かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

映画における神話と倫理

* 映画への希望と失望

 
かつて「映画は世界の認識を変える」と素朴に信じられた時代がありました。リュミエール兄弟が1895年にシネマトグラフを公開して以降、ある時期までのフランスでは「映画」という新時代のメディアは従来の時空間の観念を変容させ、伝統的な芸術の枠組みさえ揺るがすだろうという期待を背負っていました。
 
その背景には第一次世界大戦を一つの契機として勃興した前衛芸術運動があります。ここで「前衛」と「映画」は等号で結び付けられ、1920年代のフランスにおいては様々なアヴァンギャルド映画が生み出されることになります。フランスを代表する作家・演劇家の一人であるアントナン・アルトーもまた当時、新時代のメディアとしての映画に魅せられた一人でした。アルトーは「魔術と映画」と題された1927年のテクストで次のように述べています。
 
映画は、人間の思考の曲がり角に、すり切れた言語がその象徴力を失い、精神が表象の戯れにうんざりする、まさにその点に到来する。
 
(アントナン・アルトー「魔術と映画」)

 

このように1920年代のフランスにおいて映画とは人間の認識を若々しく甦らせるための救世主の如き存在として祭り上げられていました。ところがこうしたフランスにおけるアヴァンギャルド映画の潮流は結局のところ、見果てぬ理想を追求する過剰なマニフェストだけが一人歩きした結果として観念的な思考実験に自閉して大衆性から遊離したものとなり、やがてトーキーの普及による無声映画の終焉とともに衰退の道を辿ることになります。アルトーは「魔術と映画」を書いた僅か数年後に「映画の早発的老衰」と題された1933年のテクストで次のように述べています。
 
トーキー以来、言葉による解明がイメージの自然発生的で無意識の詩をはばんでいるだけでなく、イメージの意味の言葉により説明と完成が、映画の限界を指し示している。
 
(アントナン・アルトー「映画の早発的老衰」)
 

* アンドレ・バザンヌーヴェル・ヴァーグ

 
こうして芸術としての映画は1920年代の無声映画時代に頂点に達するも、その美学的な独自性と社会的な批判力はトーキー以後に失われるという映画史観がとりわけ左翼系の映画理論家たちの間で形成されることになりました。ところが第二次世界大戦後、こうした従来の映画史観を180度転覆する画期的な映画批評を展開したのがフランス最大の映画批評家アンドレ・バザンです。
 
バザンは「リアリズム(現実主義)」という観点から映画史を捉え直し、おおよそ次のように主張します。1940年前後、ついに映画本来のポテンシャルを十全に発揮する諸々の潮流が現れ、アメリカではオーソン・ウェルズウィリアム・ワイラーが、フランスではジャン・ルノワールロベール・ブレッソンが、イタリアではロベルト・ロッセリーニを筆頭としたネオレアリスモの作家たちが「現実」を映し取る力に主眼を置いた新しい映画を続々と発表し始め、それは過度に形式主義的な実験の季節が終わったことから出来した映画における「第二の春」というべきものであったということです。
 
またバザンは映画評論の傍らでシネクラブを組織して旺盛な上映活動を展開し、1951年には伝説的な「カイエ・デュ・シネマ」誌を創刊します。同誌の寄稿者の中にはフランソワ・トリュフォージャン=リュック・ゴダールエリック・ロメールクロード・シャブロルらといった後に映画史を一新する才能に充ち満ちたメンバーがいました。
 
フランス映画は第二次世界大戦後から「ヌーヴェル・ヴァーグ」と呼ばれる若い映画人たちによる刷新の運動が勃興する50年代にかけて批評と上映活動、そして創作が相互に高め合う極めて多産な時期を迎えることになりますが、その中核にいたのが他ならぬバザンです。彼が提示した映画史観は再び映画を来るべき芸術へと変え、そのことによって若い映画作家たちを鼓舞し、映画の未来を切り開いていきました。
 

* 映画とはリアリズムの芸術?

 
このように「リアリズム」という観点から映画史を捉え直したバザンは映画の使命とは世界を在りのままに映すことであると考えました。映画のカメラは人間の出来合いの知性を仲介させることなく、いわば直接的に世界そのものの姿を切り出すことができ、スクリーンに映るイメージは映画作家が然るべくそれを差し出す場合には手垢にまみれた意味を拭い取られ、現実よりも現実的な仕方で我々のまなざしに与えられると、このように映画をバザンは「リアリズムの芸術」として定式化します。
 
けれども現代おいてはバザンのいう「リアリズムの芸術」という映画の定式は受け入れ難いものとなっています。かつて映画の記録媒体はフィルムであり、確かにその限りで映画のイメージは「現実」の証拠となりうるものであり、光と影のかたちの痕跡がフィルムに定着したものが映画の技術的定義でした。
 
しかしながら現代における映画の記録媒体はもっぱらフィルムではなくデジタルデータであり、ひとたびデジタル化されたイメージは後からコンピュータ上でいくらでも加工することができます。言うなれば現代において「現実」とはいくらでも捏造可能なものであるということです。
 
畢竟、あらゆる映像は作為であり、作り手の価値観、無意識下の政治的信条が反映されていないということはありえません。それゆえに映画を「現実」の透明な写しとして受け入れるということは、実はその下に潜む意味や価値を無批判に許容することを意味しているといえるでしょう。
 

* リアリズムから自動性へ

 
こうしたリアリズム批判にはもっともな面もあるでしょう。けれども果たして、こうした批判によってバザンが探り当てようとした映画の力のすべてが無価値になってしまったといえるのでしょうか。この点、映画批評家の三浦哲哉氏は『映画とは何か』(2014)において、映画の持つ「直接的な力」をリアリズムではなく「自動性 automaticité,automatisme」という概念から再定義を試みます。
同書によれば「自動性」とは何より映画を映画たらしめる基礎的な要素であり、観客が映画に感情移入するための起点でもあります。「フランス映画思想史」という副題のついた同書ではフランス映画史を「自動性」という概念から捉え直すことを通じて、映画の持つ「直接的な力」を明らかにしていきます。
 
まず同書はフランスにおける科学映画のパイオニアとして知られるジャン・パンルヴェを論じています。パンルヴェはいわゆるフランス前衛映画運動が先細り、映画が世界の新しい認識をもたらすという理想が空疎な思考実験に陥ってしまった後も極めてユニークな活動を続けることができた異色のシネアストです。
 
前衛映画が華やかなりし1920年代においてシュルレアリスムと科学的観察の中間でキャリアをスタートさせたパンルヴェはその後もただひたすらタツノオトシゴやタコやミジンコといった水中生物を題材にした短編ドキュメンタリーを創り続けました。いわゆる「自然の神秘」を観客に垣間見せてくれる魅惑的な作品群を創る中でパンルヴェは顕微鏡カメラの先にある純粋な「自動運動」を再発見します。この「自動運動」へと沈潜することによりパンルヴェは「もはや有機物と無機物、生命と非生命とが区別されることのない映画に固有の地平を探し当てるだろう」と同書は述べています。
 

* 自動性の二つの局面

 
同書はここからアンドレ・バザンのリアリズム論を再考します。従来の標準的なバザン理解によれば、カメラという機械によって「現実」ないし「自然」そのものが人間の知性を媒介せずにある無垢な仕方で現れ、それこそが映画の力であり、またその力を最大限に引き出す態度こそがリアリズムだとされます。このような考え方はとりわけ映画作家の創作を導く原理として今もなお有効でありつづけています。しかし、こうした理解は映画におけるイメージとは映画以前から客観的に存在すると想定される「現実」の従属物であると見做す錯誤に陥る危険を孕んでいます。
 
これに対して同書はリアリズムによってバザンのすべてが言い尽くされるわけではなく、むしろバザンの論述には図式的な理解を拒む不透明さで充ち満ちているとして、バザンがその映画をめぐる思索を開始した1940年代の影響関係に遡り、彼のイメージ論が前提とする概念の布置を考え直すことにより、バザンが展開した議論とはむしろ「現実」に従属することのない「イメージ」の自律性こそを思考しようとしていたといいます。
 
すなわち、映画のもたらす自動的な保存の力により「現実」に対してイメージとしての「想像的なもの」が自律するということです。そしてこうした「想像的なもの」は時間の中で移ろいゆく「現実」に可逆的に影響を及ぼす起点となります。そのような動的なヴィジョンをバザンは素描したと同書はいいます。
 
つまり映画における「自動性」には二つの局面があるということです。第一にはカメラが自動的に事物を記録するという局面です。第二にはイメージが自動的に保存されることでこの社会の中で自律的な領域を形成するという局面です。そしてこのようなイメージによって形成される自律的な領域をバザンは「神話」と呼びました。
 
なお、こうした「現実」から自律した「想像的なもの」としてのイメージの領域をバザンとは異なる仕方で最も深く掘り下げた映画作家として同書はロベール・ブレッソンを取り上げています。カトリシズムのヴィジョンに深く浸された映画を作ったブレッソンの演出においてもやはり「自動性」の概念が中心的な役割を果たしています。彼の演出法は俳優の身体を「自動運動」の束に還元するというものであり、そこではブレッソンにおける宗教性が問題となります。こうしたことから同書は映画における「自動性」の淵源をブレッソンが絶えず参照したパスカルの神学的イメージ論に遡って考察していきます。
 

* 映画における神話と倫理

 
そして同書はフランス現代思想におけるポスト構造主義を代表する一人である哲学者ジル・ドゥルーズの映画論『シネマ』(1983/1985)においてもその核心には「自動性」の概念があるといいます。ドゥルーズは映画における「自動性」を「世界への信」を再開させるための力として評価します。それはもはや素朴なリアリズムではありませんが、とりもなおさず、映画が観客を無媒介的な仕方で動かすことがあるということの肯定であります。
 
革命の季節を経て映画がアイロニカルな没入の対象として当然視されるようになった時代にドゥルーズは映画の直接的な力をもう一度見出そうとします。映画における「自動性」とは映画の黎明時代に世界を変える力を担うものと考えられたのだと、ドゥルーズは振り返ります。しかし現実にその力は国家に統制された産業と結びつくことにより観客を単なるファシズムのあやつり人形に変えてしまうこともあります。
 
けれどもその危機をもたらすのと同じ契機に新しい思考が生まれる可能性もあるのだとドゥルーズは述べます。すなわち、今ここにある「世界への信」を再開させるための小さなモメントとして、映画における「自動性」は新しい思考の端緒となり得るということです。
 
ドゥルーズは主著『差異と反復』(1968)において人間の思考とは自由になされるものではなく、何らかの「不法侵入」を受けることで強制的に始まるものであると述べています。こうしたドゥルーズの主張を國分功一郎氏は『暇と退屈の倫理学』(2011)において動物学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルの環世界論を援用し次のように敷衍しています。
あらゆる動物は基本的にある特定の「環世界(その個体にとってのある具体的な世界象)」を生きています。これに対して人間は高度な環世界移動能力を有しています。ところがそれまでに獲得してきた環世界が何かの不法侵入を受け崩壊の危機に瀕した時、人はその環世界を再創造するため「不法侵入」してきた対象にとりさらわれることになります。
 
こうした環世界への「不法侵入」を契機としてドゥルーズのいうところの思考が開始されることになります。そしてこの間、人は環世界を移動することなくある特定の環世界に留まり続けることから、こうした状態を國分氏は〈動物になること〉と呼びます。
 
つまり人間の持つ可能性や創造性とは〈動物になること〉によって生み出されるということです。それゆえに國分氏は同書の結論部において、こうした〈動物になること〉を現代社会における倫理の一つとして位置付けます。
 
後年、ドゥルーズはあるインタビューで「なぜあなたは映画館にいくのか」と問われ「私は待ち構えているのだ」と答えています。すなわち、ドゥルーズは自分が〈動物になること〉が生じる瞬間を「待ち構えている」いうことです。そして彼にとってそのような瞬間が起きやすい場所こそが映画館であったのでしょう。
 
このようにかつてバザンが「神話」と呼んだ映画の「自動性」によって切り開かれるイメージが自律する領域とは、ドゥルーズのいう「世界への信」を再開するための場であり、そしてそれは〈動物になること〉が生じる瞬間を「待ち構えてる」場であり、現代における倫理が立ち上がる場であるといえるのではないでしょうか。