かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

デタッチメントからアンチ・ソーシャルへ--村上春樹『ノルウェイの森』試論

 

* 村上春樹の代名詞

 
村上春樹氏は河合隼雄氏との対談集『村上春樹河合隼雄に会いにいく』(1996)において小説を書き始めたきっかけは、いま思えば「自己治療のステップ」であったと振り返っています。周知のように村上氏は1978年、29歳のある日、明治神宮球場でビールを飲みながらヤクルトスワローズの試合を観戦していた最中に突然「そうだ、小説を書こう」という天啓が閃き、当時経営していたジャズ喫茶「ピーター・キャット」を切り盛りする傍らで毎日細切れの時間を見つけては小説を書くようになります。その結果生まれたデビュー作『風の歌を聴け』(1979)について氏は同対談において「文章としてはアフォリズムというか、デタッチメントというか、それまで日本の小説で、僕が読んでいたものとまったく違ったものになった」と述べています。
 
ここでいう「デタッチメント」について村上氏は川上未映子氏との対談集『みみずくは黄昏に飛びたつ』(2017)において「60年代の学園紛争の幻滅感」に由来したものであると述べています。すなわち、当時の学生運動の根底には「世界は基本的により良い場所になっていく」はずであるという「理想主義」があったはずなのに、それが「あっさり潰されてしまったこと」に対する幻滅が強く「いわゆる新左翼的な人たちの物言いに抵抗感があって、そういうものを回避しながら、自分の言いたいことを表現するには、いったいどうすればいいのか」という模索の中から表明された態度こそが「デタッチメント」であったということです。
 
けれども小説家としてやっていくためにはそれだけでは足りないと感じていた氏はその「デタッチメント」の部分をだんだんと「物語」に置き換えていくようになります。その試みは初の本格的な長編である『羊をめぐる冒険』(1982)を経て氏の代表作の一つとなる『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)へと結実しました。そして、ここから氏がさらに作家としてもう一段階の成長を遂げるべく「個人的実験」として「リアリズムの文体」を追求した作品が氏の5作目の長編小説であり、村上春樹という作家の代名詞ともなるベストセラー小説『ノルウェイの森』(1987)です。
 

* 美少女ゲームのような物語?

本作『ノルウェイの森』は2009年の時点で単行本上下巻と文庫本の総発行部数が1340万部に達したとされています。また本作は2010年にはトラン・アン・ユンの脚本・監督で映画化もされています。その一方で本作は村上氏自身によって「もうこういうのは二度と書きたくない」「あくまで例外」という鬼子のような作品として語られています。本作のあらすじは次のようなものです。
 
時に1968年春、東京の私立大学に入学した主人公の「僕(ワタナベトオル)」はある日、自殺した高校時代の友人キズキの恋人だった直子と偶然、東京で再会します。やがて二人は休日に会い、デートを重ねるようになり、翌1969年の4月、直子の20歳の誕生日に「僕」はどういうわけか情緒不安定になってしまった彼女と成り行きで一晩を共にすることになりますが、その直後、彼女は消息を絶ってしまいます。
 
5月になると「僕」の通う大学は「大学解体」を叫ぶ学生達によるストに突入します。7月に直子から「僕」に手紙が届き、その文面から現在の彼女が何らかの精神の不調を抱えていることが窺い知れました。その後、大学には機動隊が入り、立てこもっていた学生は全員逮捕されます。こうして機動隊の占拠下で講義が再開された9月「僕」はたまたま同じ講義に出席していた緑という同級生女子と懇意になります。
 
そんな折、直子から手紙が届きます。「僕」は現在彼女が入所している京都の療養施設「阿美寮」を訪れ、直子や年長のルームメイトであるレイコと数日を過ごすことになります。その後、しばらく「僕」は直子と手紙をやりとりして「僕」の誕生日の3日後には直子からレイコと一緒に編んだというセーターが届きました。冬にも「僕」は再び「阿美寮」を訪れますが、この頃から彼女の病状は少しずつ悪化の兆しを見せていました。
 
そして1970年となり「僕」はそれまで住んでいた学生寮を出て吉祥寺の郊外の一軒家でひとり暮らしを始めます。4月初めレイコから直子の病状が悪化したことを伝える手紙が届きます。6月半ば、2か月ぶりに再会した緑から好意を告げられた「僕」はレイコに今後自分はどうすればよいかという教えを乞う手紙を書き、レイコの返事は緑との交際を勧めるようなものでした。
 
その後「僕」は直子が自死したことをレイコから知らされます。葬儀の後「僕」が1ヶ月の放浪の末に東京に戻るとほどなくしてレイコから手紙が届きます。レイコは8年間過ごした阿美寮を出ることにしたといいます。東京で「僕」と再会したレイコは「僕」の家で直子の葬式をやり直そうと提案します。翌日、旭川へ向かうレイコを上野駅まで送った後「僕」は緑に電話をかけてその想いを伝えます。
 
こうして改めてあらすじを書き出してみますとまるで一昔前の美少女ゲームのメリー・バッドエンドのようにもみえてきますが、このような印象はもちろん転倒しているわけで、美少女ゲームを始めとしたゼロ年代以降のオタク系文化全体の方こそが本作の決定的な影響下に置かれていたといえます。ある意味で本作は純文学の世界以上にサブカルチャーの領域に絶大なインパクトをもたらした作品といえるでしょう。
 

* デタッチメントの到達点?

 
先述したような村上氏が小説を書くようになった経緯からいえば本作は氏のいうところの「自己治療のステップ」としての「デタッチメント」を「リアリズムの文体」によって突き詰めた作品であると、ひとまずはいえるでしょう。例えば宇野常寛氏は村上作品を包括的に論じた『リトル・ピープルの時代』(2011)において見田宗介氏と大澤真幸氏の議論を批判的に継承して戦後日本社会を「ビッグ・ブラザーの時代(〜1968年)」「ビッグ・ブラザーの解体期(1968〜1995)」「リトル・ピープルの時代(1995〜)」という3つの時代に区分した上で、1960年代末の「政治の季節」の終焉から出発した作家である村上氏が打ち出した「デタッチメント」という倫理を「ビッグ・ブラザーからのデタッチメント」として捉え、かかる「デタッチメント」の徹底を「ナルシシズムの記述法」として確立した作品が本作であると位置付けています。
また宇野氏は再度村上作品を論じた近著『砂漠と異人たち』(2022)においても本作は「デタッチメント」という新しい生のモデルから「60年代末の記憶」を清算したものであると述べています。本作において「僕」は古い時代の象徴(=直子)の死を受け入れて新しい時代の象徴(=緑)へと手を伸ばします。本作は「あなた、今どこにいるの?」という緑の問いかけを受けた「僕」の「僕はどこでもない場所のまんなかから、緑を呼びつづけていた」というモノローグによって幕を閉じますが、この結末に村上氏自身の創作コンセプトが示されていると宇野氏はいいます。すなわち、そこが「どこでもない場所」でしかあり得ない新しい時代の中で世界に触れるための蝶番(=緑が体現するもの)を求める行為こそが「デタッチメント」のもたらす虚無に耐えることができる「ナルシシズムの記述法」を完成させるために必要であったということです。
こうしてみる限り本作は村上氏がデビュー以来模索し続けてきた「デタッチメントの到達点」として宇野氏のいうところの「ナルシシズムの記述法」を提示した作品といえるでしょう。もっともその後、阪神大震災地下鉄サリン事件に象徴される1995年前後において村上氏はよく知られた「デタッチメントからコミットメントへ」という転回を果たすことになります。すなわち、マルクス主義に象徴される「ビッグ・ブラザーの時代」が生み出した「悪」の解体を見届けた氏はここからさらにオウム真理教に象徴される「リトル・ピープルの時代」がもたらす「悪」との対峙へ向かうことになりました。
 
では、いまや本作は「デタッチメントからコミットメントへ」という転回によって乗り越えられた過去に属する作品ということになるのでしょうか?そもそも「本当に」本作は「デタッチメントの到達点」であるといえるのでしょうか?
 

* 永沢さんという存在

 
本作は村上氏自身が手掛けた「100パーセントの恋愛小説」というキャッチコピーや氏の「直子のいる京都の療養所の世界、あっちの世界だし、緑のいる東京の世界、これはこっちの世界」といった自作解説を踏まえて、主人公である「僕」をめぐる2人のヒロインである直子と緑が持つ「陰と陽」「死と生」「内閉と開放」「過去と未来」といった対照性から、前者を葬送して後者を希求する過程として「僕」の「恋愛」を描き出した作品として一般的に読み解かれてきました。
 
これに対して加藤典洋氏は『村上春樹は、むずかしい』(2015)において本作が「これまでにないダイナミズム」を持つことになった要因として、この2人のヒロインの対照性に加え「僕」が入所した学生寮の先輩である「永沢さん」の存在に注目します。
東京大学法学部の学生である永沢さんは裕福な実家と優秀な頭脳と卓抜したコミュニケーション能力を併せ持った人物として描かれます。永沢さんは外交官を志望しています。その理由として彼は「ゲームみたいなもんさ。俺には権力欲とか金銭欲とかいうものはほとんどない」「ただ好奇心があるだけなんだ。そして広いタフな世界で自分の力を試してみたいんだ」と述べます。
 
そして彼は「理想というようなものも持ち合わせてないんでしょうね?」と問う「僕」に対して「もちろんない」「人生にそんなもの必要ないんだ。必要なものは理想ではなく行動規範だ」と断言します。
 
この点、加藤氏は同書において村上氏がその前半において「デタッチメントの作家」であったという一般的な評価について「デタッチメントをどのように受け取るかによるにせよ、これはさほど正確な把握ではない」と述べています。そして加藤氏は村上作品における「デタッチメント」をある意味で真に体現した存在として本作の永沢さんを位置付けています。どういうことでしょうか?
 

*「マクシム」としてのデタッチメント

 
まず加藤氏は村上氏のデビュー作『風の歌を聴け』は次のような二つの点で戦後の日本文学史において画期的な意義を持っているといいます。
 
その一つは同作が戦後の日本文学史に表れた最初の「肯定的なことを肯定する」ことに自覚的な作品であったということです。換言すればそれは「否定性を否定する」ということでもあります。この点「近代」とは既存の秩序や権威を否定するという「否定性」に駆動された時代であったといえます。こうしたことから「近代」における文学もまた既存の秩序や権威を象徴する〈家〉や〈父〉に対する「否定性」を反復して描き出してきました。これに対して同作が描き出した「肯定的なものを肯定する」という態度は、このような従来の文学における「否定性」への依存を断ち切ることを意味しています。
 
もう一つは「近代」における「否定性を否定する」ことが同作の中で「悲哀を浮かべている」ということです。「近代」が終わりつつあった当時「否定性」に駆動された従来の文学は一般社会から徐々に「古めかしいもの」「暗いもの」として忌避されるようになり、もはや肺結核にかかり青白い顔を浮かべることに何の文学的意味もなくなってしまいました。こうした時代の転換期において同作は「近代」という時代を駆動してきた「否定性」の没落をいち早く受け入れながらも同時にその「悲哀」をも繊細に描き出していました。
 
そしてその後、1980年代に入ると消費化と情報化を核とした高度資本主義社会の全面化やポストモダン状況の進展によって、同作が予告した「肯定的なものを肯定する」という態度がもう誰も否定できない現実となって姿を表すことになります。こうして時代が「欲望の全肯定」へと向かう中、村上氏は社会とのあいだに距離を置く「デタッチメント」に自分の足場を見出すようになりました。
 
ここでいう「デタッチメント」を加藤氏はカント哲学でいうところの「マクシム」として捉えています。すなわち、当時の村上氏は万人共通の定言命題としての「モラル(道徳)」が失効した時代における抵抗の起点を個人的な行動規範としての「マクシム(格率)」に見出そうとしていた、ということです。
 

* デタッチメントから遠く離れた場所で

 
このような「マクシム」としての「デタッチメント」は当時『羊をめぐる冒険』などの新しい主人公像を通じて若い読者に圧倒的に支持されることになりました。そして本作におけるこの「マクシム」としての「デタッチメント」の正統な継承者こそが「理想」よりも「行動規範」を重んじる永沢さんです。けれども本作において(少なくとも「僕」の視点から見ると)永沢さんはどちらかといえばネガティヴなイメージで描かれています。
 
その一方で本作の「僕」は永沢さんのような堅牢な「マクシム」を持たない「普通の人間」として描かれています。ところが加藤氏はこの「僕」を村上作品史上で後にも先にもなく「画期的」な主人公像として評価しています。
 
加藤氏はその象徴的な例として次のような場面を挙げています。永沢さんにはハツミさんという恋人がいます。にもかかわらず永沢さんは女遊びをやめません。ハツミさんに好感を抱く「僕」は永沢さんに誘われてナンパの片棒を担ぎながらも永沢さんの振る舞いに倦厭の情を抱きつつもありました。
 
そんな中、永沢さんの外務公務員採用一種試験合格のお祝いの席上でハツミさんからなぜ大事な恋人がいるのに他の女と寝たりするのかと問い詰められた「僕」は「そういう肌のぬくもりのようなものがないと、ときどきたまらなく淋しくなるんです」と狼狽えながら釈明します。
 
このように本作の「僕」はかつてのような「マクシム」としての「デタッチメント」を遂行する従来の「僕」からは程遠い、行き当たりばったりでどっちつかずな人物として、あるいは無節操で無防備で凡庸ですらある人物として描かれます。
 
しかし換言すれば本作の「僕」は従来の「僕」のように「マクシム」という安全圏に立てこもることなく、その外側で実存的な生を徒手空拳で試みていたということです。だからこそ多くの読み手がこれまでの「僕」以上に本作の「僕」に対して親しみと共感を覚えたのではないでしょうか。こうした意味で本作はむしろ「デタッチメントの到達点」から遥か遠くの場所に位置する作品であるともいえるでしょう。
 

* クィアするノルウェイの森

 
ところでここまでみた本作の読解はいずれも、あくまで主人公の「僕」を中心とした読解です。これに対して武内佳代氏は『クィアする現代日本文学』(2023)において「僕」の語りの周辺部に位置するものとしてこれまで看過されがちだった直子やレイコさんといった阿美寮の女性たちの語りに目を向けたクィア・リーディングを提示しています。
この点、本作においては「僕」の直子への愛がその主調音をなしていますが、直子が自死した後この世界に残された「僕」が心の中で語りかける相手は直子ではなくキズキでした。ここで「僕」の「おいキズキ、お前はとうとう直子を手に入れたんだな」「直子はお前にやるよ」という語りは、フェミニズム批評の観点から女性をモノとしてやり取りすることに何の疑問も持っていないとして批判されていますが、その一方でこの「僕」の語りは直子への愛情がキズキとの強固なホモソーシャルな関係から成り立っていたことを示しています。さらに「僕」は大学入学後、永沢さんともホモソーシャルな関係を結ぶことになります。
 
ここでいう「ホモソーシャル」とはアメリカの文学者イヴ・コゾフスキー・セジウィックが提唱した概念で、女性の争奪・交換や同性愛嫌悪を媒介として成立する異性愛男性同士の連帯関係を指しています。そして同書はここでこうしたホモソーシャル性を単に非難するよりも「むしろ、直子がそうした彼らの絆をずらすようなパロディー的な態度をとること」に注目します。
 
例えば阿美寮での直子はレイコさんに「僕」を「ときどき貸してあげるわよ」と笑顔で言い放ち、レイコさんも「まあ、それなら悪くないわね」と応じており、また「僕」の20歳の誕生日にはレイコさんと合作したセーターを二人の手紙を添えて送るなど、いわば「僕」を媒介とした女性同士の親密な連帯関係を築いています。
 

* 直子におけるクィアな欲望

 
この点、直子にとってレイコさんは彼女の実の姉を彷彿させる存在です。直子が小学6年生の時に自死した彼女の姉はある意味でキズキ以上に親密な存在であり、むしろ直子はキズキの方に姉の面影を投影していた可能性があると同書はいいます。
 
すなわち、直子のキズキに対する性的不能は姉への性的欲望に対する二重の禁止、すなわち近親相姦と同性愛によるものとも読み解けます。また直子が隠し持つ亡き姉への深い欲望は直子の自死の仕方がキズキの自死排気ガス吸引)よりも姉の自死(首吊り)とよく似ていることからも窺うことができます。そうであれば直子の自死の背景にはキズキの死よりも姉の死の方が深く関わっていることが見えてきます。
 
こうしてみると第一章で「ノルウェイの森」を聴いた現在の「僕」が最初に引き戻された「草原の風景」での直子との謎めいたやりとりの意味も明らかになります。ここで直子は「僕」に「本当に深い」井戸に落ちて「ひどい死に方」をする恐怖を語りますが「僕」はその「井戸」を現実に実在する井戸としか受けてとめていません。けれども村上作品読解の通例に従い、ここでいう「井戸」を精神分析でいうところの欲動の溜まり場である「イド(id)」として読み解くのであれば、直子の恐怖とは自身の「イド」に存在する姉への強い性的欲望に対する恐怖であったことがわかります。
 
しかしながら何の疑問もなく異性愛規範を内面化している「僕」はそんな直子の「イド」に、すなわち近親相姦的でクィアな欲望に気づくことはありません。だからこそ直子は「僕」に対して「こうしてあなたにくっついている限り、私も井戸に落ちない」と語ります。すなわち「僕」の鈍感さが直子にとってはここで逆説的な救いになっているということです。
 
けれども阿美寮での直子は「僕」を媒介としてレイコさんとの間に再び亡き姉との強い絆を結び直し最終的に「イド」へと向かいます。そしてそれはレイコさんもまた直子との絆を求めていたことにも起因しています。
 

* レイコさんの正体

 
あらためてレイコさんとは何者なのでしょうか。「僕」は初めて阿美寮を訪れた際、一目でレイコさんに好感を持ち、以降レイコさんがもたらす情報に疑いを抱くことはありません。それは当然「僕」と視点を等しくする読者にも共有されます。しかしレイコさんが7〜8年もの間、阿美寮で暮らしている患者であることを考えると、果たして彼女の語りを文字通りそのまま受け止めていいのかという疑念が生じてきます。
 
まず同書は本作の20分の1にも相当する過剰な語りであるレイコさんの(彼女が阿美寮に入寮するきっかけとなった)レズビアン体験の告白に注目します。ピアニストになる夢を断念した彼女は結婚後「天使みたいにきれい」で「病的に嘘つき」な少女にピアノを教えることになります。当時レイコさんは31歳、少女は13歳です。
 
しかし少女は「筋金入りのレズビアン」でレイコさんはレッスン中に肉体関係を迫られます。そしてレイコさんの「もっとしてほしかったのよ。でもそうするわけにはいかないのよ」という言葉は同性愛的な欲望を自認しながらも社会の異性愛規範によって断念しなければならないという「抑圧」を語っているようにもみえます。
 
この点、同書はレイコさんと嘘つきの少女はアナグラムのように31歳と13歳という数字を入れ替えただけの存在であり、かつ「話しが上手くて」「人の感情を刺激して動かすのが実に上手い」と嘘つきの少女を評するレイコさん自身も「僕」が「シエラザード」に喩えるような魅惑的な語り手であることからレイコさんが「あの子」と呼ぶ嘘つきの少女は実はレイコさん自身ではないかと推測します。すなわち「ありとあらゆる嘘」をつき「自分でもそれを本当だと思い込んじゃう」という「虚言症」こそがレイコさんを長年、阿美寮にとどめさせた病にほかならないのではないかということです。
 

* レイコさんの語り/騙り

 
このように嘘つきの少女=レイコさんだとすれば彼女の「語り」は自ずから「騙り」の性質を帯びてきます。この点、直子の死までの約半年間について手紙で様子を知らせてきたのは直子本人ではなくレイコさんです。先に少しみたように「僕」はレイコさんと手紙をやりとりする中で緑への愛を告白し「僕はいったいどうすればいいのでしょう?」と相談を持ちかけ、レイコさんは「僕」に緑との交際を促しながらも「あの子には黙っていることにしましょう」と提案します。そして本作の第十章はこのレイコさんの手紙で閉じられます。
 
しかし次の最終章の冒頭では唐突な形で直子の死が伝えられることになります。このプロットは「あの子には黙っていることにしましょう」という約束が遵守されなかったことを物語っているようにも見えます。
 
もし仮に直子を自死に追いやったのがレイコさんだとすれば、一体それはなぜなのでしょうか?単純に異性愛主義的に捉えればそれは「僕」を直子から奪うためとも読めそうです。しかし嘘つきの少女=レイコさんだとすれば、彼女の欲望はやはりレズビアン的なそれとして読み解かれる必要があるのではないでしょうか?少なくとも事実として直子の死に際を「僕」に伝えるレイコさんの「語り/騙り」は濃厚なまでのレズビアン・エロティシズムに満ちています。
 
いかに阿美寮で絆を深めようと直子が同性愛者でない限りは、いずれレイコさんは直子を「僕」あるいは別の男性に譲り渡す日が来るでしょう。女性同士で手紙を綴ったりセーターを編んだり心を打ち明け合う彼女たちの寮生活は、いわばエスの関係が許容されていた女学生のモラトリアムのようなものでしかなく、レイコさんがそのような甘美なモラトリアムを永遠のものとするには直子の死の唯一の立会人になり、なおかつ「語り/騙り」によって直子とのロマンスをアクチュアルなものにしてしまう以外に方法はなかったでしょう。
 
そして、そのような「語り/騙り」を通して自己の抑圧していたクィアな欲望をアクチュアルのものとして結実させることができたからこそ彼女は8年もいた阿美寮を後にできたのではないかと同書は述べています。換言すればレイコさんは自身のうちに宿るクィアな欲望を実現するため「僕」と緑の恋愛を利用していたとさえいえるでしょう。
 

* デタッチメントからアンチ・ソーシャルへ

 
こうしてみると同書が指摘するように「僕」を介した直子とレイコさんの関係性は「僕」が反復するホモソーシャルな関係性の遊戯的な転換にとどまらず、その裏側には女性同士のクィアな愛のかたちと、その愛のかたちを永遠のアクチュアリティへと昇華する「語り/騙り」の力があり、そしてそれは「僕」が無自覚に依拠する異性愛主義を脱構築することになります。
 
さらに付言するのであれば、本作における「影の主役」とさえいえるレイコさんの振る舞いはクィア理論でいうところの「アンチ・ソーシャル的転回」を想起させるものがあります。ここでいう「アンチ・ソーシャル的転回」とはマジョリティにとって都合の良い限りでマイノリティとしてクィアを承認するような現代社会の傾向を批判する議論をいいます。
 
例えば、その一角と目されるクィア理論家リー・エーデルマンはその著作『ノー・フューチャー』(2004)所収の論考「未来は子供騙し」で現行社会における自明の「正しさ」とされる「(再)生産の信仰」を「再生産未来主義」と名指し、右派の優生思想のみならずリベラル左派がしばし掲げる「未来の子どもたちのために」などといった一見口当たりの良いスローガンを批判します。
 
エーデルマンはこうした〈未来=子ども〉というスローガンの奥に潜む、絶えざる再生産と保全を肯定する根源的に「保守的」な身振りを剔抉して、異性愛規範に基づく現行社会秩序が暗黙のうちに強制する(再)生産に反対し未来に反対し「死の欲動」を積極的に担う者、それこそがクィアであると主張します。
 
そうであれば社会に背を向け残りの人生を直子との思い出の世界の中で生きることを選んだレイコさんもまた、恐ろしくラディカルな形で「死の欲動」に取り憑かれた1人であったといえるでしょう。こうした意味においても本作は「デタッチメントの到達点」といった一般的な評価には到底回収し尽くせない複雑な響きとアクチュアルな問いを内在させた作品であるといえるのではないでしょうか。