かぐらかのん

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「セカイ系」というゆりかご

 
 

* はじめに

 
セカイ系」という言葉をご存知でしょうか?「セカイ系」とはゼロ年代初頭のサブカルチャー文化圏を特徴付けるキーワードの一つです。次の3つの作品が典型的なセカイ系作品と言われています。
 
 
最終兵器彼女(1) (ビッグコミックス)
 

 

北海道の高校に通うシュウジとちせ。二人はちょっとした偶然から付き合うことになる。ところが突如、札幌が爆撃機の編隊により無差別爆撃され、10万人もの死者、行方不明者が発生する。そして、シュウジは戦場で身体から金属の翼と機関砲を生やして敵と戦うちせを目撃する。ちせの正体は自衛隊によって改造された「最終兵器」だった。

 
 
ほしのこえ

ほしのこえ

 

 

君の名は。」で社会現象を巻き起こした新海誠による短編アニメーション。ミカコとノボルという友達以上、恋人未満といった関係の中学生二人を中心に物語は紡がれる。卒業と同時にミカコはトレーサーという巨大ロボットに乗り、宇宙探査に赴くことになる。二人はケータイのメールを通じて連絡を取り合うが、やがてミカコの乗る船は、地球から数光年と離れていく。
 
 
浅羽直之はイリヤ(伊里野加奈)という謎めいた少女に出会う。物語が進むにつれ、やがてイリヤが軍の秘密兵器のパイロットであり、世界の命運を賭けた戦争に動員されていることが明らかになる。そのためイリヤの身体はどんどん弱っていく。見かねた浅羽は、イリヤを連れて逃走。こうして浅羽は世界とイリヤの二択を迫られる。
 

* 「セカイ系」という不思議な言葉

 
この「セカイ系」というのはなかなか不思議な言葉です。ゼロ年代サブカルチャー文化圏においては「セカイ系」を巡る華々しい論争が繰り広げられてきたわけですが、そこでは例えば、ある作品が「セカイ系」とも「アンチ・セカイ系」とも評されたり、あるいは「セカイ系」であるがために批判され、また逆に評価されたりするという事態が起こっていたわけです。
 
これは「セカイ系」という言葉が持つあいまいさに起因しています。では結局のところ「セカイ系」とは一体なんだったのでしょうか?
 

* 「セカイ系」の起源

 
セカイ系」という言葉が初めて公に用いられたのは2002年10月31日、ウェブサイト「ぷるにえブックマーク」の掲示板に投稿された「セカイ系って結局なんなのよ」というタイトルのスレッドだとされています。
 
そこで管理人のぷるにえ氏は「セカイ系」とは「エヴァっぽい作品」に、わずかな揶揄を込めつつ用いる言葉であるとし、これらの作品の特徴として、たかだが語り手自身の了見を「世界」などという誇大な言葉で表現したがる傾向があるといいます。
 
ここでいう「エヴァ」というのは、言わずもがな、あの「新世紀エヴァンゲリオン」のことを言います。
 

* 「エヴァっぽい」とは何か

 
今さら説明もいらないとは思いますが「新世紀エヴァンゲリオン」とは、セカンドインパクトと呼ばれる大災害から15年後の西暦2015年を舞台に、中学2年生の少年、碇シンジが、長年別居していた父・ゲンドウから突然、秘密組織NERVに呼び出され、巨大ロボット・エヴァンゲリオンパイロットとして「使徒」と呼ばれる謎の怪物と戦っていくという筋書きのロボットアニメです。
 
原作はガイナックス。総監督は庵野秀明。1995年10月から全26話がテレビ東京系列で放送され、後に完結編となる劇場版が、1997年の春と夏に公開されました。
 
当初のエヴァは「究極のオタクアニメ」としてスタートしました。細かいカット割りや晦渋な言い回しの台詞の随所に垣間見える、宗教、神話、映画、SF小説からの膨大な引用。このようなカルト的世界観はいわゆる「オタク」と呼ばれる人々の知的欲求ないし快楽原則を最大限に刺激するものでした。
 
ところが後半、エヴァの物語は破綻をきたして行く。映像の質は回を追うごとに落ちて行き、それまでに撒き散らされた「アダム」「リリス」「人類補完計画」といった謎への回答は完全に放棄され、物語の視点は登場人物の内面に移って行く。
 
こうして、TVシリーズ最終話「世界の中心でアイを叫んだけもの」では、碇シンジが延々と自意識の悩みを吐露し、他のキャラクターとの問答を繰り返し、最終的には「僕はここにいたい」「僕はここにいてもいいんだ」という結論に達し、皆から「おめでとう」と祝福される結末を迎える。
 
さらに、最終2話のリメイクとして描かれた劇場版「Air / まごころを、君に」でも、やはり碇シンジの自意識に焦点が当てられ、ここでもシンジは他者の恐怖を語り続け、結末ではヒロイン・アスカに「キモチワルイ」と拒絶されて物語は終劇に至る。
 
エヴァ終盤で描かれたのは、庵野秀明の自意識の悩みそのものだったと言われています。すなわち、エヴァは終盤及び劇場版で、唐突に「究極のオタクアニメ」から「オタクの文学」に転向した。このような転向は当然オタク層から激しい論難を浴びせられる事になる。けれども皮肉にも、「オタクの文学」としてのエヴァの内省性は一般層への幅広い共感を呼び、エヴァは社会現象となった。
 
要するに「セカイ系」というのはこのエヴァ後半の展開が投げた問いへのアンサーなんですよ。
 
つまり、巨大ロボット、戦闘美少女、ミステリーといったジャンル形式の中で「〈私〉とは何か」「〈世界〉とは何か」という自意識の問題を過剰に語る作品群こそが本来的な「セカイ系」と呼ばれるものになります。ゆえにセカイ系とは別名「ポスト・エヴァンゲリオン症候群」などと呼ばれてたりもするわけです。
 

* セカイ系定義の構造化

 
このようにセカイ系とはもともとは自意識に焦点を当てた一人語りの激しい作品を指しました。
 
ところが「セカイ系」という言葉が文芸批評の分野に進出するにつれ、セカイ系の定義は「エヴァっぽい」から、物語の構造を重視する次のような定義に変質していきます。
 
「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(きみとぼく)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく『世界の危機』『この世の終わり』など抽象的大問題に直結する作品群」
 
つまり、ここでは「ヒロインからの承認」が「社会的承認」という「中間項」を通り越して「世界からの承認」と直結関係となっているということです。端的にいうと「あなたさえいれば他には何もいらない」ということです。ゆえにセカイ系作品群においては「組織」とか「敵」といった「社会=世界観設定」が積極的に排除されているわけです。
 
このような定義の変容がなぜ起きたのかというと、おそらくは、ぷるにえ氏が「セカイ系」が揶揄を込めて使用していたのに対して、批評の文脈では肯定的な意味を込めてセカイ系を捉えていたが為に、定義を洗練させる必要があったのでしょう。 
 

* 「決断主義」と「空気系」

 
しかしながら、こういったセカイ系の定義が変容を被った結果、セカイ系的と呼ぶべき自意識の内容も自ずから限定されたものになっていく。
 
そして「セカイ系」から外れてしまった自意識には「決断主義」という別のネーミングが与えられることになります。「決断主義」の典型例は〈戯言シリーズ〉などの初期西尾維新作品、「DEATH NOTE」「コードギアス・反逆のルルーシュ」などが挙げられます。また「Fate/stay night」や「とある魔術の禁書目録」などの「現代学園異能」もこの系譜に連なると見るべきでしょう。
 
そしてさらに「決断主義」を克服する処方箋の一つとして「空気系」というものが台頭します。「らき☆すた」「けいおん!」に代表される萌え四コマ原作アニメの氾濫はこういった「空気系」の文脈で理解することができるでしょう。
 
要するに、エヴァがもたらした最大のパラダイムシフトはサブカルチャー文化圏における「自意識」というテーマの獲得であったわけですが、こういったパラダイムシフトが完了したゼロ年代中盤以降では、今度は「自意識」の中身こそが問題となってきたということです。
 

* おわりに

 
臨床心理学者・河合隼雄氏は個人が「私が私であるということ」というアイデンティを形成する上での「物語」の重要性を強調します。
 
90年代後半からゼロ年代初頭という時期は戦後日本を支えていた「戦後民主主義」とか「高度経済成長」といった「大きな物語」の崩壊が決定的になった時代ということになるのでしょう。
 
大きな物語」が崩壊し、何が正しいのかわからなくなった時代、もはや人は自らの手で「小さな物語」を掴み取って行くしかなくなったわけです。
 
この点において、セカイ系というのは「何が正しいのかわからないので、とりあえず引きこもる(けど、ヒロイン=世界からは愛されたい)」という最も分かりやすい「小さな物語」ということになります。
 
けれども決断主義に言わせれば今の時代に必要なのは「何が正しいかわからないが、引きこもっていては殺されるので、自分の力で生き残る」という物語ということになるのでしょう。
 
さらに空気系においては「物語」に縋る事なく、むしろ何でもない「日常」の中にこそ煌めきを見出し、あっけらかんと生きていく「脱・物語化の可能性」が示されているわけです。
 
セカイ系」というのは確かに一面において安易で堕落した引きこもりの想像力なのかもしれません。ただ、上記のような流れを俯瞰すると「セカイ系」とは時代のパラダイムが転換する際に生じた一種の「創造的退行」であり、言い換えれば「決断主義」や「空気系」といった新しい時代の想像力を育んだ揺籠であったとも言えるのではないでしょうか。
 
 

 

セカイ系とは何か (星海社文庫)

セカイ系とは何か (星海社文庫)