かぐらかのん

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「あなたはそのままで愛されている(渡辺和子)」を読む。特異的な「きらめき」に向き合う覚悟。

 

あなたはそのままで愛されている

あなたはそのままで愛されている

 

 

 
一昨年に89歳で帰天された「置かれた場所で咲きなさい」の著書、渡辺和子シスターのまさかの新刊です。
 
未発表の遺稿「『きらめき』を秘めている自分に自信を持ちなさい」、そして絶版本の中からの選りすぐりのエッセイ集。優しい癒しと厳しい問いが入り混じる珠玉の一冊です。
 

* 「きらめき」という「特異性」

 
学生たちに私が伝えたかったのは、一人ひとりは、そのままで、すでに神に愛されている「宝石」だということ。 そして、その人なりの「きらめき」を秘めている自分に自信を持ちなさい、ということでした。
 
本書Kndle位置No.200より

 

目には見えなくても、人間の中に必ず内在するその人固有の「きらめき」。
 
それはその人だけがもつ文字通り「それ」としか言いようのない「特異性」の事なんだと思います。
 
「特異性」というのはいわゆる「個性」とはまた違います。「個性」とは社会システムという「一般性」の中で認められて成立するものですが、「特異性」とは逆に「一般性」においては受容されない過剰な「それ」としか言いようのない何かです。
 
人は一人では生きてはいけません。だから多くの場合、人は発達過程において、この社会で生きていく一般性を手にする為、その代償として自らの特異性をある程度切り捨ていく。
 
けれども切り捨てられた特異性は後々になって不安、恐怖、強迫観念といった神経症的症状や漠然とした「生きづらさ」という形をとって回帰してくることがある。
 
こうして、人はどこかで自らの特異性としての「それ」、つまり「きらめき」と何らかの形で向き合う必要が出てくるわけです。
 

* 「穴」を眼差す勇気

 
自らの特異的な「きらめき」と向き合うということ。これは時として本書の言葉で言う「穴」と言う形で現れるでしょう。 病気、失業、事故、離別・・・形は様々かもしれませんが人生には時として「あれ」としか言いようのない「穴」が開く。
 
渡辺シスターは「穴が空いたがゆえに見えるものがある」と言う。
 
「穴」を眼差す勇気。つまり、それは突如として現れた「あれ」を私は「それ」としてどう生きて行くのか、どう物語るのかという話なんだと思うんです。
 

* 「きらめき」に向き合う覚悟

 
「人は誰だって無限の可能性を抱きしめている」とよく言われます。確かにその通りだと思います。
 
無限の可能性。勿論その中には良い可能性もあるでしょう。けれども悪い可能性だってあるでしょう。
 
皆誰だってその人にしかない「きらめき」を持っている。けれども「きらめき」というのはただ単純にキラキラとした素敵なものというわけではなく、時にその「きらめき」に心身をやられてしまう事だってある。
 
だからこそ、我々は自らの中にある特異的な「きらめき」を「私自身のもの」にしていく不断の努力を行う必要があると思うんですよ。フロイトの言葉を借りれば「それ」の中に〈わたし〉を成らしめなければならないと言うことです。
 
多分、特異性を切り捨てて一般性の世界に入っていく過程が「成長」なのであれば、一般性の世界を生きながらも、かつて切り捨てた特異性と折り合いをつけていく過程を「成熟」と呼ぶべきなんでしょう。時にその過程はドロドロとした苦しみを伴うことも多いと思います。

それでもあなたは自らの「きらめき」に向き合う覚悟はありますか?本書が問うているのは、もしかしてそういう厳しい話なのかもしれないと、読んでいて、そう思いました。