かぐらかのん

心理学関連書籍、ビジネス書、文芸書の書評などを書いていきます。

幸せのありかという享楽

 
幸せになりたいと思わない人は多分あんまりいないと思います。けれども、幸せとは何処にあるのでしょうか?
 
たくさんお金があれば幸せなんでしょうか?
 
皆から尊敬される地位や愛される容姿があれば幸せなんでしょうか?
 
あるいは、住む家と美味しいご飯があれば幸せなんでしょうか?
 
もしくは、ひとまずいま健康であれば幸せなんでしょうか?幸せの定義は様々です。
 
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一昨年暮れに帰天された「置かれた場所で咲きなさい」で有名な渡辺和子シスターは「幸せ」について次のように書かれています。
 
「幸せ は、『 良いものに取り囲まれた状態』だと、私は思っています。」
 
「すべてに感謝する心、苦しいこと、不幸としか思え ないものにも、 意味を見出し、次へのステップにつなげてゆく時、“ おかげさまで” と言える自分に変わってゆき、幸せな自分 になってゆきます。」
 
「 幸せは、 探しに行って見つけるものではなく、私の心が決めるもの、 私とともにあるものなのです。」
 
渡辺 和子「幸せのありか (PHP文庫) 」より(Kindle の位置No.10-13)

 

 
これはまさしく「享楽」としての生き方ですね。フランスの精神分析医ジャック=ラカンは「欲望」と「享楽」を区別して、「欲望する生き方」から「享楽する生き方」へ「幻想の横断」を行うことによって、人は〈他者〉とつながりつつ〈他者〉に依存しない自由な生き方を手にする事が出来ると言います。
 
「欲望」とは「幸せになると願う」生き方です。もちろんこれは大事なことですが、しばし、いまの自分自身が世間一般でいう幸福の定義に当てはまらないことを認めざるを得ない苦しさが伴います。まさにラカンが言う「欲望とは〈他者〉の欲望」です。
 
「享楽」とは「幸せでいる事を選ぶ」生き方です。つまり、世間一般でいう幸福の定義とは無関係に、自ら幸福の定義を作り出す主体的選択であり、たとえどんな境遇であろうと、今の自分自身を肯定できる考え方と言えるでしょう。
 
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要するに大事なのは「欲望」と「享楽」を調和させるということです。こう言うと、なんだか少し大袈裟な話に聞こえますけど、多分ちょっとした事の積み重ねだと思うんですよ。
 
例えば、面倒なこと、あまり人のやりたがらないことを進んでするというのもまさにそうですね。渡辺シスターの言葉で言えば「面倒だから、しよう」「ていねいに生きる」ということです。
 
こうして日々至る所に「幸せのありか」という「享楽」を見つけ出していけるよう、1日1日をていねいに生きていくというのも、そう悪くは無いと思います。
 
そういうわけで、謹賀新年です。どうか宜しくお願いします。