かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

ていねいに日常を生きるということ--カードキャプターさくらクリアカード編・1〜10(CLAMP)

 * 思春期における少女の物語

 
人は自らの生を世界の中に基礎付けるため、その人なりの内的幻想である「物語」を必要とします。「物語」は人が生きていく中で生じる様々な出来事を了解するための媒介となります。
 
確かに「科学」はさまざまな出来事に対して明晰な説明を与えます。けれども人はあらゆる出来事を「科学的説明」だけで割り切れるとは限りません。とりわけ不可解な出来事や理不尽な出来事に遭遇した場合は「科学的説明」とは別に、その出来事が「その人にとって」どういう意味を持つのかという「物語」が必要となります。
 
そして「少女漫画」というメディアは従来から思春期における少女の心身変化を基礎付ける「物語」としての役割を担ってきました。こうした意味での伝統的な「少女漫画」へと回帰すると同時に、まったく想定外だった「大きなお友達」を熱狂させ「魔法少女」という現代視覚文化を語る上で不可欠なカテゴリーを確立した記念碑的作品が創作集団CLAMPの不世出の名作「カードキャプターさくら」です。
 
同作は1996年から少女雑誌「なかよし」で連載が開始され、2000年に一旦連載が終了するも、2016年より再び「なかよし」でまさかの連載再開となり、その人気は全く衰える事がないどころか年を追うごとに着実に支持層を拡大させて現在に至っています。
 
 

* かつてのさくらの物語(1996年〜2000年)

 
伝説の魔術師クロウ・リードの作り出したクロウカード。その「封印」が解かれる時、この世に「災い」がもたらされる。友枝小学校の4年生、木之本桜はふとしたきっかけから、クロウカードの守護者である選定者ケロベロスによって、散逸したカードを再び「封印」するカードキャプター(捕獲者)に選ばれてしまう。
 
こうしてさくらはクロウカードの「災い」なるものからご町内を守るため、ケルベロス、親友の大道寺知世、そして後に相手役となる李小狼とともにクロウカードの封印に奮闘する。そして全てのクロウカードを集めたさくらはクロウカードのもう一人の守護者である審判者月(ユエ)の「最後の審判」を見事クリアしてクロウカードの正式な主となる。ここまでがいわゆる「クロウカード編」です。
 
それからしばらく経ったある日、さくらの前に謎めいた転校生、柊沢エリオルが現れる。そして、その直後より奇妙の事象が続けて発生。クロウカードはなぜか事象に対して効果が無効化されてしまう。そこでさくらは「クロウカード」を自らの魔力を込めた「さくらカード」に変えて行くことで事件を解決していく。これがいわゆる「さくらカード編」です。
 
 

*「好き」という感情 

 
そして物語もいよいよ佳境に入る中、さくらはずっと慕っていた月城雪兎へその想いを告げます。けれども雪兎は自分に向けられた「好き」がさくらの父に対する「好き」の反復であることを見抜いており、さくらの言う「好き」とはまた違う「好き」がこの世界にはあることを気付かせようとします。
 
果たしてその後、さくらは小狼から告白され、それ以降自分の中で新たに生じたよくわからない感情に困惑しますが、小狼が香港に帰ることを知った時、その感情こそが家族愛的な「好き」とは違う、異性に対する恋愛感情としての「好き」であることに気づきます。
 
こうして、さくらは帰国直前の小狼に自作のテディベアを渡し「一番好きな人」であることを伝えたところで物語はその幕を閉じます。このように、さくら旧編は「好き」という感情を言葉へと紡いでいく物語であり、また同時に家族愛や異性愛に留まらない様々なかたちの「好き」という感情を肯定していく物語でした。
 
 

* 新たなさくらの物語(2016年〜現在)

 
友枝中学校に進学したさくら。長らく離れ離れになっていた小狼とも再会して、これからの中学校生活に期待を膨らませる矢先、さくらはフードをかぶった謎の人物と対峙する奇妙な夢を見る。目を覚ますと新たな「封印の鍵」が手の中にあった。そして「さくらカード」は透明なカードに変化して、その効果を失っていた。
 
以後、立て続けに魔法のような不思議な現象が起こり出す。さくらは新たな「夢の杖」を使い、一連の現象を「クリアカード」という形に「固着(セキュア)」していく。
 
そんな折、さくらのクラスに詩之本秋穂という少女が転入してくる。さくらと秋穂はお互い惹かれあうように交友を深めていく。その一方で、小狼は秋穂の傍らで執事を務めるユナ・D・海渡の正体に疑念を抱く。
 
 

* 煌びやかな日常描写と深まっていく世界観

 
本作の特徴は前作以上に、さくらの学校や家庭での日常が極めて煌びやかな筆致で描写されていく点にあります。こうしたことから本作は4巻くらいまでは比較的ゆっくりとした展開が続き、5巻以降でようやく物語の見晴らしが開けて来ます。
 
果たしてクリアカードを生み出していたのはさくらの魔力暴走であった。この事を見越していた小狼はさくらの魔力暴走を抑制するため、さくらカードをあらかじめ隔離していたのであった。そして海渡の正体は門外不出の「魔法具」を持ち去った事でイギリス魔法協会を破門されていた魔術師であった。
 
海渡の目的は秋穂が「時計の国のアリス」と呼ぶ「時の本」を動かして「禁忌の魔法」を発動させるためです。その「禁忌の魔法」は海渡が持ち出した「魔法具」と何らかの関係があるようです。
 
この「魔法具」の正体こそが秋穂です。秋穂は欧州最古の魔術師達と呼ばれる一族に生まれるも、全く魔術を使うことができず周囲を失望させる。両親はすでに亡く、秋穂は一族の中で孤立していた。
 
だが海渡が幼い秋穂を「真っ白な本」と何気に評したことがきっかけで、秋穂はその身に様々な魔術を記録させることができる魔法具に改造されてしまう。そして海渡は秋穂の監視兼護衛として秋穂を外の世界に連れ出し、そのまま協会から離反していたという事です。
 
海渡が「禁忌の魔法」に拘る理由は依然としてはっきりしていません。ただこれまでの描写からするにおそらく海渡はその身を犠牲にしても、秋穂を魔法具としての救いなき人生から救い出そうとしているように思えます。それはかつて自らの何気ない言葉で秋穂の人生を狂わせた海渡の贖罪なのでしょうか?
 
 

* ていねいに日常を生きるということ

 
いま思えば本作が中盤序盤のうちはあまり物語を動かさず、さくらと秋穂の同性愛的な交歓を極めて繊細に描いて来たのは、おそらくは秋穂というキャラクターへ読者が感情移入を深めていく為の準備作業だったのかもしれません。
 
そして、さくらの魔力暴走はおそらく思春期における少女の心身変化のメタファーなのでしょう。そうであれば、本作の随所に登場するていねいな日常描写はひとつの「物語」として読めるでしょう。
 
ていねいに日常を生きるということ。前作が様々な「好き」を限りなく肯定する物語だとすれば、今作はこの何気ない「日常」をこの上なく祝福する物語のようにも思えます。
 
連載再開当初はここまで重厚長大な物語になるとは思っていませんでした。最新10巻まで読んで、また再び1巻から読み直すと、これまた色々と発見があります。物語もいよいよ佳境に入ったように思えます。本作がどのような大円団を迎えるのか、本当に楽しみです。