かぐらかのん

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「自分でできる対人関係療法(水島広子)」を読む。伝える「内容」は妥協せず「伝え方」を最大限工夫する。

 
 
 
 
対人関係療法(IPT:Interpaersonal Psychotherapy)とは、もともとは、うつ病の治療法として開発された経緯があり、その後、摂食障害や社交不安障害、PTSDなど様々な精神疾患に対する治療法として応用され、現在注目されている心理療法です。本書はその平易な入門書ということになります。
 
抑うつ」や「過食」などの「症状」の根底には対人関係の問題が深く関わっており、対人関係療法はその名の通り、対人関係にアプローチすることで、メンタルヘルスの問題の改善を図って行きます。
 
対人関係療法の起源は、新フロイト派であるハリー・スタック・サリヴァンの対人関係理論に由来し、学派的には精神分析の親戚に当たります。
 
なので、結構、精神分析(特にコフート学派)と親和的な考え方も出てきたりしますが、精神分析が、主としてクライエントの心の中にある内的な他者イメージの変容を重視するのに対して、対人関係療法は現実の他者との関係の変容を重視する点に大きな相違があります。
 

* 嫌な同僚は「重要な他者」か?

 
対人関係療法は人間関係を三層に分け、その最も中核部分(第一層)に位置する配偶者や両親などの「重要な他者」との「現在の」関係にフォーカスする点に特徴があります。
 
・第一層・・・配偶者、恋人、親、親友など、最も親密な関係を持っている「重要な他者」と呼ばれる人達。
 
・第二層・・・友人、親戚など、「重要な他者」ほど強くはないけれどもそれなりに親密な関係を持っている人達。
 
・第三層・・・職業上の人間関係など、その他、周辺部の人達。
 
ここで、日常的に顔を合わせる職場の人達がもっとも周辺部の第三層に位置するのは疑問を覚える向きもあるでしょう。
 
とりわけ、職場の嫌な同僚から日常茶飯事的にマウンティングされているような人にとって職場の人間関係は大問題のはずです。
 
けれども、対人関係療法的には、「重要な他者」との関係が充実していさえすれば、「第三層」の人間関係がメンタルヘルスへ与える影響は微々たるものに過ぎないと考えます。
 
つまり、「嫌な同僚」というのは、たまたま同じ空間に居合わせているだけの、広い意味では、通りすがりの人と何ら変わらない「どうでもいい人達」であって、こんな人達に貴重なリソースを割くのは極めて人生のムダだということです。
 
そこで第三層への対応としては相手の言動と自己評価を紐づけず、適当に聞き流すのが基本的な態度となります。
 
いちいち何かにつけてマウンティングする人は、基本的に自己が満たされていない「可哀想な人」です。
 
なので、こういう人達から何か言われても、やおら感情的になったり、無理にマウンティングし返そうとしたりせずに、道端のゴミでも眺める眼差しで、「ああ、そう思うんですか」「それって何か〇〇さんに関係あるんですか」と、無関心そうに淡々と返答すればいいわけです。
 
(最も人事評価権を握る上司など、聞き流してばかりだと実害が生じる可能性がある場合、その限りで「重要な他者」に準じた対応を要することもあるでしょう)
 

* 対人関係問題の4つの領域

 
また、対人関係療法は問題の所在を「悲哀」「役割期待の不一致」「役割の変化」「対人関係の欠如」の4領域に整理し、それぞれに応じた治療戦略を取ります。
 
・悲哀・・・大切な人を失った時、「否認→絶望→脱愛着」の「悲哀のプロセス」を辿れていないケース。
 
役割期待の不一致・・・「重要な他者」に期待する役割と、相手の希望が一致していないケース。
 
・役割の変化・・・生活上の変化にうまく適応できていないケース。
 
・対人関係の欠如・・・そもそも親しい対人関係を作れない、あるいは維持できないケース。
 
例えば、夫は「専業主婦として家事と育児に専念してほしい」と思い、妻は「自分も仕事に出るから家事と育児を分担して欲しい」と思っている場合、これは、「重要な他者」との間に役割期待の不一致が生じているケースです。
 
ここでは、まずお互いの期待の不一致がどの段階にあるか見極めます。
 
・再交渉・・・お互いが期待を全く譲り合わずに言い争っている段階。
 
・行き詰まり・・・お互いの主張を飲み込んで沈黙している段階。
 
・離別・・・お互いの期待の不一致が客観的に解決不可能なほど大きい段階。
 
再交渉の段階であれば、まだ修復の余地は十分にあるわけです。 そこで、まず自分の相手に期待する役割は適正なのかを検討してみたり、逆に相手が自分に期待す役割を変えてもらうようお願してみるという選択肢が考えられます。
 
またコニュニケーションの方法を改善するというのも重要です。お互いの風通しをよくすることで、期待がずれたままでも案外、気にならなくなるということはよくあるからです。
 

* 「内容」は妥協せず「伝え方」を最大限工夫する。

 
人は「あの人が言いたいことはどうせわかっている」「あの人は私が言いたいことをわかってくれているはずだ」と勝手に思い込む生き物です。
 
けれども、自分にとって親しい相手であればあるほど、意外と意思疎通が取れていないということはよくあることです。
 
本書が言うように、大事なのは伝える「内容」は妥協せず「伝え方」を最大限工夫することでしょう。
 
コミュニケーションは正しいか間違っているかという白か黒かの問題ではないわけでして、西尾維新さんの小説で「君の意見は完全に間違っているという点に目を瞑れば概ね正解だ」という名言がありますが、どんな正しい主張でも伝え方次第では完全に間違ってしまうわけです。
 
人は論理ではなく感情で動く生き物です。何か言う時は一拍おいて、ロジカルとリリカルからのダブルチェックを入れる習慣は是非身につけておきたいものです。
 

* おわりに

 
このように対人関係療法というのは「やるべき事」が極めて明快なのが特徴です。
 
一見、複雑怪奇な感情の迷路もこういう風に整理していけば、わりとシンプルに解決の糸口が見えてきたりもするわけです。
 
本書は水島先生の他の著作と同様、具体的なケースが豊富で、日常的なコミュニケーションの場面にも活用できるヒントが多く得られるでしょう。