かぐらかのん

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読書の技法としての「批評」--文学部唯野教授(筒井康隆)

* ドラマと講義で読み解く「文学とは何か」

 
イギリスの批評家、テリー・イーグルトンの「文学とは何か」は、現代文学理論の優れた概説書として1983年の出版以来、幅広い層に読み継がれてきた名著です。同書は英文学の起源から現代に至るまでに現れたあらゆる文学理論を平明に紹介しつつも同時に鮮やかに相対化していき、最終的には「文学理論とは幻想である」という恐るべき結論に到達した上で、既存の文学理論とはまったく別様な観点から「文学」を論じる言説を提示しました。そしてこの「文学とは何か」が日本で広く知られるきっかけとなった筒井康隆氏の実験小説が、本作「文学部唯野教授」です。
 
本作は大学の学内政治を戯画化したドラマパートと主人公唯野教授の講義パートから成り立ちます。ドラマパートではまさしく「文学とは何か」が批判した古色蒼然たるエリート主義的な文学的言説を擬人化したかのような大学人達のドタバタコメディが繰り広げられます。そして講義パートは文字通り「文学とは何か」を筒井流に料理したダイジェスト版となっており、唯野教授=筒井氏の軽妙な語り口による講義はそれなりに難解な同書への入門編としても読めるでしょう。
 
以下ではその講義の要点だけをざっくり紹介します。未読の方は予習用に、既読の方は復習用にぜひお役立てくだれば幸いです。
 

* 印象批評

 
文学批評の歴史は19世紀末のイギリスに遡ります。それ以前、文学は厳密な学問の対象とはみなされていませんでした。ところがイギリスの詩人にして批評家でもあったマシュー・アーノルドはその頃社会的に台頭し始めていた中産階級や労働者階級を統制する手段として英文学に注目します。こうして、ある種の毒饅頭として「文学」という学問が始まりました。
 
この点、初期の文学理論の中心はカントやヘーゲルの芸術哲学を継承した美学理論であり、もともとは詩や絵画を論じるための「象徴」を中心とした神秘主義的な言説が文学批評へと転用されていました。
 
これに対して経験主義的立場に立脚した批評を本書は「印象批評」と呼んでいます。もっとも印象批評が依拠する「伝統」とか「コモンセンス」などといった素朴な価値観は、いずれも結局のところ論者の主観に左右される漠然とした基準にすぎず、文学のさらなる発展のためにも、より緻密で洗練された文学理論の確立が目下急務とされました。
 

* 新批評とロシア・フォルマリズム

 
この点、1920年代のケンブリッジ大学において、フランク・レイモンド・リーヴィスを中心とするスクールティニー派が台頭します。スクールティニー派は心理学や文化人類学の知見を導入した作品吟味を行い、調和的で創造的な「生」を文学的価値として掲げました。こうしたケンブリッジ英文学批評の影響を受け、1930年代のアメリカでは、ジョン・クロウ・ランサムらを中心とする「新批評」という潮流が生じます。新批評はアメリカ南部の古き良き伝統主義を背景として、科学的合理主義と異なる詩的世界の独自性を称揚しました。
 
これに対して1910年代〜1920年代のロシア・ソ連で盛んになった文学運動が「ロシア・フォルマリズム」です。ロシア・フォルマリズム言語学的見地から文学における「異化効果」を重視します。この「異化効果」をロマーン・ヤコブソンは「日常言語への組織的暴力行為」と呼びます。すなわち、ロシア・フォルマリズムにとって文学とは何気ない日常を言語的技法により見慣れないものに変えてしまう作品をいいます。ロシア・フォルマリズムアメリカでは先述の新批評に影響を与え、フランスでは後述の構造主義に影響を与えています。
 

* 現象学と解釈学

 
オーストリアの哲学者エトムント・フッサールの創始した現象学に影響を受けたジュネーヴ学派は、作品の時代背景や作家の経歴や読者層など作品外の要素を全て「括弧に入れる」ことにより、作者の「純粋意識」である作品世界を歪めることなく記述するという現象学的批評を提唱しました。
 
これに対して、ドイツの哲学者マルティン・ハイデガーは師であるフッサールの超越論的現象学から離反して独自の解釈学的現象学を展開しました。そして、ハイデガーの後継者であるハンス=ゲオルグ・ガダマーは、ハイデガーが世界と対話したように、文学作品と対話して、そこに作者の意図を超えた現代的な意味を発見していく解釈学的批評を提唱しました。
 

* 受容理論

 
この解釈学的批評の一種に受容理論というものがあります。受容理論というのは文字通り文学作品を受け入れる「読者」の役割を明らかにしようという理論です。その中心人物であるヴォルフガング・イーザーは「内包された読者」という読者モデルを提唱しました。「内包された読者」とは文学作品に反応するために必要な全部の条件を持った仮設的な読者のことをいいます。
 
この点、イーザーによれば、読者とは文学作品の「空所」において想像力を働かせて、文学作品の中に首尾一貫した意味を見出していく作業の担い手ということになります。そして、こうした作業において文学作品は読者の持つ既存の「準拠枠」とは異なる新たな「準拠枠」を作り出し、ここからそれまでの「準拠枠」からは見えてこないものを見えるようにする「否定作用」が生み出される事になります。
 
つまりイーザーに言わせれば文学の価値とは読者の寄り掛かっている社会的な慣習や規範を変形させたり不確かなものにしたりして、読者に対して現実の制度への疑問を突きつけて新しい批判意識を呼び覚ます点にあるということです。
 

* 記号論構造主義

 
スイスの言語学者フェルディナンド・ソシュールは言語をシニフィアン(能記)とシニフィエ(所記)が恣意的に結びついた記号の差異から成立する共時的な構造として捉えました。このソシュールの言語理論を応用した分析手法を「記号論」といいます。ソ連のタルトゥー学派の中心人物である記号論学者ユーリイ・ロトマンはソシュールに依拠しつつ、詩の言語を「語義の体系」「造形的形象の体系」「韻律の体系」「音素の体系」といった複数の体系が圧縮されたものであり、その過剰なまでの情報量の中に詩の美的価値を認めました。
 
そしてソシュール言語学と同様に、社会、文化、歴史における様々な事象をその背後にある「構造」の効果として解明しようとする立場を「構造主義」といいます。文化人類学クロード・レヴィ=ストロースは様々な神話を「神話素」と呼ばれるいくつかの基本的な単位の組み合わせへと還元し、その組み合わせには一定の法則があることを発見した事で、構造主義の名を広く知らしめました。
 
そして、神話と同様にあらゆる文学の中には共通の構造が存在すると考える立場が構造主義的批評です。例えばフランス構造主義の批評家ジェラール・ジュネットは「順序」「持続」「頻度」「叙法」「態」という5つの観点からの詳細な物語分析を展開しました。構造主義的批評はテクストの中にある構造に注目した点で、テクストの外の現実を括弧に入れる現象学批評と通じる点があるでしょう。
 

* ポスト・構造主義

 
1968年に起きたいわゆる「5月革命」以降、フランス思想界のモードは構造主義からポスト・構造主義へと遷移しました。そのポスト・構造主義の代表的論客と目されるフランスの哲学者ジャック・デリダはテクストに現れるあらゆる二項対立を決定不可能なアポリアに追い込む「脱構築」と呼ばれる読解技法を提唱しました。
 
その影響の下で、アメリカのイェール大学を中心として「イェール・ディコンストラクション派」が台頭します。その中心人物であるポール・ド・マンらはあらゆる言語はすべからくメタファーであり、あらゆるテクストは自ずから脱構築されていると主張しました。
 
こうなると、もはやすべての理論はフィクションであり、それは畢竟、エクリチュールの戯れにすぎず、こうした言語の無能力を率先して暴き立てることこそが文学に残された使命ということになってしまいます。もっとも当のデリダその人はこうしたアメリカにおける退廃的な風潮に批判的な立場を取っていました。
 

* 読書の技法としての「批評」

 
「批評」というと何か我々の日常とは縁遠い文化人の高等遊戯のような感じにも聞こえますが、決してそんなことはありません。「批評」とはもっと我々の日常に根ざした営みであり、それは端的に言えば「読書の技法」に他なりません。
 
本書で語られる様々な文学理論に通じることはそれだけ多様な読みに開かれた〈読書〉を可能とします。そしてその中で我々は時として、テクストの中に他でもない〈わたし〉だけに差し出されたメッセージを見出すこともあるでしょう。
 
すなわち「批評」とはある面で、テクストという「他人の物語」を我々の生を基礎付ける「自分の物語」として語り直していくための技法でもあります。そしていまや莫大なテクストが氾濫する中、誰もが発信者となってしまうソーシャルメディアの時代を生き抜く上で必要とされる情報リテラシーとは、まさにこうした「批評」と名指される思考ないし態度ではないでしょうか。
 
 
 
 
 

日常系の臨界としての異性愛--微熱空間(蒼樹うめ)

* 日常系の象徴としてのひだまりスケッチ

 
「日常系」とはゼロ年代的想像力の潮流において「セカイ系」の乗り越えとして現れた想像力です。その原作は多くの場合、4コマ漫画形式を取り、そこでは主に10代女子のまったりとした何気ない日常が延々と描かれます。そして作中において男性キャラは前面に出ることはなく、異性愛的な要素は極めて周到に排除されているのもその特徴です。ここで描き出されるのはいわば作品世界の「空気」そのものであり、このことからしばし「日常系」は「空気系」とも呼ばれたりもしました。
 
言うなれば「セカイ系」が「きみとぼく」という母子相姦的/性愛的な「セカイ」に閉じた想像力であったとすれば「日常系」は「わたしたち」という擬似家族的/友愛的な「つながり」に開かれた想像力といえます。
 
わたしとあなたのセカイは違うけど、それでも互いにつながることができる。異なるセカイの交歓から芽生える可能性としてのつながり。それは一見して社会共通の「大きな物語」を喪ったポストモダンが加速する現代において個々人の「小さな物語」同士の理想的な関係性にも思えました。そんなゼロ年代における「日常系」というジャンルを象徴する作品が蒼樹うめ先生の代表作「ひだまりスケッチ」でした。
 
同作の主人公、ゆのは将来の夢が見つからない事に対して密かなコンプレックスを抱えています。けれど同じひだまり荘に住む同級生の宮子、上級生の沙英やヒロ、下級生の乃莉やなずなとの賑やかしい日々を過ごして行く中でゆっくりと、しかし着実に自分の在り方を見出していきます。
 
ひだまり荘の面々は同じ高校に通うというゆるい括り以外、生まれ育った故郷もバックボーンも違えば、それぞれが描く未来図も違います。こうした異なる「小さな物語」を生きる者同士の交歓の中で芽生える可能性に対する信頼こそが「ひだまり」という作品の根幹を支えている思想であり、これは一種のフォーマットとして後に続く日常系作品に大きな影響を与えました。
 

*「つながり」を外に開くということ

 
このように「ひだまり」をはじめとしたゼロ年代の日常系作品は理想的な「つながりの楽園」を描き続けてきました。日常系が現代サブカルチャーにおける新たな想像力の地平を切り開いた点は疑いないでしょう。ただその一方で、日常系の描き出す「つながり」とはなんだかんだ言っても、限定されたコミュニティ内部における女の子同士の甘やかな交流であり、こうした「つながり」をひとたび絶対的なものとして描いてしまうと、そこにはたちまち「セカイ」が再帰することになります。もっとより直截にいえば日常系の描き出す「つながり」とは結局のところ「偽装されたセカイ」と紙一重であるということです。
 
こうしたことから2010年代を代表する日常系作品の多くでは「つながり」を内に閉じずに外に開き続けるための回路が導入されることになります。例えば「ご注文はうさぎですか?」「NEW GAME!」「こみっくがーるず」「おちこぼれフルーツタルト」などは「お仕事」という回路を通じて、あるいは「アニマエール!」「ゆるキャン△」「恋する小惑星」などは「アウトドア」という回路を通じて「つながり」をコミュニティ外に開き続けることにある程度成功しているといえるでしょう。
 
そして「ひだまり」においても、沙英とヒロを卒業させた後半以降、新たなひだまり荘の住人として茉理という特定のパートナーに依存しない遊撃的なキャラを投入して、ひだまり荘の「つながり」を相対化、流動化させようとする傾向が見られます。こうした「つながり」をめぐる想像力の変化の中、蒼樹先生が2016年から白泉社の「楽園」にて連載開始したまさかの王道ラブストーリー漫画が本作「微熱空間」です。
 

*「姉弟」と「異性」のあいだで揺れる物語

 
本作のあらすじはこうです。本作の主人公、中ノ瀬亜麻音は父親の再婚で「弟」ができると知り、もう一人の主人公、赤瀬川直耶も母親の再婚で「姉」ができると知り、それぞれが勝手な「小さくて可愛い弟」「大人っぽいお姉さん」を想像して期待を膨らませていた。
 
ところが実際には亜麻音と直耶は誕生がたった3日だけ違う同い年の「姉弟」だった。思い込みと現実のギャップもあり当初は何かとギクシャクしていた2人であったが、長らく片親で育ってきたという共通点もあり、一つ屋根の下で次第にその距離を縮めていき、やがてその関係性は「姉弟」と「異性」のあいだで揺れ動いていく。
 
このように本作は物語としては王道ラブストーリーですが、一方で「日常系」というジャンルの側からみると、本作はある種の批評性を持った作品としても読めます。
 

* 日常系少女としての郁乃

 
ここで注目すべきキャラが亜麻音の無二の親友を自認する九条郁乃です。もともと男嫌いの郁乃は亜麻音に同い年の「弟」が出来たことに衝撃を受け早速、中ノ瀬家に乗り込み直耶の人となりを見定めた後、帰り際に直耶の前で唐突に亜麻音にキスをして自身の優越性を確認しようとします。
 
けれどもすぐに郁乃は亜麻音へのキスは親友だから出来るのではなく、単に同性同士のお遊びの域を出ないから許されるのだと悟り愕然となるわけです。そうした動揺の中、やがて郁乃は自分が亜麻音に対して親友以上の同性愛的感情を抱いていることに気づいてしまいます。
 
ここで亜麻音をめぐる直耶と郁乃の三角関係が成立します。しかし郁乃はこの三角関係において極めて不利な立場に置かれています。
 
実のところ亜麻音と直耶は厳密にはインセストタブーの関係性にはありません。作中で郁乃自身が詳細に述べていることなのですが、民法の規定上、再婚した親の連れ子同士は普通に結婚できます。これは郁乃が少なくともインセストタブーを理由に2人の間に割って入ることは不可能であることを意味しています。
 
当初、郁乃はまさに従来の典型的な「日常系少女」の立ち位置にいました。しかし郁乃の日常系的日常は直耶という「弟=男」の出現でいままさに破滅的な危機に陥っているということです。
 

* 日常系の臨界としての異性愛

 
このように本作は「郁乃=日常系」の視点を通じて「ひだまり」を含めた従来の日常系作品が目を逸らしてきた「異性愛」を批評的に描き出しているとも言えます。すなわち、こう言ってよければ本作はある意味で蒼樹うめ先生の自己批判的な側面を持っています。そしてそこには幾重にも優しくオブラートに包んだひとつのあるメッセージを読み取る事もできるでしょう。
 
それは身も蓋もなく言ってしまえば「現実に帰れ」という事です。我々は従来の日常系作品が描き出す限定されたコミュニティ内部の「つながり」の中に時として甘やかな「セカイ」の夢を見てしまいます。けれども、ひだまり荘は永遠ではない。ゆの達もいつかは恋をする(かもしれない)。
 
それは正直あまり見たくない物語ではあります。けれども、もしも2020年代における日常系が「偽装されたセカイ」という虚構の日常に閉じるのではなく、文字通り我々の生きる現実の日常へと開かれていくのであれば、まさに「異性愛」のようなこれまでの日常系作品において排除されてきた物語を何らかの形で包摂し描き出していかなければならないという想像力の問題への対処はやはり避けて通れないでしょう。本作はこうしたいわば日常系の臨界とも呼べる領域に真摯に向き合った作品であるように思えます。
 
 
 
 
 
 
 
 

リアリズムの起源を問い直すということ--日本近代文学の起源(柄谷行人)

 

*「言文一致」とはなんだったのか

 
我々はふつう自由な「内面」を持った主体として、この世界をありのままの「風景」として見ている、と思い込んでいます。しかしこれは一種の転倒の結果であり、その起源は既に忘却されています。本書はその起源を解き明かしていきます。
 
精神分析の始祖、ジークムント・フロイトは「意識」の成立条件として外傷経験によるリビドーの内向化とともに「抽象的思考言語」の獲得を挙げています。ここでフロイトのいう「抽象的思考言語」を、かつて我が国では「言文一致」と呼びました。
 
「言文一致」とは明治20年前後の近代的諸制度の確立が言語レベルで表れたものをいいます。この点「言文一致」とは単純に「話し言葉」と「書き言葉」を一致させることではありません。それはすなわち、全く新たな「言=文」という「抽象的思考言語」を創出するという一種の「文字改革」のことをいいます。
 
 

*「音声中心主義」という制度の確立

 
こうした意味での「言文一致」の運動の起源は幕末の前島密による「漢字御廃止之儀」の建白に求められます。
 
この前島の提言は「言文一致」の本質をよく捉えています。「漢字御廃止」とは、文字通りの意味というよりも、我が国伝統の漢字中心の形象思考を転倒させ、西洋流の「音声中心主義」を確立する思想に他なりません。
 
幕府反訳方を務めていた前島が注目したのはアルファベットのもつ経済性、直接性、民主性にありました。彼にとって西欧の優位性はその音声中心主義に求められ、従って日本の近代化において「音声中心主義」を確立することこそが緊急の課題とみなされたのです。そして一旦「音声中心主義」が確立されたのであれば、もはや漢字を実際に廃止するかどうかは二次的な問題に過ぎません。
 
そして、こうした「言文一致=音声中心主義」という制度の確立により出現したものが「風景」と「内面」です。
 
 

*「風景」と「内面」の発見

 
この点、明治20年代は「言文一致」の確立に向けた試行錯誤の時期となりました。この時期の「言文一致」の先駆的作品として、二葉亭四迷の「浮雲明治22年)」や森鴎外の「舞姫明治23年)」を挙げることができるでしょう。
 
そして、こうした試行錯誤の時期を経た明治30年代、ついに「言文一致」を完全にものにした作品が現れます。国木田独歩の「武蔵野/忘れえぬ人々明治31年)」です。
 
「武蔵野」では「風景」が従来の歴史的意味に覆われたいわゆる「名所」から切断されています。そして「忘れえぬ人々」では「風景」が登場人物の「内面」と緊密に結びついて描き出されることになります。
 
すなわち、ここで独歩は自らの「内面(自分自身の声)」の中に見出した「風景(認識論的布置)」を描いていた、ということです。もはや独歩において「風景」や「内面」は自明なものであり、その起源となった「言文一致」という制度はここで忘却されることになります。
 
 

*「学制」の確立と「児童」の発見

 
このように、我々がアプリオリと思い込んでいる「風景」や「内面」は言文一致=音声中心主義という近代的制度の導入による形象思考の転倒から生じていたということです。また同様のことが「児童」にも言えます。児童が客観的に存在していることは誰にとっても自明のように思えます。しかし「風景」と同じく、我々が見ているような「児童」はごく近年に発見され形成されたものに過ぎなません。
 
近代的な児童文学の出現は小川未明の「赤い船(明治43年)」あたりに求められていますが、近代以前の時期までは「児童」と呼ばれる子供は存在しませんでしたし、また「児童」のために作られた遊びも文学も存在しませんでした。すなわち「児童」も一つの近代的制度の産物であるということになります。
 
近代日本の富国強兵政策の一環としての「学制」は、従来まで様々な生産関係、諸階級、共同体に具体的に属していた子供を年齢別に抽象的・均質的な存在としてまとめて引き抜くことを意味しました。そして明治20年代に登場した「少年園」などをはじめとする日本の児童雑誌はそのような「学制」の補助として機能しました。
 
明治30年代にそれまで個々の例外的な突出としてあった「近代文学」が一般化しうるに至ったのは「学制」が整備され定着してきたことと関連していると本書はいいます。そしてその上で、小川未明ら児童文学者による「児童」の発見が可能となったということです。
 
 

* リアリズムの起源を問い直すということ

 
現象学の始祖、エトムント・フッサールはその晩年において、自然主義的に客体化された世界の「起源」を問おうとしました。例えば「太陽は東から上り西へ沈む」というのは経験的には当然のように見えます。しかし、コペルニクスが地動説をとったのは観察された惑星の運動が太陽を中心として考えれば数学的により整合的になるという理由からでした。このように日常的・経験的事実に背を向ける態度はガリレイにおける解析幾何学の導入において確立されました。
 
こうして「客観性」とは、もはや素朴な知覚によってではなく数学的な超越論性によってのみ保証されることになります。つまり我々が「客観的には地球が太陽の周りを回っている」というとき、それを保証しているのは経験ではなく数学であるということです。
 
けれども、こうした「客観性」の「起源」をひとたび忘れてしまうと、あたかも「客観性」がそれはそのようなものとして在るかのように見えます。それこそが、フッサールが「ヨーロッパ諸科学の危機」と呼んだものに他なりません。
 
我々は何かの事象を見て「これはリアルだ」などと言いますが、こうした物の見方はすでに或る特定のリアリズムに侵食されています。そして、その或る特定のリアリズムはやはり或る特定の制度=システムの産物に過ぎないということです。こうした一見、自明なものであるはずのリアリズムの「起源」を問い直す事により、我々はまた別のリアリズムの可能性を発見することだってあるでしょう。
 
例えば、大塚英志氏は近代文学のリアリズムを「自然主義的リアリズム」と名指して、ここに「まんが・アニメ的リアリズム」を対置させました。そして東浩紀氏は大塚氏の議論をさらに発展させて「ゲーム的リアリズム」を提唱しました。こうしてみると、現代文学における新たな創造力の可能性と開かれた批評の可能性はおそらく、このような複数のリアリズムの重なり合いと絡み合いの先にこそ見出されるのではないでしょうか。
 
 
 
 
 
 

思い込みと真理の在り処--現象学(木田元)

 

* 生成変化する現象学

 
現象学は当初、その創始者であるエトムント・フッサールのもとで「厳密学としての哲学」を目指して出発したはずが、いつの間にかヨーロッパ文化の危機の克服という極めて時務的な問題に対応することになり、さらにはマルティン・ハイデガージャン=ポール・サルトルの下で実存哲学へと変貌していくことになります。
 
こうして変幻自在に生成変化していく現象学は決して哲学上の一ジャンルにとどまらず、今世紀の人間科学の諸領域を覆う一つの包括的運動であり、開かれた方法論的態度ともいえるところがあります。
 
本書はこうした「現象学的運動」という現地からフッサールハイデガーサルトル、そしてメルロ=ポンティに至る現象学の巨人達を取り上げます。現代思想の本質的理解の上で現象学の門を叩くことは避けて通れません。入門書と呼ぶにはやや難しい感はありますが、読み解いて得るものは多いでしょう。
 
 

* 現象学的還元と純粋現象

 
19世紀中葉、グスタフ・フェヒナーらの努力により、心理学は従来の内観法を棄て自然科学を範とした実験的方法を導入しました。こうしたことから、従来は先天的な観念であると考えられてきた数学的観念や論理学的観念などを心理現象へと還元し、一切の諸科学の基礎に心理学を位置付ける「心理学主義」と呼ばれる立場が台頭し始めました。
 
フッサールの最初の著作「算術の哲学(1891)」もまた、こうした心理学主義の強い影響の下で書かれています。しかしフッサールは「論理学研究(1900〜1901)」の第1巻においては一転して、心理学主義に批判的な論理主義的な立場をとるようになります。ところが同書第2巻になるとさらに論調が変わり、ここでフッサールは、心理学主義と論理主義のはざまを行く第三の道としての「現象学」という独自の立場を提唱しました。
 
そしてその後10年にわたる思索の末、フッサールは次第に自らが打ち出した「現象学」に揺るがぬ確信を持つに至ります。このようなフッサールの絶対的自信の源泉となったのが、彼がこの10年の苦闘の中で発見した「現象学的還元」の思想です。
 
フッサールは「現象学の理念(1907)」において「自然的態度」と「現象学的態度」を截然と区別しています。ここで彼は我々の日常における素朴な認識である「自然的態度」とは本来は意識を超越したところにあるはずの存在者を現実に「ある」と断定する態度であると考え、こうした超越的な断定を一旦保留して「現象学的還元」を加える態度を「現象学的態度」と呼んでいます。
 
そしてフッサールによれば、こうした「現象学的還元」により「体験する自我」と「自然的対象」との経験的関係は排除され、意識体験には絶対的明瞭さを持った「純粋現象」が得られることになります。
 
 

* 超越論的現象学の確立

 
このような現象学的還元の思想がやがて「純粋現象学および現象学的哲学の構想 (1913)」第1巻において一層精緻な形で展開されるようになります。同書ではカント哲学における「超越論的」という概念を「還元」と結びつけ「現象学的還元」を事実から本質の還元である「形相的還元」と「超越論的還元(狭義の現象学的還元)」 に区別します。
 
つまり意識の素朴な「自然的態度」に対して「超越論的還元」が加えられ「超越論的態度」が得られる事になります。それによって開かれる意識が「超越論的意識(純粋意識)」であり、この態度に立つ哲学が「超越論的現象学」だというわけです。
 
我々は日常的に「自然的態度」によって世界の存在を素朴に仮定して世界内部的に生きています。フッサールは世界の存在についてのこうした断定を「自然的態度の一般的定立」と呼びます。
 
しかしこうした断定にはなんの根拠もありません。この世界は全ては幻かもしれないわけです。「自然的態度」とは絶えず積み上げられる日常的経験から生じた一種の「思い込み」に過ぎないという事です。
 
そこでこの「自然的態度の一般的定立」つまり世界の存在についての確信にストップをかけ、逆に我々に直接与えられている意識体験からいかにしてそのような確信が生じてきたかを見ようとするのが超越論的還元となります。
 
すなわち、超越論的態度とは、自然的態度の一般的定立を「括弧に入れる」態度であり、その定立作用の「スイッチを切る」態度です。そして、こうした超越論的態度こそが、自然科学や精神科学に厳密な「学」としての基礎付けを与えることになるとフッサールは言います。
 
 

* 生活世界の現象学

 
その後、フッサールフライブルク大学に招聘された1910年代半ばから、かつて「構想」で確立したはずの超越論的現象学の構想を再び掘り返し反省を深めていきます。
 
ここでフッサールは「構想」における現象学的還元の出発点となる「自然的態度」とは実は自然科学のように自然を客体化して観る「自然主義的態度」であったと考えるようになります。
 
そしてこの「自然主義的態度」と区別される本来の「自然的態度」とは、むしろ自然科学における自然主義的態度や精神科学における人格主義的態度などの諸態度に先立っていてそれらを可能ならしめる本来的態度と見るべきであると言い出します。
 
こうして現象学的還元とは、自然主義的態度により客体化された世界から「理念の衣」を剥ぎ取り、本来の自然的態度として経験する「生活世界」を取り戻す営みであると再定義される事になります。
 
確かにこの意味での「自然的態度」における世界経験もやはり一種の「思い込み」ということになるかもしれません。けれども仮にこれを「思い込み」と呼ぶのであれば、それはもはや全ての真理の前提となる「根源的な思い込み」というべきでしょう。
 
ここにきてフッサールの考えは大きな転回を示しています。現象学的還元とは、もはや無世界的な純粋意識、全ての意味を根源的に算出する超越論的主観性の立場に身を置くことではなく、我々の素朴な日常的経験、普段は反省されることもない自然的態度を振り返ることに他ならないという事です。
 
つまり後のメルロ=ポンティの言葉で言えば「最初の哲学的行為とは、客体的世界の手前にある生きられる世界に立ち戻ることであり」「真の哲学とは、世界を見ることを学び直すこと」と考えられるようになります。
 
そして、ここでの現象学と諸科学の関係は「構想」の頃のように全ての諸科学に先行する普遍学のようなものではなく、むしろ諸科学の事実認識に依存しつつ、その認識には開示されない事実の意味を解読することにこそその使命があるということです。
 
 

* 思い込みと真理の在り処

 
このようにフッサールは幾度かの転回を経て自らの現象学を深化させていますが、そこには一貫した問題意識を認めることができます。それは端的に言えば19世紀に勃興した近代実証主義に対する懐疑に他なりません。
 
学問の本来の使命であるはずの真理の探求を蔑ろにして目先の実用性ばかりを追求する近代実証主義は、フッサールにしてみればまさしくヨーロッパ文明そのものの危機でした。
 
いま再び世界の根源を問い直し、この未曾有の危機を救わなければらない。このようなフッサールの問題意識が全面的に展開されたのが最晩年の論文「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学(1936)」です。
 
近代実証主義というのは現代風に言い直せばエヴィデンス至上主義のようなものです。我々もまた、データや数字といった「見えるもの」だけが世界の全てだと思い込み、その背後にある「見えないもの」への問いを蔑ろにしていないでしょうか。いや、むしろ我々は「見たいもの」だけを見るために「見たくないもの」を排除しているのではないでしょうか。
 
現象学はこうした独善的な態度に反省を迫り、世界を謙虚にまなざす態度を回復するための基礎教養でもあるでしょう。世界は思い込みでできている。ある思い込みを脱したとしてもそこは別の思い込みでしかない。けれども、その二つの思い込みの差異としての「認識力の拡大」の中にこそ我々は何かしらの真理を発見する事があるように思えます。
 
 
 
 
 

母性の空を飛ぶということ--風立ちぬ(宮崎駿)

* 反戦平和思想と戦闘兵器への憧憬

 
宮崎駿氏は本作「風立ちぬ」の公開前後に行われた半藤一利氏との対談において、戦艦大和をかっこいいと思う自分と戦ってきた、かっこいいと思ってはいけないんじゃないかという気持ちがあったという趣旨の言葉を述べています。
 
この発言にあるように宮崎氏は表向きの反戦平和思想の裏にある戦闘兵器への憧憬というある種の矛盾を抱え込んだ作家でした。そうした矛盾がまさに前景化した作品が本作ということができるでしょう。
 

*「美しい飛行機」をめぐる夢と現実

 
零戦の設計者として知られる堀越二郎の半生を堀辰雄の同名小説に着想を得て脚色した本作は関東大震災から太平洋戦争前夜に至る時期を舞台にした物語です。
 
本作の主人公、二郎は少年期から飛行機の魅力に取り憑かれ、イタリアの航空技術者、カプローニへの憧憬を募らせるようになり、いつかカプローニのような「美しい飛行機」をつくることが人生の目標となっていきます。
 
ところが二郎が実際に追求した「美しい飛行機」とは、カプローニが夢見た大勢の家族を乗せて飛ぶ大型旅客機ではなく、ただひたすら「飛ぶ」という機能美に特化した戦闘機でした。
 

* ファンタジーフェティシズム

 
ここには現代を代表するアニメーション作家、宮崎駿の建前と本音がそのまま表出しているように思えます。従来のスタジオジブリ作品は多くの観客へ夢と希望を与えるファンタジー(=建前)と宮崎氏個人の戦闘兵器へのフェティシズム(=本音)という微妙なバランスの上で成り立っていました。そして本作はこの本音の部分をいよいよ隠すことなく全面化させているわけです。
 
けれども問題は本作がファンタジーではなく脚色されているとはいえ基本的に史実をベースにしたノンフィクションであるという点です。いよいよここにきて、宮崎氏が長年抱えてきた矛盾が--公的には反戦平和を唱えつつ私的には戦闘機や戦艦を愛でるという矛盾が--露呈することになります。
 
ここで宮崎氏は自身のフェティシズムをそのまま肯定することはできない。そこでこのいわば政治と文学の分裂に承認を与える役割を担うのが本作のヒロインである菜穂子です。
 

* 菜穂子というヒロインは何を担っていたのか

 
関東大震災の折、二郎は菜穂子と初めて出会い、その後ドイツ留学から帰国した二郎は避暑地にて菜穂子と運命的な再会を果たし、二人は恋に落ちる。
 
菜穂子は重い結核にかかっていることを告白するが、二郎はそれを受け入れて二人は婚約する。その後、二郎は主力戦闘機の設計者に抜擢される一方で、菜穂子の症状は悪化の一途を辿っていく。
 
先が長くないことを覚った菜穂子は無理を押して療養先の病院を抜け出し二郎の元に駆けつける。こうして二人は短くも幸せな結婚生活を営む事になる。菜穂子は自らの身を顧みず妻として二郎を献身的に支え、果たして二郎は新型戦闘機(九試単座戦闘機)の開発に成功する。
 
けれどもまもなく菜穂子は亡くなり、二郎の畢竟の作ともいえる零戦はあの戦争における破壊と殺戮の象徴となりました。それでも二郎は、菜穂子の存在を支えに「生きねば」と決意する。ここでこの映画は幕を閉じることになります。
 

* 母なるもの

 
つまり、ここで菜穂子は「美しい飛行機」を作るという二郎の物語に無条件の母性的承認を与える役割を担っていることになります。ここには従来の宮崎作品において幾度となく反復されてきたあるひとつの構造を見出すことができます。
 
これまでの宮崎作品においては「飛ぶ」という行為が、自己実現のメタファーとして幾度となく反復されてきました。これはまさに実家が戦闘機工場だった宮崎氏自身のルーツに根ざしているのでしょう。
 
けれども思い返してみれば、従来の宮崎作品における男性主人公は皆、ヒロインからの無条件の母性的承認の下で初めて「飛ぶ」ことができています。すなわち、二郎にとっての菜穂子はコナンにとってのラナ、ルパン三世にとってのクラリス、パズーにとってのシータ、ポルコ・ロッソにとってのジーナ、ハウルにとってのゾフィーの系譜に連なる「母なるもの」を体現するヒロインへと位置付けられる事になるでしょう。
 

* 母性の空を飛ぶということ

 
こう言ってよければ、これまでの宮崎作品の歴代男性主人公が飛んでいたのは徹頭徹尾、母性の空だったのではないでしょうか。そうであるとすれば、ここに男性的自己実現の不可能性を母性的承認によって疑似的に回復するという否定神学的な構造を見出すことができるように思えます。
 
そしてこれは宮崎映画におけるホピュラリティを超えた、おそらく戦後日本社会における文化空間を、隠然と規定してきた構造であるともいえるのではないでしょうか。
 
こうしてみると、本作は戦闘兵器へのフェティシズムと母性的承認への依存という従来の宮崎映画を根底で駆動させて来た欲望を隠すことなく開陳した作品といえます。そこにはある種の開き直りのようなものすら感じられ、ある意味で清々しいものがあります。そういった意味で本作は宮崎氏の自己批評的作品ともいえるでしょう。
 
 
 
 
 
 

美少女ゲームの臨界と観光客--AIR

* 動物の時代と美少女ゲーム

 
東浩紀氏は「動物化するポストモダン(2001)」において「物語消費」から「データベース消費」へ移行というオタクの消費行動様式の変化にポストモダンの一般的傾向を見出し、近代社会が社会共通の「大きな物語」が個人の「小さな物語」を統御する「ツリー型世界」だとすれば、現代ポストモダン社会とは非物語的な「データベース」から無数の「シュミラークル」が産出される「データベース型世界」であるという議論を展開しました。
 
こうした時代認識を前提として、氏はシュミラークルに充足する動物的欲求とデータベースへ向かう人間的欲望が解離的に共存するポストモダン的主体を「データベース的動物」と名付け、1995年以降の時代を「動物の時代」として名指します。
 
こうしたシュミラークル的欲求とデータベース的欲望が解離的に共存する「動物の時代」を体現する極めてわかりやすい例がゼロ年代に一世を風靡した「美少女ゲーム」というジャンルです。
 
美少女ゲームの起源は1980年代に遡りますが、1990年代後半以後の美少女ゲームはもっぱらシナリオ分岐型の恋愛ADVが主流となります。この種の「泣きゲー」とも呼ばれる美少女ゲームにおいてプレイヤーは多くの場合、一方で、主人公のキャラクターに同一化してひとつの物語の中で一人の少女と「純愛」を遂げつつ、他方で複数のシナリオを攻略して複数のヒロインに「萌え」ることになります。
 
ここにキャラクターレベル(シナリオの水準)における反家父長的な「純愛」とプレイヤーレベル(システムの水準)における超家父長的な「萌え」の解離的共存を容易に見出すことができるでしょう。そしてこのような特性を持つ「美少女ゲーム」というジャンルの臨界を示すものとして東氏が注目した作品が本作「AIR」です。
 
 

* 病みゆく少女と擬似母娘関係のドラマ

 
本作原作ゲームは三部構成となっています。まず第一部「DREAM」では「空のどこかにいる翼の生えた少女」を探して放浪を続ける法術使いの青年、国崎往人と海辺の田舎町で出会った少女達とのひと夏の交流譚が描かれます。
 
本作のメインヒロインである神尾観鈴は母親と死に別れ、叔母の神尾晴子の元に預けられています。観鈴は誰かと仲良くなれそうになると癇癪を起こしてしまう不安発作を抱えながらも、往人と出逢ったこの夏を特別なものにしようと健気に無理を重ねます。やがて観鈴は原因不明の病で倒れてしまい、往人は観鈴をどうにか延命させるべく全ての法術の力を使い果たし消滅してしまいます。
 
続く第二部「SUMMER」では、観鈴はまさに往人の探していた「最後の翼人」である神奈備命の転生体であり、観鈴の病の正体は神奈にかけられた「翼人の呪い」に由来していることが明らかになります。そして第一部をカラスの視点で反復する第三部「AIR」では、往人の消滅後に観鈴と晴子が織りなす擬似母娘関係のドラマが描き出されます。
 
 

* 萌えの手前にある不能

 
このAIRというゲームはプレイヤーを二重の意味で疎外します。まず第一部において国崎往人観鈴を延命させる代償として物語からの退場を余儀なくされます。ここでプレイヤーはキャラクターレベルで物語から疎外されることになります(父の不在)。
 
さらに、第三部においては主人公は一羽のカラスでしかなく、観鈴が壊れていく様をなすすべもなく傍観するしかない。ここでプレイヤーはプレイヤーレベルにおいてAIRというゲームそれ自体からも疎外されることになります(プレイヤーの不在)。
 
こうしたAIRのレベルの異なる二重の疎外は美少女ゲームにおける「父=プレイヤー」の持つ「全能性」としての「萌え」の手前にある「不能性」を突き付けます。そういった意味から東氏はAIRを、あるジャンルの可能性を極限まで引き出そうと試みるがゆえに逆にジャンルの条件や限界を図らずも顕在化させてしまう「臨界的=批評的な作品」と呼びます。
 
 

*「萌え」から「尊い」へ

 
このように本作は物語の内と外の二つのレベルで「美少女ゲームの欲望」を挫折させます。ところが話はそれだけでは終わりません。本作が突き付けた「不能性」に直面したゼロ年代の想像力は、むしろこの美少女ゲームの臨界に、すなわち「父=プレイヤー」が排除された母娘相姦的な禁断の領域に崇高な何かを見出だすようになります。
 
これがいわゆる「尊い」と呼ばれる感性です。ゼロ年代後半以降における日常系作品や百合系作品の一大潮流はまさしくこの「尊い」と呼ばれる感性を核として生み出されたと言えるでしょう。
 
そういった意味で本作はゼロ年代的想像力というデータベースに、東氏のいうところの「誤配」を投げ入れて、いわば「萌え」から「尊い」へと想像力のパラダイム転換を引き起こした作品とも言えるでしょう。
 
 

* 不能の父から子どもたちへ--等価交換の外部に価値を見い出すということ

 
近年、東氏は「誤配」の主体を「観光客」と呼んでいます。「観光客」とはナショナリズムグローバリズムの二層構造を往還し、貨幣と商品の等価交換の外部に価値を見出すポストモダンにおける新たな主体像です。
 
そして興味深い事に東氏は「観光客」とは「不能の父」であるといいます。氏はドストエフスキー作品の弁証法的読解の中でリベラリズム的偽善(チェルヌイシェフスキー)を乗り越え、なおかつナショナリズム的快楽(地下室人=ミーチャ)から逃れ、さらにグローバリズムニヒリズム(スタヴローギン=イワン)を退け、その先に立ち上がる主体(アリョーシャ)を「不能の父」と名指し、ここに「観光客」のアイデンティティを求めます。
 
ドストエフスキーの代表作「カラマーゾフの兄弟」のラストが示すように「不能の父」は無力な存在であるけれども「子どもたち」に囲まれています。そして世界は「子どもたち」が変えてくれると氏はいいます。
 
そうであれば、もしかして「AIR」のプレイヤーも1羽のカラスとして、観鈴の記憶をデータベースの空に還し、日常系や百合系といった「子どもたち」へと引き渡す「観光客=不能の父」の役割を図らずも引き受けていたのではないでしょうか。
 
等価交換の外部に価値を見い出すということ。我々は物語の中で観鈴を救うことはできなかったけれども、物語の外で観鈴を救うことはもしかしてできていたかもしれない。その一つの可能性は我々にとってはあるいは一つの救いにも希望にもなるでしょう。今日が観鈴ちゃんの命日ということもあり、気がつけば感傷的な文章となってしまっていました。ここまで読んでくださって有難うございます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

幻想から現実へ--海辺のカフカ(村上春樹)

 
 

* 近代教養小説的成熟と「別の仕方」での成熟

 
夏目漱石の中編に「坑夫」という作品があります。恋愛沙汰のゴタゴタの末、すっかり世の中が厭になって家出をした東京の世間知らずの学生が、怪しげな男の誘いのままに、半ば自殺するつもりで鉱山労働に身を投じるといったあらすじの小説です。
 
本作「海辺のカフカ」における主人公の少年、田村カフカはこの「坑夫」について次のような感想を述べています。
 
「この小説は一体何を言いたいんだろう。でもなんていうのかな、そういう『何を言いたいのかわからない』という部分が不思議に心に残るんだ。うまく説明できないけど」
 
カフカ少年は「坑夫」の主人公同様、家出の真っ最中です。もっとも彼の場合、恋愛沙汰のゴタゴタの末の家出ではなく、父から掛けられた「呪い」から逃れるための家出です。
 
東京の実家を出奔して四国高松までたどり着いたカフカは「甲村記念図書館」という地元の私立図書館に何とはなしに通うことになります。「甲村記念図書館」の司書である「大島さん」はカフカに今の自分を「坑夫」の主人公に重ねているのかと問い、カフカは「そんなことは考えもしなかった」と否定します。けれど本作は確かにわりと「現代版坑夫」のような趣きがあります。
 
大島さんが言うように「坑夫」という作品は例えば、漱石の代表作「三四郎」のようないわゆる近代教養小説とは随分と様相を異にした小説です。三四郎は目の前に立ち現れる壁について真面目に考えて、なんとかこの壁を乗り越えようとする能動的な主体です。これに対して「坑夫」の主人公は周囲で生じる出来事をただぐだぐだと受け入れていくだけの受動的な主体です。
 
確かに「坑夫」の主人公には近代教養小説的意味での成熟というカタルシスはありません。けれどもカフカは「人間というのはじっさいには、そんなに簡単に自分の力でものごとを選択したりできないんじゃないかな」と言います。つまりここでは近代教養小説的成熟とは「別の仕方」での成熟の可能性が示唆されています。そして「坑夫」の主人公が事の成り行きから鉱山で働き出したように、カフカもやはり事の成り行きから甲村記念図書館で働くことになります。
 

* エディプス・コンプレックスの回帰としての「異界体験」

 
ところでカフカが父親からかけられた「呪い」とは「いつか父親を殺し、いつか母親と姉と交わる」というものです。一見してわかるようにこの「呪い」はギリシア悲劇のオイエディプス物語が下敷きとなっています。そして精神分析の始祖、ジークムント・フロイトはこのオイエディプス物語と同様の構造を幼児期の心的葛藤に見出して、これを「エデェプス・コンプレックス」と名付けました。
 
こうしたフロイト流「エデェプス・コンプレックス」の筋書きに従えば、子どもは父親からの「去勢の脅威」に屈して母親への近親相姦欲求を断念し、むしろ父親を理想化することになります。フロイトによれば男児の「正常な」発達過程とは、このような「エディプス・コンプレックスの克服」にあります。
 
ところがカフカは父親からの「いつか父親を殺し、いつか母親と姉と交わる」という父親の「呪い」をことごとくメタフォリカルなレベルで実現させていきます。これはかつて「(フロイトに言わせれば)克服」したはずのエディプス・コンプレックスが思春期における「異界体験」として回帰しているとも言えます。
 

* 思春期における性と暴力

 
我々は「こちら側」と「あちら側」の二つの位相が折り重なる多層的な現実を生きています。 「こちら側」とはこの端的な日常のことであり「あちら側」とはその日常の中に唐突に「不気味なもの」として現れる、いわば「異界」ともいうべき非日常です。
 
多くのこころの不調や逸脱行動は「こちら」への最適化の失敗に起因します。こうした時、問題を「こちら側」だけの視点で考えても解決しないことが多いわけでして、一旦は「こちら側」だけでなく「あちら側」の視点から考えないといけないこともあります。
 
そしてこのような意味での「異界」に最も接近する時期が心身の急激な変化の途上にある思春期です。思春期における「異界体験」は具体的には「性」や「暴力」といった形で現れます。カフカが父親から刷り込まれた「いつか父親を殺し、いつか母親と姉と交わる」という不吉な予言は来るべき思春期における「性と暴力」のメタファーとも言えます。
 
思春期における「性と暴力」はしばし子どもを圧倒してしまいます。こうした「性と暴力」への対峙は子どもの人格形成において極めて重要ではありますが、そのまま「あちら側」の非日常に魅入られてしまったりすると、今度は「こちら側」の日常に戻って来れなくなります。
 
そこで必要なのは「あちら側」への回路を開きつつも、なおかつ「こちら側」に折り返すということです。こうして「あちら側」の非日常と「こちら側」の日常という多層的な現実の中に自分を位置づけていく。この過程こそが自分なりの生の〈物語〉を見出して、その〈物語〉を生きていくということです。
 

*「悪」に抗うための〈物語〉

 
ここでいう自分なりの生の〈物語〉とは、この世界の布置を自分なりに物語るということです。こうした意味で、かつてのような社会共通の〈物語〉が失墜した現代には様々な〈物語〉が溢れてかえっています。中には「カルト」とか「原理主義」などと呼ばれるとんでもない〈物語〉もあります。
 
こうした状況において村上氏は常に時代が産み出す「悪」に抗うための〈物語〉を提示しようとしてきました。ここでいう「悪」とは、かつては国家主義的なビッグ・ブラザーとして、いまは市場主義的なリトル・ピープルとして、個人の生を規定してきたシステムのことに他なりません。
 
もっとも「悪」の形の時代的変容に伴い村上氏の〈物語〉を支える倫理的作用点も変化します。放って置いても衰退しつつあったビッグ・ブラザーに対しては「やれやれ」と突き放しておけば良かったけれど、これに代わって台頭し始めたリトル・ピープルに対しては何らかの関わり合いを避けては通れない。こうして生じたのが周知の通り「デタッチメントからコミットメントへ」という転換だったわけです。
 

*「世界の終わり」からの帰還

 
本作終盤でカフカは村上氏の代表作である「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を彷彿させる外部から隔絶した幻想的な世界を訪れます。
 
この点「世界の終わり」では幻想の中にとどまることで「責任」を取る「デタッチメント」の美学が貫かれました。これに対して本作では幻想にとどまることなく現実を生きることで「責任」を取る「コミットメント」の倫理が鮮明に打ち出されています。
 
こうしてみると本作は三四郎的成熟観=近代教養小説的成熟の影に隠れていた坑夫的成熟観=「別の仕方」での成熟を、ビッグ・ブラザーなき後のリトル・ピープルの時代における「コミットメント」の倫理へと洗練させた〈物語〉と言えます。
 
もっともこれは多様な読みを誘発する本作のひとつの読み方に過ぎません。本作も坑夫と同様に「そういう『何を言いたいのかわからない』という部分が不思議に心に残る」類の作品です。乱反射するプリズムの如く、本作は読み手によってはまったく違う〈物語〉を見せてくれるでしょう。夏の季節に相応しい読後感爽やかなこの怪作を読み終えた時、あなたはきっと、まさにあなただけの「海辺のカフカ」を発見しているのではないでしょうか。