* ミリ萌えの金字塔としてのストライクウィッチーズ
「ミリタリー萌え」なるジャンルは2006年に創刊された萌え軍事専門誌「MC☆あくしず」や2007年に放映されたアニメ「スカイガールズ」などを経てゼロ年代のオタク系文化の中でニッチながらもひとまず一定の知名度を得ることになります。こうした中でスカイガールズのキャラクター原案を手がけた島田フミカネ氏が2005年から「コンプエース」という雑誌で連載していたイラストコラムを原案として2008年にテレビアニメ第1期が放映された「ストライクウィッチーズ」はミリ萌え作品としてはこれまでにない規模のヒットを果たしました。
同作はあの「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」という衝撃的なキャッチコピー(正確には第1期放映時に実施されたキャンペーンの名称)に極まる萌え要素の欲張りセットの如きキャラクターデザインを緻密な軍事考証によってアクロバティックに成立させたゼロ年代深夜アニメの怪作であり、このような同作の特異的な達成が「ガールズ&パンツァー」や「艦隊これくしょん」といった2010年代におけるミリ萌え作品の成功を準備したともいえるでしょう。
同作の世界観設定は次のようなものです。人類は古代より「怪異」と呼ばれる人外の脅威との戦いを繰り広げていた。その戦いの中で常に先頭に立っていたのは「ウィッチ」と呼ばれる年若き魔法少女たちであった。そして20世紀になってますます強力化する怪異に対抗すべく人類はウィッチの魔法力を増幅する魔導エンジンを搭載した「ストライカーユニット」を開発した。
ところが1939年(現実世界における第二次世界大戦開始年)には、さらに圧倒的な力を持つ怪異が世界各地に出現し、パリやベルリンといったヨーロッパの主要都市が次々と制圧されていった。人類はこの怪異を「ネウロイ」と呼称し、連合国は一大反攻作戦を計画する。その一環として各国のエース級ウィッチを招集してブリタニア連邦(イギリス)で連合軍第501統合戦闘航空団(501JFW)こと通称「ストライクウィッチーズ」が立ち上げられることになった。
扶桑皇国(日本)の一女学生であった宮藤芳佳は、その強力な魔法力を見込まれて501JFWの戦闘隊長、坂本美緒からスカウトされる。将来は医師志望で戦争を強く忌避する芳佳でしたが「守りたい」という意志とストライカーユニットの開発者である父の遺志を継ぎ、501JFWの一員となり激動の欧州戦線に身を投じることになります。
* そしてワールドウィッチーズへ
第1期のヒットを受けて2010年には第2期である「ストライクウィッチーズ2」が放映され、同作では宮藤が師匠的存在である坂本を乗り越えるという少年漫画的な王道展開を軸としつつ、その他のウィッチ達にも光を当てることで作品の世界観をより深めていく構成になっています。さらに2012年にTV版の正統な続編となる劇場版が公開され、2015年には同作に関連した漫画、小説、ゲームといった一連のメディアミックス展開が「ワールドウィッチーズ」と呼ばれるようになりました。
この「ワールドウィッチーズ」の名を初めて公式に冠した作品が2016年にアニメ化された第502統合戦闘航空団(502JFW)の活躍を描く「ブレイブウィッチーズ」です。時系列として同作は501JFWの1期と2期の間に相当し、501JFWが欧州西部(第1期)と欧州南部(第2期)を担当していた部隊であるのに対して502JFWは欧州東部を担当する部隊となります。そして2020年には501JFW10年ぶりの第3期となる「ストライクウィッチーズRORD to BERLIN」が放映され、欧州中央に位置する帝政カールスラント(ドイツ)の首都ベルリン奪還作戦が描かれます。
これらの作品により「ワールドウィッチーズ」という名の「架空戦記」は時間的にも空間的にもかなり広範な部分の映像化が達成されたことになります。ゼロ年代以降、大量の深夜アニメが市場に氾濫し始め、毎年多くの「覇権アニメ」が現れては消えていく昨今において、イラストコラムから数えると20年近くに及ぶ同シリーズのメディアミックス展開の継続はアニメーション史上特筆すべき出来事といえます。
* 戦わなくても、ウィッチです!
そしてこのワールドウィッチーズのアニメ最新作となるのが昨年放映された本作「連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ」です。そのあらすじは次のようなものです。
舞台は1944年(501JFW第1期と同時期)のブリタニア連邦。人類はネウロイとの長い戦いの最中にあった。ブリタニアの片田舎から列車に揺られ、はるばる首都ロンドンへやってきた本作の主人公、ジニー(ヴァージニア・ロバートソン)はウィッチであるミラーシャ(リュドミラ・アンドレエヴナ・ルスラノヴァ)といのり(渋谷いのり)と出会い、自身もウィッチであることを知る。
その頃、かつて「ダイナモ作戦(ガリア撤退戦)」で活躍した元ウィッチ(ウィッチは20歳を過ぎる頃に魔法力を喪失する)で現在は小さな音楽隊を指揮するグレイス(グレイス・メイトランド・スチュワード)は、長期化したネウロイとの戦いの中で疲弊した人々を支える「音楽」の必要性を軍上層部に訴えるもまるで相手にされず一人憤慨しながら帰る途中で偶然ジニーの歌--Amazing Grace--を耳にして「新しい音楽隊のかたち」を閃き早速、音楽隊の新規隊員を募集する。けれども面接にやってきたのは、さまざまな事情でそれぞれの部隊で居場所を無くした落ちこぼれのポンコツウイッチばかりであった。
こうして様々な紆余曲折を経た末にともかく立ち上げられたウィッチ音楽隊はブリタニアのとある寒村で日々の練習に励んでいた。当初「戦わないウィッチ」を訝しげな目を向けていた村人達であったが、やがて少しずつ「歌うウイッチ」に理解を示していく。そして村でのお披露目コンサートを見事成功させた彼女達は村の子供達から貰った名--LUMINOUS--を背負い、世界中の人々に希望の光を届けるべく旅立つのであった。
本作は501JFWが人類史上初めて「ネウロイの巣」を撃破しガリア共和国(フランス)を解放した時期の話であり、いわば本作は501JFW第1期を補完する位置付けも担っています。また従来の作品では設定としては存在しながらもほとんど描かれてこなかったウィッチの「使い魔」の存在が物語の鍵を握るという点も本作の大きな特徴です。
* 音楽とポンコツ
このように本作は「戦わないウィッチ/歌うウィッチ」というシリーズ中でも異色のコンセプトを持つ作品であり、ひとまずジャンル的には「魔法少女」と「アイドル」を合体させた作品といえます。
もっとも「ストライクウィッチーズ/ワールドウィッチーズ」は元々から音楽との関わりが深い作品です。501JFWのミーナ(ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ)とサーニャ(サーニャ・V・リトヴャク)はかつては音楽を志しており、501JFW第1期ではミーナの歌唱とサーニャのピアノによる「リリー・マルレーン」が披露されています。また同シリーズからは関連商品として夥しい数の「秘め歌コレクション」という名のキャラソンが発売されています。
その一方で、同シリーズ最初期に公刊された故ヤマグチノボル氏の手による「スオムスいらん子中隊(2006)」という外伝小説は落ちこぼれのポンコツウィッチの奮闘に光が当てられた作品でした。そしてシリーズ史的には、この「スオムスいらん子中隊(スオムス義勇独立飛行中隊)」という部隊こそが後の統合戦闘航空団構想の起源とされています。
こうしてみると「ストライクウィッチーズ/ワールドウィッチーズ」の最底部には「音楽」と「ポンコツ」というテーマが伏在しているようにも思えます。そうであれば、本作は単に「魔法少女」と「アイドル」という鉄板ジャンルを単純に合体させてみた作品というだけでなく、シリーズの通奏低音を成している「音楽」と「ポンコツ」という二つのテーマを改めて統合させた作品であるともいえるでしょう。
* データベース消費から再び物語消費へ
ゼロ年代を代表する批評家の東浩紀氏は「動物化するポストモダン(2001)」においてオタク系文化における消費行動が「物語消費」から「データベース消費」へと移行していることを指摘しています。ここでいう「物語消費」とは個々の作品の背後にある「大きな物語(世界観設定)」を消費する行動様式であり、これに対して「データベース消費」とは個々の作品を通じて「萌え要素」といった「データベース(非物語的な情報の集合体)」を消費する行動様式をいいます。
もっとも「物語消費」から「データベース消費」への移行は、必ずしも個々の作品の背景にある「大きな物語(世界観設定)」の衰退を意味するところではありません。むしろゼロ年代以降の深夜アニメにおいては「データベース消費」を強力に加速させるための支援装置として「大きな物語(世界観設定)」が逆説的に要請されることになりました。
こうした意味で「兵器」と「少女」の組み合わせというまさしく「データベース消費」の極致の如き企画から出発しながらも、その後の様々なメディアミックス展開を通じて、やがて壮大な「大きな物語(架空戦記)」を構築した「ストライクウィッチーズ/ワールドウィッチーズ」は「データベース消費」を徹底する事で逆説的に「物語消費」を復権させたゼロ年代以降における稀有な例といえるでしょう。
そして本作「ルミナスウィッチーズ」もまた、セールス的な成功はともかくとして、少なくとも「ストライクウィッチーズ/ワールドウィッチーズ」という名の「大きな物語(架空戦記)」にさらなる深みと彩りを与えた作品であることは間違いないように思えます。