かぐらかのん

日々のくらしのメモ帳です\(^o^)/

【書評】「発達障害の時代とラカン派精神分析」

 

発達障害の時代とラカン派精神分析―“開かれ”としての自閉をめぐって

発達障害の時代とラカン派精神分析―“開かれ”としての自閉をめぐって

 

 

自閉症というカテゴリーについては、かつてはスキゾフレニー(破瓜型統合失調症)の早期発症、あるいは精神遅滞と混同されていた時代もありましたが、時代の変遷と共にこれらから切り離され独自の領野を形成してきたという歴史があるわけです。
  
自閉症を特徴付けるものとして、イギリスの児童精神科医ローナ・ウィングが定義した「ウィングの3つ組」が挙げられます。
 
すなわち「対人関係・社会性障害」「コミュニケーション障害」「イマジネーション障害」の3つの特徴的な障害のことです。
 
かつてはブルーノ・ベッテルハイムによる「冷蔵庫マザー理論」の影響で、自閉症とは母親の愛情不足や冷たい態度などによる後天的障害という「母原病説」がまことしやかに流布されていましたが、現代において自閉症は脳機能の先天的障害であるという理解が一般的になっており、目下のところ、自閉症を完治させる治療法は存在しません。せいぜい二次障害を緩和させるための療育や投薬に終始せざるを得ないのが現状です。
 
ゆえにいかに精神分析といえども、残念ながら自閉症に対して有効な「治療法」とは成り得えません。アメリカの精神分析のメッカであるメニンガー・クリニックも、精神分析自閉症に効果がないと判明するやいなや、あっさりと自閉症部門を閉鎖したわけです。
 
ただ、狭義的意味の「治療」以外において、精神分析自閉症圏へ何らかの有意的なアプローチが可能なのではないか?と、そう本書は問います。同時に、本書は「自閉症」という現代的視点からラカン精神分析の理論と臨床の到達点を俯瞰することができる一冊でもあります。
 
少なくともラカン精神分析神経症圏のみならず、パラノイアからスキゾフレニーといった精神病圏に至る広大な理論的射程を有しており、自閉症圏に対しても有意なツールとなりうる可能性は十二分に秘めているといえるでしょう。
 
本書の共著者の面々は、ラカンをそこそこ齧っていたらきっとどこかで名前くらいはお目にかかっているであろう現代ラカン派を担う気鋭の論客揃いです。
 
もっとも、タイトルに「発達障害」の名前が冠されていますが、さすがに主語が大きいというか、内容はほぼ、自閉症ないし、自閉症スペクトラム障害の考察に焦点が当てられており、非自閉系のADHDやLDについての記述は薄く、発達障害を総花的に解説していると言うわけではないので、その点はご注意を。
 
また、共著であるがゆえに論者によって用語法がややまちまちで統一的理解に困難を覚えるかもしれません。ラカン派の用語に馴染みがない方は本書を読む前にまずは共著者の一人である松本卓也氏の「人はみな妄想する」辺りに目を通しておくのをお勧めします。