* ヴォイスからイグジットへ
2012年、オンライン上に「暗黒啓蒙 The Dark Enlightenment」と題された長大な論考が発表されました。著者はイギリスの哲学者ニック・ランド。その第1章「新反動主義者はイグジットを目指す」の中でランドは電子決済サービスPayPalの創業者として知られるピーター・ティールが2009年にリバタリアン系オンラインフォーラムに寄稿した「リバタリアンの教育」というエッセイから「私はもはや自由と民主主義が両立できるとは信じていない」という印象的なフレーズを引いています。
この論考のタイトルからも窺い知れるように、ティールの思想の根底にはリバタリアニズム(自由至上主義)という思想があります。リバタリアニズムとは個人の自由を最優先し、国家や政府による介入や規制を最小限に抑えるべきだという思想ですが、ティールはエッセイでリバタリアニズムと〈政治〉が根底において和解不可能であるという見方を示しています。そして、こうしたティールの「私はもはや自由と民主主義が両立できるとは信じていない」というテーゼに霊感を受けたランドの「暗黒啓蒙」では近代啓蒙思想の批判と新しい形でのリバタリアニズム思想が展望されることになります。それは畢竟〈政治〉からの脱出に他なりません。
同論考においてまずランドは「ヴォイス Voice」と「イグジット Exit」という二項対立を示します。この「ヴォイス」と「イグジット」の二項対立はティールのいう「民主主義」と「自由」の二項対立を言い換えたものです。ランドによれば「ヴォイス(民主主義)」の起源はジャン=ジャック・ルソーにまで遡り、この体制下で国家は国民の意志を表象するものとみなされ、現在の政治に不満がある人々はデモや選挙において現状を変えていきます。これに対してランドの支持する「イグジット(自由)」とは「ヴォイス(民主主義)」の体制下で愚直に声を上げるのではなく、黙ってその体制から立ち去り、新しいフロンティアを開拓していくという態度です。
ここでランドはこのような「イグジット」の向こう側のビジョンを「新官房学」として明確に描き出した論者としてカーティス・ヤーヴィンを召喚します。アメリカの実業家にしてソフトウェア・エンジニアであるヤーヴィンは2007年ごろからメンシウス・モールドバグというハンドルネームで言論活動を行っており、彼のブログ「Unqualified Reservations」ではその特異かつ反近代主義的なリバタリアニズム思想が断続的に開陳され、この一連の議論は2010年にやはりリバアリアン系ブロガーであるアーノルド・クリングによって「新反動主義」と命名されています。
ヤーヴィンのいうところの「新官房学」とは国家は企業のように運営されるべきであるという主張です。すなわち、国家=企業において国民=株主は一人の君主=CEOを投票によって選出し、選ばれた君主=CEOは国家=企業に対する一切の所有権が与えられますが、君主=CEOは国民=株主のために自身が保有する国家=企業の利潤を最大化するよう務めなければならず、もし君主=CEOが国家=企業の経営に失敗した場合、国民=株主の多くはその君主=CEOが治める国家=企業を去り、別の君主=CEOが治める国家=企業に移住することになるでしょう。つまりここでは、いわば企業間競争のようなものが国家間で発生することになります。
またヤーヴィンは進歩主義、多文化主義、リベラリズム、ヒューマニズム、平等思想、ポリティカル・コレクトネス、人権主義などといった今日における「グローバルな民主主義的イデオロギー」を〈普遍主義〉と呼び、これらの元を辿ればプロテスタンティズム、とりわけイギリス国教会に抵抗してアメリカ新大陸に渡ってきたピュータリタンの系譜に端を発しているとして、現在の西洋社会は〈普遍主義〉という名の〈カテドラル--大聖堂〉の支配下にあると主張します。
このように第1章においてヤーヴィンの議論を概観したランドは第2章以降において〈カテドラル〉と〈普遍主義〉がどのように機能して現代のリベラル社会を覆い尽くしているかを検証し、第4章以降では主に人種に関する論争的問題にシフトしていきます。
そして「生物工学の地平が近づいていくる」と題された最終章でランドはオクティヴィア・E・バトラーというSF作家の作品を参照して、遺伝子によって規定された「生物工学の地平」という存在論的限界を乗り越えるテクノロジーとしてゲノム編集に注目し、このようなゲノム編集が一般化すれば人種や性別といった概念は過去のものになり、人間はいまや自らが自分自身を創り上げる「怪物」になると主張します。ここではテクノロジーの力が社会や人間観のパラダイムを根本から変革するであろうとする思想、すなわち「加速主義 Accelerationism」と呼ばれるランドの思想が表明されているといえます。
* 西洋近代とカント主義
「暗黒啓蒙」の著者ニック・ランドは1989年に発表した最初期のテクストにあたる「カント、資本、そして近親相姦の禁止」ですでに「啓蒙」を問題にしています。ランドによれば西洋による植民地主義と現代にまで至る第三世界に対する経済的搾取は近代のあり方そのものと深く関わっています。
植民地主義に始まる西洋列強の外部世界への拡大志向とは、換言すれば他者(=異民族、先住民族、黒人、第三世界、女性等々)を自己(=西洋)の内部へ際限なく取り込むことを意味していますが、他者との相対は常に自身の自己同一性を揺るがす危険な経験であり、それゆえに西洋における近代の課題とはいかに自身の自己同一性を保ったまま他者を自己の内部に「同化」させるかということになります。こうした同化プログラムが〈啓蒙〉と呼ばれるものの内実に他なりません。
しかし他者を自己に同化させた瞬間、それはすでに本来的な意味の他者ではなくなります。これをランドは「啓蒙のパラドックス」と呼びます。そしてこのように他者から他者性を抜き取りながら自己の内部に取り込むという啓蒙=近代のプログラムを完成させた哲学者がイマヌエル・カントであった、とランドはいいます。
カントが創始した超越論哲学の要諦はすなわち、我々は対象(=他者)を直接認識しているのではなく、対象の「表れ」を認識しているに過ぎず、対象は我々の主観を構成する認識作用を経て現象するというものです。従って対象(=他者)はそれ自体(=物自体)をありのままに認識することは不可能であり、主観側の総合作用によって表象として現象することになります。
これがランドのいうところの「抑制された総合」という作用です。つまりランドによればカントによる「抑制された総合」とは他者の他者性を圧殺するためのプログラムに他ならず、そうである限りで近代における西洋列強の植民地主義とも相即するものであったとみなされます。
そしてランドは「カント、資本、そして近親相姦の禁止」においてこのグローバルな帝国主義システムを内破させる潜勢力を「フェミニストの効果的な暴力」に見出しており、同論考は「この近代の終わりに到達するために、我々は自身の只中に新たなアマゾーンを育てなければならない」という言葉で締め括られます。ところが以降のランドの仕事においてこのフェミニズム的暴力という主題は徐々に後景に退き、代わりにランドは近代=カント主義を覆す可能性を秘めた潜勢力を資本主義に内在する自己運動プロセスそれ自体に求めるようになります。
* 脱領土化とシンギュラリティ
1990年代に入るとランドはカント主義を乗り越えるための参照項をポスト構造主義を代表する哲学者ジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの共著である『アンチ・オイディプス』に見出します。1968年に起きたパリ5月革命の影響下で書かれた同書でドゥルーズ=ガタリは西洋近代の成果物である精神分析におけるエディプス・コンプレックスと呼ばれるセントラル・ドグマを批判し、代わりに無意識における多様な欲望の流れと相互接続を肯定する分裂分析を打ち立てました。
この点、ランドは同書における「脱領土化 Deterritorialization」と「再領土化 Reterritorialization」という対概念に注目します。ここでいう「脱領土化」とは解体のプロセスであり、例えば資本主義における資本や土地の流動化とそれに伴う国民国家や家族制度の解体などを指しています。これに対して「再領土化」とは総合のプロセスであり、例えば資本の再配分に基づく福祉資本主義などは一旦、脱領土化したプロセスをもう一度国家のシステムの内に再領土化する試みといえます。すなわち、現代のグローバルな資本主義システムと国家システムはこのような脱領土化と再領土化の反復によって維持されているということです。
ランドはこの「脱領土化」と「再領土化」という対概念において「脱領土化」のみを徹底的に推し進めるべきであるという立場を取ります。「カント、資本、そして近親相姦の禁止」における「抑制された総合」とはドゥルーズ=ガタリの「再領土化」とある程度符合すると本書は述べます。すなわち、再領土化あるいはカント主義に規定された近代を解体するためにはあらゆる限界を突き抜けて未来の果てまでも加速しなければならないというのがランドの立場であり、同時にこの点においてあの「暗黒啓蒙」における「生物工学の地平」が現れることになります。
こうしたことからランドは1994年に発表した「メルトダウン」において未来から到来する〈外部〉としての〈シンギュラリティ(特異点)〉が国家、民主主義、ヒューマニズム等々の近代的秩序を溶解させていくさまを黙示録的な筆致で叙述していきます。
神の審判を乗り越えよ。メルトダウン、すなわち、惑星規模のチャイナ・シンドローム。バイオスフィア(生物圏)はテクノスフィアへと解体していき、末期的な思弁的バブル崩壊、そしてキリスト教社会主義の終末論を堕落させる(破壊されたセキュリティの核まで達する)革命が招来する。それはお前のTVを食い、お前の口座アカウントを侵食し、お前のミトコンドリアからゼノデータ(xenodate)をハックするのを待っている。(ニック・ランド「メルトダウン」)
* CCRUという実践
では、このような主体を構成するあらゆる体制の「脱領土化」を推し進めるというランドの哲学的プログラムはどのように実践されたのでしょうか。あらためてこの哲学者の経歴を振り返ってみましょう。ランドは1987年から1998年までの約10年間、イギリスのウォーリック大学で教鞭を取っています。専門は主に大陸哲学とフランス現代思想で1992年には『絶滅への渇望』というジョルジュ・バタイユをテーマとした著作も執筆しています。
しかしランドにとってカント主義という正統派教義を打ち破り〈外部〉へアクセスするためのプログラムは同時に哲学的思索の内部にとどまらない行動を伴う実践でなければなりませんでした。その実践のうちの一つが「サイバネティック文化研究ユニット(Cybernetic Culture Research Unit:CCRU)」における活動です。
CCRUとは1995年にランドが公私ともにパートナーであったサディ・プラントと共にウォーリック大学の哲学部内に設立した大陸哲学やSFやオカルティズムやクラブカルチャーなどを学際的に横断する研究組織です。このCCRUは後に批評家として活躍することになるマーク・フィッシャー、思弁的実在論で知られることになるイアン・ハルミントン・グラントとレイ・ブラシエ、kode9名義で音楽家として活躍することになるスティーヴ・グッドマン、出版社アーバノミックの編集ディレクターを務めることになるロビン・マッケイなどが参加しています。
CCRUのメンバーたちはウォーリック市内のレミントン・スパにあるザ・ボディショップの上階に部屋を借り、そこを活動拠点にして魔術、数秘学、ブードゥー教、ラヴクラフト、アレイスター・クロウリーといった秘教的思索に耽りました。大学当局がこのような組織の存在をあまり快く思っていなかったことは言うまでもないことですが、CCRUの哲学的実践はアカデミズムの内部ではなくむしろその外部において影響力を持っていました。
他方でランドは自身の「解体」のプロセスを着実に加速させていき、睡眠も取らず使い古したアムストラッド社製のパソコンのモニターを一日中凝視しながら数秘術めいた数学実験にのめり込んでいきます。ロビン・マッケイはこの時期のランドを回想して「端的に言って彼は発狂したのだ」と総括しています。
こうして1998年、ランドは大学を退職するのと同時に上海に移住します。ある意味でアカデミズムと西洋近代からの二重のイグジットです。そしてゼロ年代に入るとランドは上海在住のジャーナリスト兼ブロガーとして再び現代思想シーンの表舞台に返り咲くことになります。
* 加速主義という潮流
このようにランドが90年代に展開した黙示録的な思想はやがて「加速主義」という名前が与えられる事になります。加速主義という造語を命名したのは批評家のベンジャミン・ノイズであり、2010年の著書『The Persistence of the Negative』で彼は加速主義を「もし資本主義が自身を溶解させる力をみずから生成するのだとしたら、必要となるのは資本主義それ自体をラディカライズさせることである。すなわち、悪くなればなるほど、良くなる。我々はこの傾向を加速主義と呼ぶ」と定義づけています。そして2010年代において加速主義は様々な分派を形成するに至ります。その一つが「左派加速主義」です。
左派加速主義の代表的な論者であるニック・スルネックとアレックス・ウィリアムスは2013年にオンラインで発表した「加速派政治宣言」や2015年に上梓した『未来を発明する:ポスト資本主義と労働なき世界』において、2011年のオキュパイ運動に象徴されるローカルな政治的直接行動を素朴政治として批判しつつ、同時にニックランド流の黙示録的な加速主義とも距離を置き、来るべきポスト資本主義に向けてテクノロジーの発展を明確なビジョンのもとでコントロール可能な形で加速させる「加速主義政治」が必要になると主張し、製造の全的オートメーション、それに伴う労働時間の漸進的削減、市民に一定の収入を無条件に支給するベーシックインカム制度の導入などを提唱しています。
また左派加速主義を語る上で避けて通れない思想家としてマーク・フィッシャーが挙げられます。フィッシャーは90年代にはランドのCCRUに所属しており、その問題意識を共有しつつも左派的な立場から一貫して新たなコミュニズムの可能性を探り、スルネックらに大きな影響を与えました。しかし2008年に公刊した主著『資本主義リアリズム』においてフィッシャーは資本主義に代わるオルタナティヴな社会を想像することすらできない現在の閉塞した社会状況を「資本主義リアリズム」と呼び、その例としてメンタルヘルスの問題が労働環境や社会構造を考慮されることなく、個人の自己責任という新自由主義的な倫理に回収されてしまうことでさらにメンタルヘルスが悪化するという悪循環を「再帰的無能感」と呼び、自身もまた長年うつ病と格闘しながら2017年にみずから命を絶つことになります。
その一方、ニック・ランドは左派加速主義のムーブメントに対しては明確に批判的な立場を取ります。左派加速主義は経済とテクノロジーを切り離して取り扱うことが可能だと考えますが、ランドからすれば両者は一体のものであり、市場化の加速なしにテクノロジーの加速は不可能であるとします。もっともランド自身も90年代と微妙に思想的立ち位置を変えており、ヤーヴィンの新反動主義を支持する現在のランドの立場はいわば「右派加速主義」と呼べるものです。これに対して90年代のランド思想とCCRUへの忠実な回帰を志向する立場は「無条件加速主義」と呼ばれます。
なお近年におけるAIの台頭とともに現れた新たな加速主義の潮流として「効果的加速主義(Effective Accelerationism:e/acc)」が挙げられます。効果的加速主義とは端的に言えばAGI(汎用人工知能)の開発推進を基調イデオロギーとするテクノ楽観主義に右派加速主義を接続したものであり、その論理は「想像できる限りの技術革新を、コストを問わず加速させよ」へと要約できます。
AGIを巡る人類存亡リスク(X-risk)については近年活発に議論が行われており、大きく分ければ「AGIの開発は人類の存続に関わるリスクを孕んでおり、国際的な規制・監視・安全確保の仕組みが必要だ」と主張する規制派と「AGIの開発は人類の発展・解放・繁栄への鍵であり、過剰な規制は技術革新を妨げる」という規制反対派の二つの立場が存在し、効果的加速主義は言うまでもなく後者の立場です。
* 加速主義における「可能性の中心」について
ところで加速主義の命名者であるノイズはランド的加速主義を身も蓋もなく「大学院生の病」であると総括しています。つまり、これから否応なく資本主義リアリズムの世界に放り出される大学院生たちにとって「資本主義を加速させよ」と呼びかける加速主義はある種のストックホルム症候群(防衛本能による無意識的な加害者への連帯や共感)をもたらすイデオロギーとして作用するということです。
これに対して木澤佐登志氏は『加速主義〈増補新版〉--ニック・ランドと新反動主義』において以上のような加速主義の現代的潮流を概観する中で「加速主義、それは未来のユートピアをもはや純粋に信じることができない現代の私たちのためのユートピア思想なのだ」と述べます。
すなわち、加速主義とは冷戦構造の終焉により共産主義の最終的破算と新自由主義のグローバルな勝利が確定し、もはや「大きな物語(リオタール)」はありえず、未来の可能性を喪った「歴史の終わり(フクヤマ)」のただなかにおいて、共産主義とは別のかたちで未来を思考するとはどのようなことかを問うた「共産主義が不可能になった時代における最初のユートピア思想」であるということです。
そして同書は〈増補新版〉に追加した「加速主義再考」という章において、いまやミームと化した加速主義における「可能性の中心」として「資本主義がみずからを維持するためにどうしても妨害せえざるを得ない『脱階層化のプロセス』を加速させる」ことを挙げていますが、ここでいう「脱階層化」とは資本家/労働者といった「階級」に限定されない、文字通りの意味におけるあらゆる階層型システムに適用されるものとされます。
確かにランドにしてみてもそもそもは西洋近代を規定したカント主義における自己/他者という階層型システムからの脱領土化=脱階層化を企てる思想から出発したわけです。そうであれば、加速主義という思想とは(少なくとも初期ランド的な発想からすれば)「資本主義を加速させよ」という単なるアジテーションというより、むしろそのプロセスを通じてあらゆる階層型システムの脱領土化=脱階層化を志向する思想として理解できるのではないでしょうか。そしてこのような脱領土化=脱階層化という「可能性の中心」こそが加速主義という思想に様々に立場を異にする多くの人々が魅了され続けてきた所以のようにも思われます。

