かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

2024-01-01から1年間の記事一覧

日常の中に生じる崇高--最果タヒ『恋と誤解された夕焼け』

* いかにして現代詩と「和解」するか 詩人の渡邊十絲子氏は『今を生きるための現代詩』(2013)において自身が詩を書き始めた1980年代に比べて現代では詩というジャンルそのものが凋落の一途を辿っていることを指摘し、現代詩が敬遠される理由としてそもそ…

柳田国男の山人論からアソシエーションへ

* 柳田国男の山人論 日本民俗学の祖、柳田国男はその初期において『後狩詞記』(1909)『遠野物語』(1910)をはじめとする一連の民間伝承に関する論考を発表していますが、そこでのテーマとしているものの一つに「山人」の問題があります。ここでいう「山…

柳田国男と氏神信仰

* 学問救世としての民俗学 日本民俗学の創始者、柳田国男は1875年(明治8年)に兵庫県の神東群辻川村(現在の神崎郡福崎町)に生まれ、1900年(明治33年)に東京帝国大学卒業と同時に農商務省に入省し、それからほぼ20年ものあいだ官僚として農業政策に携わ…

昭和のジョゼ、平成のジョゼ、令和のジョゼ--田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』

* 女性障害者の恋愛と性 芥川賞作家、田辺聖子氏が1984年に発表した短編小説「ジョゼと虎と魚たち」は原作発表から19年後の2003年に実写映画化(監督:犬童一心)されたことがきっかけで注目を集め、さらにその17年後の2020年にはアニメーション映画化(監…

民俗学とはいかなる実践か

* 民俗学という知 民俗学はまずイギリスに起こりました。1846年、イギリスの作家、ウィリアム・トムスが従来の古俗や古謡の総称としてフォークロアの術語を提唱し、その内容は「伝統的信仰伝説および庶民のあいだに行われている風習、生活様式、慣習、宗教…

西田幾多郎と京都学派

* 西田幾多郎とは何者なのか 日本を代表する哲学者、西田幾多郎(1870年〜1945年)の前半生は意外と波乱に満ちたものとなっています。金沢の旧制四高をその校風に反発して中退した西田は、1894年に東京帝国大学の選科生(現代でいうところの聴講生)を修了…

分かり合えなさのなかで手をつなぐ--『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』

*「まどか」の名を冠するに相応しい物語 魔法少女まどか☆マギカ。新房昭之氏、虚淵玄氏、蒼樹うめ氏をはじめ、スタジオシャフト、劇団イヌカレー、梶浦由記氏といった多彩な才能のコラボレーションによって生み出された同作は2011年、東日本大震災の翌月に…

コミットメントとコンステレーション--村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』試論

*「読書」が「ノイズ」となった時代 文芸評論家の三宅香帆氏は近著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(2024)において、近代以降の日本社会における「労働」と「読書」の関連性を俯瞰した上で、現代における「読書」は「ノイズ」になったと論じてい…

これから千葉雅也に入門するためのおすすめ5冊

* 勉強の哲学(2017年) 勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫) 作者:千葉 雅也 文藝春秋 Amazon ⑴ 自由になるための自己破壊としての「深い勉強」 日本における現代思想シーンを牽引する哲学者の1人である千葉雅也氏はフランス現代思想にお…

ケアの倫理と再生産的未来主義--多和田葉子『献灯使』

* 文学におけるケアの倫理 一般的に「ケア」とは子ども、高齢者、障害者、病人などに対する世話、気遣い、介助、介護、看護といったことを指す言葉であり、多かれ少なかれケアされる側の依存とニーズが伴うものです。そのため自律的な市民を要請する近代リ…

母娘関係の脱構築--三宅香帆『娘が母を殺すには?』

*〈母〉なるものという病理 臨床心理学者の河合隼雄氏は『母性社会日本の病理』(1976)において、ある社会や文化の持つ特性は父性原理と母性原理という相対立する二つの原理のバランスの取り方に規定されているとして当時、急増しつつあった登校拒否症やわ…

正解なき問いを考えるために--北出栞『「世界の終わり」を紡ぐあなたへ』

*〈セカイ系〉という想像力 ゼロ年代初頭のオタク系文化において一世を風靡した〈セカイ系〉という言葉があります。この言葉が初めて公に用いられたのは2002年10月31日、ウェブサイト「ぷるにえブックマーク」の掲示板に投稿された「セカイ系って結局なんな…

承認の時代におけるデタッチメント--宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』

* 異色の本屋大賞受賞作 本屋大賞とは2004年に設立された比較的新しい文学賞です。書店員有志が立ち上げたNPO法人である本屋大賞実行委員会が主催する同賞の特徴はノミネート作品および受賞作が全国の書店員の投票によって決定される点にあります。 同賞の…

言語ゲームと物語--近内悠太『利他・ケア・傷の倫理学』

* 壁と卵 2009年2月15日、村上春樹氏はエルサレム賞の受賞式において「壁と卵」という名で知られる有名なスピーチを行っています。同賞はノーベル賞への登竜門として知られる一方、時のイスラエル政府の強い影響下にある極めて政治色の強い賞としても知られ…

他者性の泡立ちとしての読書--三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』

*『花束みたいな恋をした』から考える「労働」と「読書」をめぐるアポリア 2021年に公開された映画『花束みたいな恋をした』は若年層を中心にSNS上で幅広い共感を呼び「はな恋現象」と呼ばれる社会現象を巻き起こし、映画としても多方面から近年稀にみる高…

幸せの在り処をめぐって--CLAMP『カードキャプターさくら クリアカード編 1〜16』

* 魔法少女の系譜とカードキャプターさくら 1996年から2000年まで少女雑誌『なかよし』で連載された創作集団CLAMPの不世出の名作『カードキャプターさくら』は少女漫画の枠組みを超えて幅広い支持を獲得し、ゼロ年代以降のポップカルチャーにおける「魔法少…

リズムのあいだ、あいだのリズム--千葉雅也『センスの哲学』

* 有限性の哲学--意味がある無意味と意味がない無意味 千葉雅也氏の哲学をあらわすキーワードの一つに「有限性」というものがあります。ここでいう「有限性」とは物事の「意味」と「無意味」をめぐる問題に関わっています。千葉氏は『意味がない無意味』…

これから東浩紀に入門するためのおすすめ7冊

* 訂正する力(2023年) 訂正する力 (朝日新書) 作者:東 浩紀 朝日新聞出版 Amazon ⑴「訂正可能性」から読み解く東思想 昨年、批評家デビュー30周年を迎えた東浩紀氏は1993年にかつての「ニューアカデミズム」を牽引した柄谷行人氏と浅田彰氏が編集委員を務…

臨床行動分析から読み解く『窓ぎわのトットちゃん』と『ぼっち・ざ・ろっく!』

* 行動療法の歴史と臨床行動分析 はじめてまなぶ行動療法 作者:三田村仰 金剛出版 Amazon 我々は主体的に行動しているつもりでも実際のところ、その「行動」は自身が置かれた「環境」に規定されています。ここでいう「環境」とは身体や住居といった物理的環…

訂正されるコミュニケーション--佐藤俊樹『社会学の新地平』

*「社会学」の誕生とマックス・ウェーバー 「社会という秩序はいかにして可能になるか」を考察する「社会学」という学問は19世紀に始まりました。18世紀末に起きたフランス革命はヨーロッパの知識人に二つの革命的な考え方をもたらしました。第一に政治体制…

自己治療としての批評--岩川ありさ『物語とトラウマ』

* トラウマという領域 戦争や災害や事件や事故といった出来事はしばし人のこころに「トラウマ」と呼ばれる深い痕跡を残します。従来、トラウマをめぐる研究は精神医学、心理学、文化人類学、当事者研究といったさまざまな学問領域において多角的な視点から…

「正しさ」をめぐる思考実験--九段理江『東京都同情塔』

*「訂正」される「正しさ」 批評家の東浩紀氏は近著『訂正する力』(2023)において過去との一貫性を主張しながらも実際には過去の解釈を変えて現実に合わせて変化する力としての「訂正」の論理の重要性を説いています。人間の行うコミュニケーションには奇…

差異と反復の詩学--最果タヒ『十代に共感する奴はみんな嘘つき』

* 差異と同一性 通常、人は「同一性(おなじもの)」を基準としてそこから逸脱したものを「差異(ちがうもの)」として位置付けます。このような意味で人の経験は「同一性」なくしては成り立ちません。しかし実際の経験の流れの中に身を浸してみると、事物…

人間の消滅から人間の再発明へ--客的-裏方的二重体の時代

* 人間の消滅とポスト・ヒューマニズム ポスト構造主義を代表する思想家の1人であるミシェル・フーコーは『言葉と物』(1966)において「人間の消滅」という挑発的なテーゼを提示して一躍時代の寵児としての地位を確立しました。難解な専門書にもかかわらず…

映画は90分で何を語り得るか--『映画大好きポンポさん』

* 映画90分説 フランス文学者にして映画評論家の蓮實重彦氏は「映画90分説」というものを提唱しています。いうまでもなく、これは映画の上映時間の話です。氏は近著『見るレッスン』(2020)においても映画というものはほぼ90分で撮れるはずであると述べ、…

大江文学における〈物語〉--尾崎真理子『大江健三郎の「義」』

* 大江健三郎と柳田国男 1979年に発表された大江健三郎氏の代表作の一つである『同時代ゲーム』は日本における本格的なポストモダン小説の先駆けとして評価される一方で、批評家の小林秀雄氏が「二ページでやめた」と大江氏自身が自虐的に伝えるほどに極め…

クィア・ケア・訂正可能性--武内佳代『クィアする現代日本文学』

* クィア理論と文学 一般的に「クィア理論 Queer Theory 」とは1990年にカルフォルニア大学サンタクルーズ校の学術会議におけるテレサ・ド・ラウレティスの提唱した用語が起源とされています。日本語では「変な」「奇妙な」などと訳される「クィア」という…