で表現しました。そこでは複雑さや奇抜さよりも単純性が、華やかさよりも質素さが、繊細さよりも堅牢さが旨とされています。
 
こうしたことから柳が1926年に河井寛次郎らとの連名で発表した「日本民藝美術館設立趣意書」を嚆矢として展開された民藝運動とは、そのような単純で質素で堅牢な日々使われる民芸品ないし工芸品のなかに美があるという認識を広めようとする運動であるといえます。同設立趣意書の表現で言えば「美が自然から発する時、美が民衆に交わる時、そうしてそれが日常の友となる時」を実現する運動であったということです。では、こうした柳が展開した思想と民藝運動は現代においていかなる意義を見出すことができるのでしょうか。
 

* プラットフォームから「庭」へ

 
批評家の宇野常寛氏は近著『庭の話』(2024)において今日の情報環境は社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こす「相互評価のゲーム(発信と承認の快楽が前面化したゲーム)」に支配されているとして、ソーシャルメディアに代表される「プラットフォームの時代」を内破するための方法を「庭」という比喩を用いて論じています。

 

庭の話

庭の話

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プラットフォームには人間間のコミュニケーションしか存在しません。しかし「庭」は異なります。「庭」は人間外の事物であふれる場所です。草木が茂り、花が咲き、そしてその間を虫たちが飛び交います。「庭」にはさまざまな事物が存在し、その事物同士のコミュニケーションが生態系を形成しています。しかし同時に「庭」とはあくまで人間の手によって切り出された場です。完全な人工物であるプラットフォームに対して「庭」という自然の一部を人間が囲い込み、そして手を加えた場は人工物と自然物の中間にあります。
 
だからこそ人間は生態系に介入し、ある程度まではコントロールできます。しかし完全にコントロールすることはできません。「庭」とはその意味で不完全な場所です。しかし、だからこそプラットフォームを内破する可能性を秘めています。つまり問題そのもの、事物そのものへのコミュニケーションを取り戻すためにはいまプラットフォームを「庭」に変えていくことが必要であると同書はいいます。そこで同書はまず現代を代表する庭師であるジル・クレマンの「動いている庭」やエマ・マリスの「多自然ガーデニング」といった仕事を参照し「庭」の条件をひとまず次のように示します。
 
第一に「庭」とは人間外の事物とのコミュニケーションを取る場所でなければならないということです。今日において人間は事物そのものに触れることよりも事物を用いた「相互評価のゲーム」に引き寄せられています。その方が速く簡単に承認を手に入れることができるからです。それゆえに人間がこうした「相互評価のゲーム」とは無関係に事物にアプローチするためには、まずその場がこのゲームとは無関係に人間がそれらと遭遇できる環境が必要となります。
 
第二に「庭」とは事物同士がコミュニケーションを取り、豊かな生態系を構築している場所でなければならないということです。世界にいかに多様な事物が溢れていようとも「相互評価のゲーム」においてハッシュタグという画一的なフィルターを通して触れる事物は決して多様なものになりません。この罠を回避するにはコミュニケーション可能な人間外の事物が人間の介入=タグ付けではなく独自のアルゴリズムを用いて生態系を形成し、常に動的であることが必要になります。
 
第三に「庭」とは人間がその生態系に関与できるけれども、完全に支配することはできない場所である必要があるということです。「相互評価のゲーム」の舞台となるプラットフォームの実態はユーザーが速く、簡単にかかわれる領域(プラットフォームにおける投稿)と、逆にほぼかかわることができず、全く支配の及ばない領域(プラットフォームそのものの設計)に二分されています。そしてこのプラットフォームの二層構造はある領域についての全能感とある領域についての無力感を人々にもたらし、それゆえに人々は自分達が全能感を持ってかかわることのできる領域で展開される相互評価のゲームに強くコミットしてしまうことになります。それゆえに「庭」はプラットフォームのような両極端な二層構造を持たない、一方で自分が世界の一部であることを実感できる場所であると同時に、他方でその結果をコントロールすることができない場所であることが必要となるということです。
 

* 手仕事とコレクティフ

 
そして同書はこうした「作庭」にもっとも近い実空間における実験的な試みとして東京都小金井市にある就労継続支援B型事業所「ムジナの庭」の取り組みを紹介しています。利用者のケアにも注力しているという同施設の特徴は庭の植物の世話や小物の製作といった同施設が「手仕事」と呼ぶ人間外の事物とのコミュニケーションを重視している点にあります。
 
「ムジナの庭」では日によって訪れる利用者の顔ぶれは入れ替わり、そこで行われる「作業」もあえて決められておらず、あらかじめ枠組みを可能な限り設定しないことが何よりも重視されているそうです。結果、そこにはある種の「わかりづらさ」が発生します。しかしこの「わかりづらさ」を引き受けることこそが重要だと鞍田氏は述べています。そしてそのような「わかりづらさ」によって確保される、ばらばらのまま人々がつながっている状態を氏は「コレクティフ」という言葉で説明しています。
 
精神分析家フェリックス・ガタリによる「制度論的精神療法」の実践で知られるラボルド病院を開設した精神科医ジャン・ウリはラボルドにおける実践のコンセプトを「コレクティフ」という概念から説明しました。この「コレクティフ」という概念はもともと実存主義を代表する思想家ジャン=ポール・サルトルが『弁証法的理性批判』(1960)で用いたものです。
 
例えば停留所でバスを待っている人々がいるとして、これはひとつの集団として考えることができますが、サルトルによれば彼らは決して革命の主体となることはありません。サルトルは単に群れているだけの集団ではなく、特定の目的を共有する組織化された集団こそが社会を牽引すると考え、前者の不十分な集団を「コレクティフ collectif」と呼び、後者の望ましい集団である「グループ groupe」から区別しています。
 
しかしウリはサルトルがその必要性を訴えた目的の共有と組織化というそれこそが人間を疏外しているとして、むしろ望ましい集団とは「グループ」ではなく「コレクティフ」であるべきだと考えました。こうしたことからウリの提唱する「コレクティフ」とは「構成員である個々人が、自分の独自性を保ちながら、しかも全体の動きに無理に従わされていることがない状態」のことを指しています。
 
こうしたことからウリは病院における人間間のコミュニケーションを「コレクティフ」な状態に保つための制度設計を重視しました。これに対して「ムジナの庭」はこうしたウリのアプローチをベースにその力点を建物や庭など、人間外の事物とのコミュニケーションに移行したところにその特徴があります。
 
鞍田氏は同施設の運営指針を「コンパニオンプランツ」という園芸用語で説明しています。「コンパニオンプランツ」とは例えば家庭菜園においてトマトの側にネギを植えて害虫を遠ざけようとするように、近くに2種類以上の植物を栽培することで結果的に良い影響を与え合うことを指しています。そして「ムジナの庭」においては施設の庭に生息する植物を生かした多岐にわたる「手仕事」がこの作物たちにあたります。
 
この点、氏は「ムジナの庭」をひとつの「生態系」として捉えているといいます。こうした施設ではある利用者がいなくなったり逆に新しい利用者が加わったりすると、全体の雰囲気やそれを生み出す利用者たちの関係性が一気に変わります。だからこそ氏は「手仕事」という人間外の事物とのコミュニケーションを重視します。
 
ここで重要となるのが「人間が一度人間外の事物を経由することで、他の人間に触れることだ」と宇野氏はいいます。すなわち、人間外の事物とのコミュニケーションの結果として「たまたま」人間間のコミュニケーションが発生するという機序によりはじめて人々がばらばらなままでたまたまつながるという「コレクティフ」が確保されるということです。
 

* 事物におけるインティマシー

 
このように「ムジナの庭」は「手仕事」という事物とのコミュニケーションにより、人々を「コレクティフ」な状態へと留めおこうとします。では、このような「コレクティフ」な状態を生む事物の条件とは何なのでしょうか。
 
この点、鞍田氏の配偶者であり民藝運動の研究者としても知られている哲学者の鞍田崇氏は「官製の「美術」という制度に対するカウンターカルチャー」としての民藝運動は「運動それ自体の役割はすでに終わったものなのではないか」という宇野氏の質問に答えて、その認識をなかば認めながら、しかし民藝のもつ精神性は現代にこそ必要とされているのではないかとした上で、現代における民藝「的」な事物として機能するものは--まさに「ムジナの庭」のような--ケアの現場に存在できると述べています。
 
鞍田(崇)氏は100年前の柳宗悦らによる民藝運動を「生の哲学」の潮流の一つとして位置付けています。ここでいう「生の哲学」とは19世紀から20世紀初頭にみられた近代批判の潮流で、合理化や工業化が人間の物質的な生活を豊かにする反面、その精神生活を貧しくしたと考え、その失われたものを取り戻そうとする哲学の動向とされます。こうした「生の哲学」を代表する思想家としてドイツにおけるアルトゥル・ショーペンハウアー、フリードリヒ・ニーチェ、フランスのアンリ・ベルクソンやアメリカのウィリアム・ジェイムズなどが挙げられますが、氏はニーチェと同時代のウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動を、そしてその影響下にある柳らの民藝運動を、このような潮流の一端として位置付けます。
 
そのため氏は柳の提唱する「用の美」を職人たちの手仕事のなかで育まれた独自の外見の美としてでもなければ、それが用いられることによってはじめて発揮されるある種の機能美としてでもなく、近代化によって失われた「生の実感」をもたらすものとして位置付け、それを「インティマシー(いとおしさ)」という言葉で表現します。
 
こうした民藝の持つ「インティマシー」を氏は例えば柳の盟友である河井寛次郎が戦時中の京都の植田集落を訪れた際のエッセイに発見し、河井がそこで発見した家屋を「眞當の」「喜んで生命を託するに足る」「永遠な」住居だと評し「どれもこれも土地の上に建つたといういふよりは、土地の中から生え上がつた」ようだと感じていることに注目し、ここに柳や河井が展開した民藝運動の精神の本質を見ています。
 
こうした氏の洞察を受けて、宇野氏はここで問われているのは事物を通じて人間と世界とのつながりが実感できることであるといいます。職人の手仕事によって作られた民藝は、それが工業製品ではない手仕事であり、にもかかわらずそれを作り上げた職人が名もなき存在であるからこそ、使用者はそれを自分の手足の延長だと感じることができます。そして、それを用いることで人々がその道具たちに「インティマシー」を感じた時、その事物を通じて世界にかかわり合っている「生の実感」がもたらされることになるということです。
 

* 民藝運動から創造社会へ

 
では翻って「ムジナの庭」における「手仕事」のように事物を「用いる」のではなく「つくる」時、人間と世界はどのように結びつくのでしょうか。ここで同書は井庭崇氏のパターン・ランゲージ論を援用した議論を展開します。パターン・ランゲージとはクリストファー・アレグザンダーによる建築と都市計画の理論で、単語を組み合わせて文章ができるように「座れる階段」「手近な緑」「つながった遊び場」「泳げる水」などといったいくつかの「パターン」を組み合わせて建築物や都市を作り上げていく手法をいいます。
 
まず井庭氏は今日の社会を情報社会から創造社会への転換点にあると考えます。ここでいう創造社会とは事物を「制作」する、つまり「つくる」ことによる自己実現が支配的になる社会のことを指しています。このような「つくる」対象には物理的な「モノ」だけではなく、イベントやシステムなど「コト」の領域も含まれます。そして氏はこうした事物を「つくる」ことで人間と世界とが接続される未来を構想します。
 
氏はここで民藝とアレグザンダーのパターン・ランゲージを接続します。柳とアレグザンダーはともに近代の工業社会で大量生産される物品に人間疎外を見て、ともに「民衆がつくるものにこそ美しさが宿る」と考えました。そして氏は柳のいう「無心の美」という概念に注目します。ここでいう「無心」とは意図や作為のない状態をいいます。伝統の中で無名の職人たちによって作られた物品は近代的な自我のもたらす意図や作為とは無縁のため自然の持つ美の延長に存在するともいえるでしょう。そこで氏はこうした柳のいう「無心の美」とアレグザンダーのいう「無名の質」を重ね合わせ、こうした「無心の美=無名の質」は、柳のいう「用の美」の中に鞍田氏が見出した「インティマシー」によって支えられているといいます。
 
柳が100年前に展開した民藝運動は名もなき職人たちの作る物品の「用の美」の再評価を訴えるものでした。そして、アレグザンダーのパターン・ランゲージはこうした民藝運動の精神を継承するものであるいえます。つまりパターン・ランゲージという知恵をオープンなコミュニティでシェアすることで、人はそれぞれの「パターン」に織り込まれた歴史的な知見を活かしながら「無心の美=無名の質」を損なうことなく「インティマシー」を発揮する事物を「つくる」ことが可能となります。これが井庭氏のいう創造社会のビジョンです。こうした井庭氏の提示するビジョンを受け、ここから同書はプラットフォームにおける「相互評価のゲーム」を内破するための鍵を事物を「つくる」という「制作」に見出していきます。
 
民藝運動から創造社会へ。この両者は時空を超えてインティマシーという回路を通じた生の実感でつながっているといえます。このように柳がかつて展開した思想と民藝運動、さらにはその背景をなす生の哲学という潮流はプラットフォーム時代における情報社会論という文脈から読み解くことができます。そうであれば、さらにはそこから近代美学のパラダイムを更新するような、いわばインティマシーの美学を立ち上げることもできるのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ハンナ・アーレントと人間の条件

* 全体主義の起源から人間の条件へ

 
今年生誕120周年を迎えたハンナ・アーレントは1906年、ドイツのハノーバーでユダヤ系の中産階級の家庭に生まれ、マールブルク大学でマルティン・ハイデガー、ハイデルベルク大学でカール・ヤスパースという錚々たる面々に師事して哲学を学び、博士論文『アウグスティヌスにおける愛の観念』を執筆したのち、19世紀初頭のベルリンでロマン派の文人などを集めたサロンを主宰したユダヤ人女性ラーエル・ファルンハーゲンの評伝を書いています。
 
1933年に政権を掌握したナチスの迫害を怖れたアーレントは母親とともに出国し、プラハからジュネーブを経てパリへ逃亡し、中東パレスチナにユダヤ人の故国を建設しようとするシオニズムの運動に協力します。ユダヤ人としての自己の存在の意味について本格的に考え始めたのもこの頃からだといわれます。
 
第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍がパリに迫りくる1940年5月、フランス政府は亡命したユダヤ人を敵国人とみなし、アーレントもピレネー山脈近くのギュルス収容所に移されますが、同年6月にフランスが降伏するとドイツ軍のパリ占領の混乱を機に収容所を脱出し、スペイン国境を越えてアメリカ合衆国に渡航します。
 
1941年5月にニューヨークに着いてから1951年にアメリカ国籍を取得するまでの間、アーレントは亡命ユダヤ人として執筆活動を始め、ユダヤ系の新聞『アウフバウ』や『パルチザン・レビュー』などの雑誌に投稿する一方で、バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビアなどの大学で教鞭を執っています。その一連の活動と思索の成果が1951年に公刊された第一の主著『全体主義の起源』です。
 
同書においてはナチス・ドイツの支配下に入ったドイツの国民がごく普通の人々から知識人に至るまで一夜にしてそれまでの道徳心を喪失してナチスに協力するようになったのはどうしてなのかという問いが歴史的側面、政治的側面、心理学的側面から検討されることになります。
 
まず第一の歴史的側面についてアーレントはドイツにおける「種族的なナショナリズム」を指摘します。近代という時代は革命による国民国家の成立とともに始まりましたが、この国民国家とは「国民 nation」と「国家 state」という二つの異質な概念をまとめたものです。ここでいう「国民 nation」とは共通の歴史や伝統や紐帯を持つ民族や文化に結びつく歴史的な概念であり、これに対して「国家 state」とは特定の領土を持つ国家が、そこに住むすべての住民を支配する権力機構を備えていることを示す政治的な概念です。
 
それゆえにドイツのように民族の存在空間が国民国家の領土と一致しない国家では「国民 nation」という概念と「国家 state」という概念が矛盾を引き起こし、こうした国においてナショナリズムは国家的な統合の役割を果たすのではなく、いわばネーションがステートを食い破り「血の絆」のような自然的幻想に依拠して自らの民族の統一を願う民族的なナショナリズムが成立することになります。アーレントはこうしたナショナリズムを「種族的なナショナリズム」と呼びます。この種族的なナショナリズムはその民族の「血の絆」を重視する理論のため必然的に人種差別を生み出してしまいます。ドイツにおいてそのターゲットとされたのがユダヤ人であったということです。
 
そもそもキリスト教文化圏であるヨーロッパでは伝統的に身近に暮らすディアスポラであるユダヤ人に対する偏見や差別感が生まれることが多く、ヒトラーはこの傾向を最大限に利用しました。ヒトラーによる反ユダヤ主義の戦略によってドイツ社会では既存の組織をナチス的な組織に改変する均制化が進み、その過程で多数のユダヤ人が公職を追われることになります。そして、このようなナチスの均制化とユダヤ人の公職追放はドイツの一般市民に恩恵を与えると同時に屈辱感と罪責感を強めるようになり、この逆説的な経路を通じてナチスは人々の忠誠心を調達することになります。
 
次に第二の政治的側面についてアーレントはネーションがステーツを食い破り「種族的なナショナリズム」が猛威を振るう「国民国家の悲劇」を象徴的に示す少数民族と無国籍者の問題を取り上げています。少数民族は自らの言語と文化を抑圧され、独立を訴えると多数民族が主権を握る国家から弾圧され、無国籍者は法律が国民にしか適用されないことが原則である国民国家では完全な無権利状態になります。
 
こうした少数民族と無国籍者が置かれる境遇をナチスはユダヤ人を絶滅させるために巧みに利用します。すなわち、まず最初に国内のユダヤ人をドイツにおける非公認の少数民族の地位に追い込み、次に無国籍者にして国境から追放します。困窮状態で国外に追放されたユダヤ人は受け入れ先の近隣諸国でも厄介者として扱われ、これらの国でも反ユダヤ主義が蔓延しユダヤ人の扱い方についてドイツを非難できなくなります。
 
やがて国境から追放されたユダヤ人は回り回ってドイツに送還されてくることになります。そしてナチスが最後に行ったのは送り返されてきたユダヤ人を自由に「処分」してしまうことに異議があるかを他の諸国に公然と尋ねることでした。こうして「彼らが全人間世界における〈余計者〉あるいは居場所がない者であることが実証されたとき、初めて絶滅が開始された」とアーレントはいいます。
 
そして、このようなユダヤ人の運命がドイツ国民の道徳性を揺るがせる上で大きな影響を与えたのは明らかです。まず第一に国民は自分がドイツという国家に所属していることを喜ばざるを得ず、人権が国家の力によってのみ保障されることを実感し、その結果、国家の唱える道徳規範が自分達がこれまで抱いていた道徳規範と異なるものであっても、国家の道徳規範に服従することになります。
 
そして第三の心理学的側面についてアーレントは大衆社会における「孤立」という心理状態をあげています。ここでいう「大衆」の特徴として、その人数が多いこと、政治的に無関心であること、政治的集団を組織しないことが挙げられます。そしてこのような「根無し草」としての大衆は他の人々と公的な空間において連帯することができないため、全体主義のような回路を通じてその力が吸い上げられることになります。
 
この点、アーレントは人間が他者との結びつきが断たれて単独な「1人」になる状態を「孤独」「孤絶」「孤立」という三つの概念によって区別しています。ここでいう「孤独」とは他者との関係を断って自己と向き合っている状態をいい「孤絶」とは何か専念し自他を忘却している状態をいい「孤立」とは他者から見捨てられた状態をいいます。こうした区別を前提に全体主義体制とは人々を「孤立」の状態に陥れることを目指すものであるとアーレントはいいます。そして、ここで利用されるものが人々に恐怖を植え付ける「テロル」と人々から思考と判断の能力を奪う「イデオロギー」です。
 
もともと孤立しやすい大衆社会のうちに生きていた人々は「テロル」によって絶対的に孤立し、さらに擬似科学的な「イデオロギー」によって自分で考える力を奪われ、全体主義的な体制を擁護し、その命令に従って犯罪を犯すようになります。このように全体主義におけるテロルとイデオロギーとは「組織された孤立」の状態を作り出し「一切の人間的関係を荒廃させる原理」であり、それゆえにナチスの体制のもとでテロルとイデオロギーの力に支配された一般市民は、こうしたプロセスを経て道徳心を喪失していくことになったということです。
 
このように全体主義は人々の共有する「世界」を破壊し、そのうちに生きる人間を「孤立」させ、他者と隔絶させることによってその支配を実現することになります。そして、こうした人々の「孤立」の問題を考察したのが1958年に公刊された第二の主著『人間の条件』です。同書を貫くのは全体主義を支え、人々を全体主義に支配させたこの「孤立」がどのように発生したかという問いであったといえます。
 

* 労働・制作・活動

同書においてアーレントは人々がおこなうさまざまな営為を「労働 labor」「制作 work」「活動 action」という三つの大きなカテゴリーに分類し、これらを総称して「活動性 activity」と呼んでいます。
 
ここでいう「労働」(とその産物である「消費」)とは人間が自分の生命を維持するためのもっとも基本的な活動性です。次に「制作」とは人間が個人の生存を超えた永続的な「世界」を創り出すための活動性です。そして「活動」とは人間が言論によって他者に働きかけ、この「世界」をよりよいものとしていくための活動性です。
 
一般に「活動」という活動性は公的な場で展開されるため、多くの場合、政治的なものであると見做されます。しかしアーレントが「活動」という概念で考えている活動性はふつうに公的な場で展開される政治的な活動よりもはるかに広い意味を持っています。すなわち。この「活動」によって生み出される「世界」とは政治的な活動が展開される公的な場よりも広いものとなります。
 
他者との間である場が開かれるとき、そこには「現れの空間」とアーレントが呼ぶ空間が生み出されます。この空間は、たんに政治的な活動の場というよりも、我々が一つの明確なアイデンティティをもって登場する場です。こうした「現れの空間」における活動により「人間が物理的な対象としてではなく、人間として相互に現れる」のであるとアーレントはいいます。
 
このようにアーレントは人間の活動性を「労働」「制作」「活動」に分類して考えましたが、こうした活動性の違いをもっともわかりやすい形で示しているのが古代ギリシアのポリスです。古代ギリシアのポリス、特にアテナイでは公的な活動に参加できる「自由民」は両親がアテナイ市民である家族から生まれた成人男子の市民だけに限られており、こうしたことから古代ギリシアにおける「自由」の概念は現代と異なり身分と密接に結びついていました。
 
このアテナイの市民はそれぞれに家庭を持ち、その家庭の主人として、妻、未成年の男女の子供たち、召使、奴隷たちを支配していました。この家庭の役割は主人とその家族の人々が生活し、生命を維持することにあり、こうした市民の家庭の内部では「自由」という概念は適用されず、家族もその他の成員も、主人である男性に服従することが求められました。この家庭という領域は労働と消費の営みが行われる私的な領域であり、この領域では言葉による説得ではなく、暴力と命令が行使されることになります。
 
これに対してポリスとは自由で平等な市民たちが暴力や命令ではなく言論により、互いに他者を説得することを目的とした政治的な空間です。アリストテレスは人間を「ポリス的な動物」と定義しました。すなわち彼は、人間はこのようなポリスの空間において政治的な活動に関わることで家庭において支配する専制的な家長の顔とは別の顔をそなえた自由で平等な「人間」になると考えました。
 
このように「労働」は家庭という閉じられた私的な領域で行われるものであり、これに対して「活動」は自由で平等な市民が他者を暴力や力で支配するのではなく言葉によって説得する公的な領域で行われるものであったといえます。こうしたなかで職人や奴隷が従事する「制作」は家庭という私的な領域とポリスという公的な領域の狭間にあって独立した領域をほとんど形成することがありませんでした。
 

*「社会」の登場とその帰結

 
このように古代ギリシアのポリスでは自己と家族の生存のための私的な領域とポリスにかかわる市民の公的な領域が明確に区分され、対立していました。しかし近代の到来とともにこの二つに明確に区別された領域の間に「社会 social」という領域が広がり始めます。この近代的な「社会」の基本的な特徴はそれまでの封建制の社会と異なり、人々が顔のない無名の群衆として登場するということにあります。
 
前近代的な社会では人々は共同体のうちにその身分と役割と位置を固定されていました。しかし農村の伝統的な共同体が崩壊するとともに、多数の無名の人々が都市に集まるようになります。この無名の群衆で作り出される都市が市民社会の土台となりますが、これらの人々は都市の「市民」というよりも「住民」としか呼びようのない一群の人々でした。こうした「根無し草」となった人々が労働者として資本主義社会を支え、その産物を消費することにことになります。アーレントはこのような顔のない群衆の作り出す「社会」の特徴は「画一主義」にあると考えます。
 
そして現代ではこうした「社会」の領域は拡大の一途を辿り、古代ギリシアのポリスにおいて市民の主な「活動」の場であった公的な領域はもっぱら政治という狭い領域に追い込まれることになります。もっともアーレントのいう「現れの空間」は時代を問わず常に存在しうるのであり、現代においてもさまざまな局面で我々の前にこうした公的な領域が生まれることがあります。こうした観点からいえば1930年代のドイツで失われたのはまさにこのような公的な領域であったということです。
 

* 公共性の二つの定義

 
以上のようにアーレントは人々がおこなうさまざまな営為を「労働」「制作」「活動」という三つの大きなカテゴリーに分類した上で、これらの中で「活動」を重視した、と一般的には理解されています。そして、その背景には古代ギリシアのポリスを範例とする私的な領域と公的な領域の二項対立があります。ところが今日においてこうしたアーレントが提示した(とされる)「活動」の優位という序列は揺らぎをみせています。
 
例えば東浩紀氏は『訂正可能性の哲学』(2023)において「制作」の観点からアーレントが『人間の条件』で提示した「公共性」に関する議論を読み直しています。この点、アーレントは「公共性」に位相を微妙に異にする二つの定義を与えています。そのひとつが「公に現れるすべてのものが、あらゆるひとによって見られ、聞かれ、可能なかぎり広く公示されることを意味する」という定義です。ここから「公共性」とは、あらゆる人に開かれた「開放性」のことであるという考え方が導かれることになり、この考え方は「現われの空間」をひらく「活動」の優位とまっすぐに結びつきます。

 

訂正可能性の哲学

訂正可能性の哲学

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しかし東氏はアーレントの示す「公共性」におけるもうひとつの「わたしたちすべてにとって共通なものとしての世界」のことであるという定義に注目します。ここでいう「世界」とは単なる自然環境ではなく「人間の工作物、人間の手による制作物、あるいは人間がつくりあげた世界のなかにともに住まう人々のあいだで生じるできごと」の総体、すなわち人間が作る社会環境のことです。そして「工作物」には道具や彫刻のように物理的なものもあれば、法や文学のように抽象的なものもあります。いずれにせよそれらは個人が死んだあとも共通のものとして残ります。こうしたことから、こちらの「公共性」の定義は空間的な「開放性」というよりも時間的な「持続性」に結びついています。
 
ではこの二つの公共性の定義はどうつながっているのでしょうか。この点『人間の条件』においてアーレントは人が多数いるという「複数性」をしばしば強調しています。「この(人間の)複数性こそが、すべての政治的な生の条件であり、その必要条件であるばかりか最大の条件でもある」と彼女は記しています。
 
人間が複数いること。この単純な事実こそがアーレントの政治思想をもっとも深いところで支えていると氏はいいます。ひとは私的な領域では隠れており公的な領域において初めて「現れ」ます。彼女によればそれこそが人間が人間らしく生きるための根幹であるいうことですが、実際問題、人は一人きりでは「現れる」ことはできません。すなわち、ここでいう「現れ」とは必ず誰か、他者がいる空間の中に現れるということです。
 
それゆえ「現れの空間」が機能するためにはまず現実に多数の多様な人々を、他者として受け入れる「共通の世界」が用意されなければならないということになります。こうしてみるとアーレントのなかで公共性における「開放性」と「持続性」は人間の「複数性」を蝶番とした理路でつながっているといえます。
 

* 公共性と活動性の関係

 
ではこうしたアーレントの公共性論はアーレントのいう活動性とどうつながるのでしょうか。先述のようにアーレントは人間的な営為を「労働」「制作」「活動」の三つに分け、そのなかでもっとも重要でもっとも人間的なものは「活動」だと主張しました。人は労働でも制作でもなく、活動を通じてのみ公共に接続しうる一人の人格として「現れる」ことができるということです。平たくいえば人は見知らぬ他者とともに共通の社会課題について語り合ったり政治運動に参加したりすることではじめて充実した生を送ることができるというのがアーレントの主張です。
 
このようなアーレントの主張する活動の優位は彼女の想定する公共観と密接に関わっています。アーレントは一方で活動だけが公共性を構成できると主張しています。ここでの公共性とは彼女のいう「現れの空間」としてのそれです。彼女は「このように活動は、わたしたちすべてに共通である世界の公的な部分にもっとも密接な関係をもっているだけでなく、そのような部分を構成する唯一の営為である」と言い切っています(この「公的な部分」はすぐ後のくだりで「現れの空間」と言い換えられています)。なぜならば活動だけが「自分がだれであるかを示し、それぞれ唯一の人格的なアイデンティティを積極的に明らかにする」営為だからです。
 
とはいえアーレントの公共性論は以上で尽きるものではありません。同書では公共性に持続性による定義が与えられています。そしてアーレントはそちらでは今度は公共性は「活動」だけでは構成できないと主張しているようにも読めます。人が人格として触れ合う「現れの空間」が開かれたとしても、それを共通の世界として持続させるためにはどうしても「制作」の助けが必要となるからです。
 
アーレント自身も「活動し言論する人々は、〈工作人〉の最高の能力における助けを必要としている。つまり、芸術家、詩人、歴史編纂者、記念碑建設者、作家の助けを必要としている。なぜならば、その助力なしには、彼らの営為の生産物、すなわち彼らが演じ語る物語は、けっして生き残ることができないからである」と述べています。すなわち、本当の公共性は活動と制作が組み合わされなければ実現しないということです。
 
アーレントは公共性を開放性と持続性によって定義しました。開放性としての公共性は活動によって可能になり、持続性としての公共性は制作によって可能になります。だとすれば公共性の質は活動と開放性だけでなく制作と持続性の観点からも判断されることになります。そして活動の成果は制作によって「実は」の論理から訂正されることになります。アーレントのいう公共性とは訂正可能性に支えられた持続的な共同体として読み直されうると東氏はいいます。
 

* プラットフォーム空間と行為の制作化

 
また宇野常寛氏は『庭の話』(2024)においてアーレントの示した人間の条件を現代の情報環境に相応しい形でアップデートすることを提案しています。まず同書はアーレントが「労働」「制作」「行為」のうち「行為」を重視した理由として行為の予測不可能性を挙げています(註:ここでいう「行為」はこれまで使ってきた言葉でいえば「活動」にあたります)。すなわち、人間が他者と交流して共同の世界を形成する「行為」とは、アーレントにとってその結果が予測可能な「労働」や「制作」と異なり、人間を予測不可能な世界に連れ出し、新しいものと出会わせ、世界を変化させる創造的な回路なのであり、そしてこの予測不可能性のもたらす創造性こそが人間の自由の核心となるのであるということです。

 

庭の話

庭の話

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このようにアーレントにとって公共の空間が人間の「行為」の場であり、個人が自己を表現し、他者と関係を築くことができる場所だと考えました。人々が互いに「行為」し、応答する過程で、個人は自己を他者に示し、共同の世界を構築することこそがアーレントにとって価値ある活動であったということです。
 
しかし同書は2020年代のソーシャルメディアが発信の欲求と承認の快楽が前面化した「相互評価のゲーム」に陥っているという観点から今日の世界を見渡したとき、アーレントの考える「行為」のための公共空間の成立は難しいといいます。すなわち「今日のプラットフォーム下の言論空間において、人びとは「行為」による自由と自己表現、そして世界への関与の快楽を貪ることでむしろを「個」を失っている」「人びとは今やインスタントな「行為」の快楽の中毒となり、タイムラインの潮目を読み、負けた側や批判しやすい状況にある他の誰かに石を投げることに、あるいは耳障りの良い美辞麗句を、それを再拡散することで自分を飾りたいという欲望する人々に向けて発信することに夢中になっている。そこには、予測不可能性もなければ、他者もない」ということです。
 
そして同書はもしアーレントが存命であれば、こうした現状を「行為の制作化」であると嘆いたかもしれないといいます。アーレントはプラトン以降の政治哲学には「行為」からの逃走の欲望が秘められていたと指摘していますが、それは具体的には、法や制度を設計すること、つまり「制作」への欲望です。プラトンが夢想した哲人王による支配は、その王による完璧な法や制度の「制作」を意味していました。こうしたプラトン以降の政治哲学における「制作」への欲望が「今日の電子公共圏の議論に始まる、設計主義的なインターネットの民主主義活用の議論に通じるものであることは一目瞭然」であるが「皮肉にも今日の世界を覆っているのはむしろ「行為」の肥大化による民主主義の麻痺にほかならない」と同書はいいます。
 

* 制作の行為化と永遠のβ版

 
そこで本書は「制作の行為化」を提案します。その例としてオープンソース文化における「永遠のβ版」という概念を取り上げます。これは製品やソフトウェアが絶えず進化し続け、決して「完成」しない状態を指しています。このアプローチはオープンソースに限らず、ソフトウェア開発プロジェクト全般に見られるものですが、この考えは明らかにアーレントが想定した理念系としての「制作」から逸脱するものであるといえます。
 
アーレントによれば制作活動は製品や作品の「完成」というあらかじめ定められた目的に向かって進むものであり、そのプロセスは目的によって制約されることになります。しかし「永遠のβ版」的アプローチは、製品やプロジェクトに「完成」という終点が存在せず、開発は開かれたプロセスとなります。人々はここで事物を「制作」することを通じて結果的に他者と対話することになります。この時、人間は「行為」による快楽の中毒が大きく相対化されていると同書はいいます。
 
こうしたことから本書は現状では主にクリエイティヴ・クラス(同書のいうAnywhereな人びと)のみが享受している「制作の行為化」を幅広い層へ、とりわけ社会的・経済的に不遇をかこつ層(同書のいうSomewhereな人びと)へと拡大させるための条件として、一方で日々の「労働」の中に「制作」の快楽を見つけうる回路の再構築が挙げられ、他方では「行為」による(つまり政治的活動による)労働環境の改善と情報技術の支援による「労働」の延長における「行為」の発生が挙げられます。すなわちここでアーレントのいう「労働」「制作」「行為」からなる人間の条件は「制作」を軸として現代の情報環境を前提としたものに総合的にアップデートされることになります。
 

* 活動と思考

 
その一方でアーレントの打ち出した「活動」の意義を再評価する立場も当然あります。例えば『人間の条件』の新訳を昨年7月に上梓した千葉眞氏は「『人間の条件』再読」(現代思想2026年2月臨時増刊号)において民主主義の危機という今日的状況を考慮すると「やはり本書でアーレントが力説している言論と活動との密接不可分な結びつきの議論に注目したい」と述べます。
言論と活動は人びとが人間として他者の前に現れる様式であり、その行為者のアイデンティティだけでなく、何らかの人間的意味を開示するという特質を有しています。アーレントはこのような言論と活動による自己開示を「第二の出生」と表現していますが、これこそが人びとの自由の政治とでも呼ぶこともできるアーレントの政治の見方の根底にあるものであると氏は述べます。
 
この点、氏はアーレントの二つの主著『全体主義の起源』と『人間の条件』の関係は「彼女にとっては密接不可分なつながりがあったように思われる」と述べています。母国ドイツにおいて若き日にユダヤ人としてナチズムという全体主義の悪夢に直面した彼女の経験と思想から紡ぎ出されたのが『全体主義の起源』であれば、こうした全体主義の負の経験と歴史を反面教師とした、つまりまったく正反対の人びとの自由の政治理論を志向するものが『人間の条件』であるということです。
 
そして『人間の条件』においてアーレントはこうした活動と言論を再活性化するものとして「思考 thinking」という人間の内面の行為様式をあげ「思考」こそがすべての行為様式のなかで最も活動的であるとして「なにもしないときこそ最も活動的であり、独りだけでいるときこそ、最も独りでない」というカトーの言葉を引き同書を閉じています。全体主義の悪夢はまさしくこうした「思考」の欠如から引き起こされました。そうであれば現代における公共性やプラットフォームの病理を考える上でも「思考」という視座は欠かせないものであるといえるでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

〈ていねいな暮らし〉における二層構造--佐藤八寿子『〈ていねいな暮らし〉の系譜--花森安治とあこがれの社会史』

* 丁寧な暮らしではなくても

 
2020年1月に発売された『暮しの手帖』の表紙に大書された「丁寧な暮らしではなくても」というフレーズは当時、読者をはじめとして業界に少なからぬインパクトを与えたそうです。1948年に創刊された同誌は昭和の一時期には販売部数100万部ともいわれた人気雑誌で、令和の現在においてもなお多くのファンに支持されており、まさに「丁寧な暮らし」を体現する雑誌として見做されていたからです。同誌の新編集長に就任した北川史織氏は「『暮しの手帖』新編集長就任のお知らせ」において次のように記しています。
 
丁寧な暮らしではなくても
 
 リニューアル号の表紙にそう掲げたのには、ひとつの思いがありました。
 
「丁寧な暮らし」というフレーズがすっかり定着したいま、それは「ゆとりがあるからできること」と捉えられてしまい、自分らしい暮らしを送ることさえも、どこか遠いことと感じる人も多いのではないでしょうか。
 
私たち『暮しの手帖』が伝えるのは、たとえゆとりがなかったとしても、日々をよりよく、深く満足して暮らしていくための「まっとうな知恵」です。
 
誰かから「いいね!」がつくような、「丁寧な暮らし」を目指さなくてもいい。
 
不安の多いこの時代だからこそ、確かな情報を頼りにし、工夫をこらして楽しみながら、自分が本当に納得する暮らしを築いていきたい。
 
そう考えるすべての人に向けて、『暮しの手帖』はこれからもずっと、編集者自らが手と足を使って確かめたことをお伝えしていきます。
 
広告をとらず、実証主義を貫く小誌のこれからに、ぜひご注目ください。
 

 

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確かに当時、もはや「風潮」と呼ばざるを得ないほど〈ていねいな暮らし〉は流行していたといえます。今もなお、すでにピークは打ったとはいえ、そのトレンドは継続しつつ、ひとつの価値観としてさらに深く浸透しているようにも思われます。
 
しかしその一方で〈ていねいな暮らし〉へと注がれる目は温かいまなざしだけではなく、冷ややかな視線をも含むものでもあります。あこがれ、羨望、理想化と同時にそれらと表裏一体をなす、嫉妬、揶揄、批判などが現在もなお〈ていねいな暮らし〉に向けられています。
 
果たして〈ていねいな暮らし〉はどこからきて、どこへ向かうのでしょうか。こうした問いに『暮しの手帖』という雑誌と花森安治という人物から迫る一冊が本書『〈ていねいな暮らし〉の系譜--花森安治とあこがれの社会史』(2025)です。
 

*〈ていねいな暮らし〉とは何か

本書はまず第一章「〈ていねいな暮らし〉問題--花森安治のうしろ姿」で現代の〈ていねいな暮らし〉という言葉が何を意味していつ頃から人口に膾炙したのか、その実践者や否定派によってどのように語られているのかを確認していきます。
 
〈ていねい〉という形容動詞はもとも中国語の「丁宁」に由来するそうですが、中国語の「丁宁」が「心を込めて言い聞かせる」という具体的な動作を意味していたのに対して、日本語の〈ていねい〉は「細かいことろまで気を配ること」「注意深く入念にすること」「言動が礼儀正しく、配慮が行き届いていること」といったニュアンスが溶け合った抽象性の高い言葉で、実にさまざまな行為を包括する広範な概念として使われています。
 
〈ていねい〉がこれだけ曖昧な言葉なのだから当然ながら〈ていねいな暮らし〉を具体的に定義することも難しいでしょう。本書は現在入手できる関連書籍や雑誌およびWeb等から〈ていねいな暮らし〉の具体的なイメージとして次のようなものを抽出します。
 
まず「食」に関連するものとしては「ペットボトルのお茶ではなく、急須で茶葉から淹れて飲む」「コーヒーは、インスタントでなく、豆を選び自分で挽いて淹れる」「ダシ(出汁)は、前夜から昆布を水につけておく」「庭や窓際でハーブやミニトマトを育てて食卓にのせる」「味噌づくり、梅仕事、漬物、ジャムづくりなど、季節の仕事を楽しむ」といったものです。
 
続いて「衣」「住」、あるいは生活全般に関しては「古い衣装も使い捨てにせず、繕ったり、リメイクしたりして活用する」「手仕事を愛する」「大量生産品よりも手作りのものを愛する」「小さくても居心地の良いコーナーをつくって、自分のための時間をもつ」「花を飾る」「香をたく。アロマを愉しむ」「二四節気七十二候、地域行事、家族の記念日などを意識して楽しむ」とあります。
 
このように「暮らしの中の小さないとなみ一つひとつを、ひとてまひとてまかけることで、大切に、味わいつつ行う」という理解が〈ていねいな暮らし〉全般に共通しており、さらにはそれが物心両面の生活全般、ひいては人生をも豊かにするという前提も共有されているようです。
 

*〈ていねいな暮らし〉問題と『暮しの手帖』

 
その一方で〈ていねいな暮らし〉のブームはいわゆる「絵づら」によって拡散した側面もあります。2014年に日本語版がリリースされたInstagramは急速に普及し、翌年6月のユーザー数は810万人へと激増しました。2017年12月には「インスタ映え」がユーキャンの新語・流行語大賞を受賞し、この語から「ばえる」という動詞も派生しました。〈ていねいな暮らし〉の流行はこのインスタの急速な普及と機を一にしていたといえます。
 
このように〈ていねいな暮らし〉ブームの背景にはイメージを共有できる誰にでも参加可能なSNSの存在があったことは見逃せないでしょう。こうしたことからSNS上で流れてくる〈ていねいな暮らし〉の様子は憧れの対象やロールモデルとなると同時に容易に嫉妬や中傷の対象ともなり得ます。
 
そしておそらく〈ていねいな暮らし〉の否定派の少なからぬ数がかつては〈ていねいな暮らし〉に憧れながらも挫折した層であるとも推測されます。実際に〈ていねいな暮らし〉を実践するには時間や費用といったハードルがあり、さらにそのハードルはSNSの拡散するイメージにより年々高まっていっているといえます。
 
こうしたことから本書は「〈ていねいな暮らし〉問題」とは「いつの間にか〈ていねいな暮らし〉としてイメージされるものごとのハードルがぐんぐんと高く引き上げられ、理想、あこがれとして共同幻想化すると同時に、否定もされるという状況、つまり、言葉がひとり歩きをしてしまっていることだと言うことができるだろう」と述べます。
 
こうしてみると『暮しの手帖』による「丁寧な暮らしではなくとも」宣言の意味はより明確に立ち上がってきます。北川氏が同年7月のインタビューで述べているように、いまや〈ていねいな暮らし〉とは、本来の「暮らしを大切にして、一日一日を丁寧に送る」という意味から離れてしまい「『丁寧な暮らしってこういうスタイルだよね』というような、どこか表面的な意味合いを帯びてきた」ということです。それゆえに氏は「『暮しの手帖』が〈丁寧な暮らし〉を標榜する雑誌だと思われているという自覚」から「自分がそれを、この雑誌の看板にしていくのか?と考えた時、ちょっと違うなあ」と思ったと述べています。
 

* インテリに愛された『暮しの手帖』

 
続いて本書は第二章「『暮しの手帖』--彼のつくりだしたもの」で、いまみたような〈ていねいな暮らし〉の牙城と見做されながらも「丁寧な暮らしではなくても」という宣言を出した『暮しの手帖』という雑誌について考察していきます。
 
1957年、社会学者の加藤秀俊は同時代の「総合雑誌の不振」と『暮しの手帖』の「異常なまでの発展」を対置させ「総合雑誌の読者の少なからぬ部分が『暮しの手帖』に移った、と考えられるフシがないでもない」「私の友人知己の多くはインテリ中のインテリだが、この人たちのなかにさえ総合雑誌は大学の図書室や組合の文庫で読み、定期的に私宅で購読するのは「暮しの手帖」という型の人が少なくないからである」と述べています。
 
ここでいう「総合雑誌」とは『文藝春秋』や『中央公論』や『世界』といった論壇誌で、当時「インテリ」と呼ばれていた読者層向けの雑誌と見做されていたものです。そして、ここでいう「インテリ」とはインテリゲンチャの略語であり、知識階級、知識人、有識者を意味しています。現代ではちょっと想像し難いかもしれませんが、昭和のある時期までインテリは大衆層にとってのあこがれの対象でした。
 
もちろん当時も舞台俳優や映画スターや流行歌歌手も人々のあこがれの対象だったことは確かですが、彼ら彼女たちのようになるには持って生まれた器量や才能が必要であり、大衆からすれば所詮は雲の上の存在です。これに対して--もちろんタテマエ上ではあるにせよ--個人の努力次第で到達可能とされたのが「学歴」です。
 
「末は博士か大臣か」という言葉があったように、立身出世のゴールとして万人に開かれた達成目標の一つがインテリだったということです。その背景には「インテリ/山の手」と「庶民/下町」という文化と生活の格差があります。すなわち「学歴」とは山の手生活への約束手形であり、重要なのは卒業証書そのものではなく、それによって大きく左右されることになるその後の生活や人生そのものであったということです。
 
こうしたことから総合雑誌の読者層はインテリの信奉者で占められていました。ところが加藤の証言によれば、当の「インテリ中のインテリ」が愛していたのはこのような総合雑誌ではなく、どちらかというとライフスタイル雑誌のカテゴリに入る『暮しの手帖』であったということです。これは逆に同誌がただのライフスタイル雑誌ではなかったことを示しているといえます。あらためて『暮しの手帖』とは、いかなる雑誌だったのでしょうか。
 

* 山の手テイストと反骨精神

 
1948年9月に花森安治と大橋鎭子によって『暮しの手帖』の前身である季刊『美しい暮しの手帖』が創刊され、同誌は1968年第93号から隔月刊になり現在に至ります。
 
同誌の初代編集長である花森は神戸出身で旧制松江高等学校を経て東京帝国大学を卒業した紛れもないインテリです。この花森とタッグを組んだ暮しの手帖社社主である大橋も東京府立第六高等女学校を卒業後、一度は経済的事情で日本興業銀行に就職したものの3年で退社して日本女子大学に入学し、惜しくも肺結核で中退しましたが、やはりインテリであったことは間違いありません。
 
この2人が生み出した『暮しの手帖』は他誌とは一線を画する個性的な雑誌でした。各種メーカー品を客観的立場で比較試用する「商品テスト」企画、自社書籍以外の広告を一才排除したスタイルなど独自の誌面作りによって発行部数百万部を超える人気雑誌になります。
 
初代編集長の花森は「一人ひとりが自分の暮しを大切にすることを通じて、戦争のない平和な世の中に」という理念と「暮しの変革を理念よりも日常生活の実践を通して」という方針を掲げており『暮しの手帖』はただのライフスタイル誌ではなく、反商業主義、生活者本位、平和主義、反戦・反差別、中立といった立場を旗幟鮮明に打ち出した非常に尖った雑誌であったといえます。
 
その一方で本書は『暮しの手帖』は「学歴に密輸されてきた生活文化そのものずばりのサンプルカタログだった」といいます。その背景には先述した「インテリ/山の手」と「庶民/下町」という文化格差、つまり学歴効果による生活格差があります。
 
例えば『暮しの手帖』を広く世に知らしめることになったきっかけとして、しばし同誌第五号巻頭に掲載された昭和天皇と香淳皇后の第一皇女である東久邇成子(照宮)による随筆「やりくりの記」が挙げられます。「自ら筆を執って雑誌に寄稿されたのは、皇室御一家の中今回の照宮様が初めて!」という広告が打たれた第五号は完売となり、以後『暮しの手帖』は創刊以来の赤字を脱して一気に上昇気流に乗ります。
 
「宮さま」自らが寄稿というイメージは『暮しの手帖』にとって決定打になったことは疑いないでしょう。この随筆では皇室出身でありながら庶民同様「やりくり」に苦心する暮しぶりが率直に書かれており、それは質素な中にも上品な、育ちの良さ、つまりは「山の手」テイストと換言してもいいでしょう。
 
このように『暮しの手帖』という雑誌には、そこはかとなく漂う「山の手」の香りと、花森の掲げた反商業主義、生活者本位、平和主義、反戦・反差別、中立といった理念の奇妙な調和を見出すことができます。そして、このような奇妙な調和こそがまさにインテリを惹きつけた当のものであったのではないでしょうか。
 

*〈ていねいな暮らし〉における二層構造

 
ここから本書は第三章「花森安治の時代--そのとき、何を着ていたのか」では花森の服装に焦点を絞ることでコンパクトな通史の形で彼の時代を辿ります。明治から昭和にまたがる彼の人生は日本人の暮らしが大きく近代化し変容してきた時期にあたります。「花森安治スカート伝説」に象徴されるような、天才とも奇人とも称された花森の服装は時代の典型であるよりもむしろ大勢から離れていたといえます。
 
また第四章「丘の上の赤い屋根--彼はどこにいたのか」では花森が居住した東京郊外の大田区久が原を、第五章「神戸を歩く--彼はどこからきたのか」では花森が生まれ育った神戸を本書の著者である佐藤氏が実際に歩き、花森の暮らしの断片を追体験することで当時の市民生活のイメージを空間的に把握していきます。
 
そして終章「〈暮らし〉は、どこから来て、どこへ行くのか」では、改めて〈ていねいな暮らし〉とはどのようなものかが確認されます。ここで本書はSDGsのユニバーサリズムと〈ていねいな暮らし〉のカトリシズムとの類似性を認めた上で、近代という「大きな物語」の次にくる新しい時代を支える価値観を考えるうえでSDGsや〈ていねいな暮らし〉は有益な概念になりうると述べています。
 
このように本書は〈ていねいな暮らし〉に対しては、一方では距離を置きつつも他方ではその意義を認めるという一見すると両義的な態度を取っています。けれどもこの両義性は〈ていねいな暮らし〉における「スタイル」と「精神」という二層構造から読み解けるのではないでしょうか。
 
ここでいう「スタイル」としての〈ていねいな暮らし〉とは、完全無欠な〈ていねいな暮らし〉という理想的な(しかし到達不可能な)モデルを目指して、その周囲を否定神学的な欲望がひたすら空回りしていくという態度です。これに対して「精神」としての〈ていねいな暮らし〉とは、日々の生活の中で生起するさまざまな問題のひとつひとつを、まさに〈ていねい〉に解決していくという態度です。
 
すなわち、本書の両義的な態度とは、前者に対する冷ややかな視線と、後者に対する温かなまなざしから構成されているようにも思えます。そして令和において『暮しの手帖』が出した「丁寧な暮らしではなくても」宣言もやはりまた、前者と決別して後者に回帰するものであったといえるのではないでしょうか。
 
先述のように『暮しの手帖』という雑誌の根底には同誌の初代編集長であった花森安治が掲げた反商業主義、生活者本位、平和主義、反戦・反差別、中立といった理念がありました。そして、こうした花森がかつて掲げた理念は、昭和から平成という時を超え、表面的な〈ていねいな暮らし〉のイメージが氾濫する令和において「丁寧な暮らしではなくても」と声を上げた『暮しの手帖』にも受け継がれているようにも思えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

中動態と訂正可能性

* 中動態からみた「悪の愚かさ」

 
『暇と退屈の倫理学』(2011)で知られる國分功一郎氏はもう一つの代表作である『中動態の世界--意志と責任の考古学』(2017)においてかつて言語に存在し、今や喪われた「中動態 middle voice」に注目することで「意志」や「責任」を問い直す議論を展開しています。かつてのインド=ヨーロッパ語族においては能動態でも受動態でもない「中動態」という態があまねく存在していたとされます。ここでいう中動態とはどのような事態を表す言葉なのでしょうか。
 
例えば「殴る」という動詞があるとして「わたしがあなたを殴る」というのは能動態による表現であり「あなたがわたしに殴られる」というのは受動態による表現です。両者は同じ動作を逆から捉えていますが、動作の主体である「わたし」と動作の客体である「あなた」がはっきりと分けられ、対立して位置付けられている点は共通しています。
 
けれども「殴る」という動詞は、そのような主客の分割ができない場面で使われることがあります。例えば「わたしがわたしを殴る」といった再帰的な動作や「わたしは殴られた感じになった」というふうに表現される心理的に打ちのめされているという継続的な動作を名指す場合があります。前者では主体と客体は一致していますし、後者ではそもそも主体がはっきりしません。このような動作を表す時にかつて古代言語で使われたカテゴリが中動態であったと考えられます。
 
このように中動態とは能動と受動の対立から見えてこない領域を開くものであるといえます。この点、東浩紀氏は昨年末に公刊した新著『平和と愚かさ』(2025)に収められた「悪の愚かさについて2、あるいは原発事故と中動態の記憶」(2020)という論考(以下、本論考)において、こうした中動態という視点から加害と被害の対立からはこぼれ落ちてしまう「悪の愚かさ」という問題を論じています。
 

* 悪の愚かさを記憶するということ

 

平和と愚かさ

平和と愚かさ

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本論考は「2」とあるように同じく『平和と愚かさ』に収められた「悪の愚かさについて、あるいは収容所と団地の問題」(2019)の続編となる論考です。同論考において氏はある種の悪や害について考えるためには加害と被害の対立を超える必要があるという問題提起をおこなっています。人は誰でも自分の醜い部分は忘れたいし、そもそも自身の加害性=悪に無自覚なことが多く、それゆえに加害者は害を忘れがちです。これに対して被害者は害を忘れることはありません。それゆえに彼らは害に意味を、換言すれば物語を与えます。被害者あるいはその遺族にとって害が無意味になされたという事実こそが耐え難いからです。
 
こうしたことから同論考は旧日本軍(七三一部隊)が中国東北部で行った人体実験とそれを主題にしたハルビンの博物館(侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館)の展示を例に、この「忘却」と「意味」の対立は「数」と「固有名」の対立に重なることを示しています。加害者は犠牲者から名を奪い数として殺し、やがて忘却します。他方で被害者は博物館や慰霊碑においてまずは被害者の名を回復し、それによって追悼し記憶することになります。
 
しかし同論考は悪の本当の残酷さとは、その悪に何の意味もないことであり、犠牲者は無作為に選ばれ無意味に殺されているに過ぎないとして、この無作為や無意味を「悪の愚かさ」と呼びます。こうしたことから忘却と記憶、数と固有名を対立させる博物館や慰霊の論理ではまさにその「無=愚かさ」こそが見えなくなってしまうのではないかといいます。
 
そこで同論考はハルビンの他にもキーウやクラルフでかつての収容所や虐殺の地の周囲に団地が建設されている事実に注目し「悪の愚かさ」の記憶を、すなわち、固有名を剥奪されて匿名的に生じた大量死の記憶を、名を回復された個人の生へと変形されることなく、団地に象徴される大量生という形で匿名的に記憶するという可能性を見出します。そして同論考の続編となる本論考では、この「悪の愚かさ」という、やや文学がかった表現を哲学的な概念へと練成するため、國分氏の中動態論が導入されることになります。
 

* イヤイヤながらやってしまった

 
本論考はまず國分氏の議論を冒頭で述べたように要約し、その上で、國分氏がこのような中動態の存在を前提とすると「意志」や「責任」といった概念が部分的に解体されてしまうと指摘している点に注目します。
 
現代における法制度は一般的に、人間は自分のやりたいことをやるか、やりたくないことをやらされるかのどちらかだという前提を取っています。前者であれば刑罰や損害賠償といった責任が発生しますし、後者であればこうした責任は発生しません。前者では人間は行為の能動的な主体だとみなされ、後者では人間は他人の行為の受動的な客体とみなされるからです。
 
けれども実際には世の中には自発的にやりたかったわけではなく、暴力によって強制されたわけでもないけれど「イヤイヤながらやってしまった」という事例が溢れかえっており、こうした事例における行為者は主体とも客体ともいえない立場にあるといえます。
 
國分氏はわかりやすい例としていじめ行為における被害者が加害者に進んで金銭を渡すというケース(いわゆるカツアゲ)をあげています。こうしたケースにおいて加害者は金銭の提供は決して強制ではなく、被害者の自発性に基づいていたと主張するでしょう。しかし、ここではその被害者の自発性こそがまさに強制されていえるでしょう。
 
本論考はこのような「自発性の強制」という論理を被害者のみならず加害者にも適用します。例えば集団で行われるいじめ行為の参加者を問いただしたとして、彼らの多くは強制されたわけではないけれど、かといって自発的に参加したわけでもなく、何となく場の空気に流されて「イヤイヤながらやってしまった」と答えるでしょう。つまり加害もまた中動態的に主体と客体が未分化のところで生じることがあるということです。
 
以上の議論は本論考のテーマである「悪の愚かさ」の問題と深く関係しています。ここで本論考は第二次世界大戦中に中国人を10人ほど「何げなし」に生体解剖したという元軍医の証言を参照し「悪の愚かさ」とはこのような「イヤイヤながらやってしまった=自発性の強制」という加害者の中動態的な態度によって生み出されているといいます。つまり「悪の愚かさ」を記憶するにはどうしたらよいかという問いは、能動でも受動でもない、加害の中動態的な性格をどのように記憶すればよいのかという問いに置き換えることができるということです。
 

* 中動態と原子力

 
さらに本論考は國分氏が『原子力時代における哲学』(2019)で展開した議論を取り上げます。同書は核兵器と原発の本質は同じものであるという立場から、なぜ20世紀の哲学者は核兵器にはこぞって反対を唱えたのに、原発すなわち「核の平和利用」にはほとんど反対しなかったのかと問い、そうした哲学者の中でほとんど唯一の例外がマルティン・ハイデガーであるといいます。確かにハイデガーは1995年の講演「放下」で軍事利用だけでなく平和利用も含めて原子力技術そののものが危険だという立場をはっきりと打ち出しています。ではなぜ20世紀の哲学者は原子力に抵抗できず、ひとりハイデガーだけが原子力の危険性を指摘できたのでしょうか。
國分氏はその謎を解くため中沢新一氏が『日本の大転換』(2011)で展開する原子力観を参照し、人類の文明は(あるいは地球という生態圏そのものは)太陽という「外部」からの「贈与」により成り立っているが、原子力は人類は太陽からの「贈与」がなくても生きていける可能性を拓くものだったといいます。そして、まさにこの「贈与」の排除への欲望こそが20世紀の哲学者が原子力に抵抗できなかった理由であるとして、そこに「失われた神のごとき全能感を取り戻そうとするナルシシズム」を見出し、しかしだからこそ、こうした全能感を「乗り越えて成長していかなければならない」と主張します。
 
そこで氏はまさにその全能感の克服のために求められるものがハイデガーの上記講演名でもある「放下 Gelassenheit」の思想だといいます。これは「させる」「するがままにしておく」という意味の動詞の過去分詞から作り出された名詞であり「放り出されていること」「委ねられていること」といった含意を持ち、ハイデガーの哲学においては人がある行為を能動的に行うのではなく「させられる」という感覚のもとで行うこと、あるいはその感覚の想起を意味しています。つまりそれは能動でも受動でもない、中動態の想起を意味しているということです。
 
こうしたことからひとは放下=中動態を想起することで幼稚なナルシシズムを克服し、太陽からの「贈与」を肯定し、原子力への依存を断ち切ることができると氏は言います。つまり原子力批判には中動態の思考が必要なのだということです。
 
もっとも本論考はこの國分氏の原子力をめぐる議論に違和感を表明します。理由は二つあります。その第一の理由は國分氏によるハイデガーの過大評価です。ハイデガーは確かに原子力を批判しましたが、彼の哲学ではそもそもあらゆる「技術」が古代ギリシアにまで遡って批判されるべきものであり、原発批判もその「技術」批判の延長線上で現れたにすぎないということです。
 
その第二の理由は國分氏はそもそも問いの展開を間違っているというものです。『原子力時代における哲学』は核兵器と原発は本質的に同じものなのに、人々はなぜ後者の誘惑に抵抗できなかったのか、という問いから出発したにもかかわらず、その同じものが彼らにはなぜ違うものに見えたのかという問いではなく、ハイデガーというそもそも両者に違いを見出さなかった哲学者に近づいてしまいます。それゆえに原子力には幼稚な全能感が反映されているという同書の結論は、それは人が原子力に惹かれる理由になっているだけであり、なぜ核兵器には惹かれずに原発には惹かれるのかという、その違いを説明する理由にはなっていないということです。
 

* 悪意のない殺人者と憎悪のない犠牲者が住まう楽園

 
このように國分氏の原子力論は大きな問題があるものの、原子力の害について考えるとき、中動態が鍵になるという洞察は確かに的を射ていると本論考はいい、ここからドイツの哲学者ギュンター・アンダースとフランスの科学哲学者ジャン=ピエール・デュピュイの議論を参照し、原子力と中動態のつながりをより具体的に論じていきます。
 
反核運動で知られるアンダースは1958年に第4回原水爆禁止世界大会のために来日し、その時、広島の被爆者と対話し、彼らが原爆投下の責任者への憎しみをほとんど語らないことに驚き、そこで彼は「悪意のない殺人者と憎悪のない犠牲者が住まう楽園」と記しています。もちろんこれはアイロニーであり、彼はその状況にこそ原爆という悪=害の本質を見出しています。
 
誰が何をしてどのように結果が起きたのかという事実関係は皆知っているにもかかわらず、原爆投下においては行為の起点にある意志とその結果の間にあまりに「巨大な距離」があるため加害者も被害者もその間につながりを感じられなくなり、害はまるで自然に起きた災害のように知覚されてしまいます。この「行為の連関」の「分裂」により作り出された倫理的麻痺を彼は後に「アポカリプス不感症」と呼んでいます。
 
すなわち、アンダースはここでまさに加害の中動態的性格を問題にしており、核兵器の加害は中動態的に起きるから危険だと主張しているといえます。さらにデュピュイはこうした中動態的麻痺をより広く破局的な災害一般において現れる文明の問題として考え、実際に2011年の福島第一原発事故を語る際に「悪意のない殺人者と憎悪のない犠牲者が住まう楽園」というアンダースの言葉を引いています。そして、こうした議論を踏まえ本論考は次のように述べます。
 
原子力はあまりにも複雑かつ巨大で、行為と結果のつながりを破壊する技術だった。ほんとうは、それを利用する人間の意志が善だろうが悪だろうが、関係なく悪が生まれると考えねばならなかった。にもかかわらず、20世紀の人々は、その中動態的性格を無視して、利用者の意志によって技術が区別できると考えた。それが彼らが核兵器と原発を区別した理由であり、「原子力の平和利用」の誘惑に勝てなかった理由である。國分の問いには、本来はそのように答えなければならない。そしてそのように答えることではじめて、ぼくたちは原子力についての哲学を、悪についての普遍的な哲学へと開くことができるのである。
 
(『平和と愚かさ』より)

 

 

* 中動態と訂正可能性

 
以上のように悪とは本来、中動態的な性格を持っているものであるといえます。もっともその一方で、社会においてあらゆる行為は「意志」の有無により能動か受動かに振り分けられます。そして一般的に悪は、故意や過失といった程度の差はあれ、何かしらの加害の「意志」を持った能動的主体として記述され、それゆえに「責任」を問われます。
 
しかし國分氏が指摘するように「意志」とは極めて曖昧な概念であり、実際のところは加害の「意志」があったから「責任」が生じるのではなく、むしろ別の何らかの理由から「責任」を負わして良いと判断されたからこそ、急に「意志」なる概念が召喚されているといえます。では、なぜそういうことが生じるのでしょうか。ここには言語におけるコミュニケーションの本質的な条件が露呈しているように思われます。
 
人間の行うコミュニケーションには奇妙な性格があります。たとえば子どもが遊んでいるとして、その遊びが「かくれんぼ」だったのがいつの間にか「鬼ごっこ」になり、またそれがいつの間にか別の遊びになっているといったことはよくある話です。
 
そして、このようなコミュニケーションの中でルールが絶えず「じつは・・・だった」と「訂正」されていく現象を東氏は『訂正可能性の哲学』(2023)においてルートヴィッヒ・ウィトゲンシュタインとソール・クリプキの言語哲学を参照して「訂正可能性」という名で理論化しています。

 

訂正可能性の哲学

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すなわち、子どもの遊びにおいて最初は「かくれんぼ」だったものが「じつは鬼ごっこだった」というようにいつのまにか変わってしまうように、悪の中動態的性格によってなされた行為も、その行為に対して責任を負わせて良いと判断された瞬間に「じつは」の論理で訂正され、意志を持った能動的行為として記述されることになるということです。
 
もちろんあらゆる行為を能動と受動に区別することや、責任を負わすために意志の概念が急に召喚されることには一定の社会的必要性があることは言うまでもないでしょう。意志は確かにある種の幻想かもしれません。しかし蔑ろにはできない幻想です。けれどもその一方で、ここで消去されてしまうのがまさに本論考のいう「愚かさ」の問題です。こうした意味で人間の「愚かさ」を捉える上で中動態と訂正可能性は不可分の関係をなしているといえるでしょう。