かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

民藝運動から創造社会へ

* 柳宗悦と民藝運動

 
明治期の日本において日本美術の振興に尽力したことで知られる岡倉天心は1903年に行った「美術家の覚悟」という講演において芸術家の意義につき「古来東西の美術家は、彼の宗教家の如く、又た文学者の如くに、自ら文明の先駆となりて一世を導くが故に尊重せられたり」と述べています。すなわち時代の先駆となる点にこそ芸術家の意義があるというのが天心の理解でした。そのことを天心は「凡そ美術家として尊重すべき所以は、世の先覚となりて美の門鎖を開き、人生を慰藉して之れを高尚に導く天分あるが故のみ。其凡庸の職工人たるにいたりては、何等の点にか特殊な尊敬を払うべき」とも述べています。
 
ここで天心は「美術家」と「職人」あるいは「工人」を明確に区別し「工人」を「米櫃のために制作をする人」として低く評価しています。確かに近代美学の伝統においてはイマヌエル・カントが美の特徴として挙げた「無関心」のように、美とは何かの役に立つかどうかという評価から切り離されたところで成立するものであると理解されてきたところがあります。現代においても他の目的のためではなく純粋に芸術的・創造的意欲から生み出される芸術にこそ価値があるという考え方は広く受け入れられているでしょう。
 
こうした美術観に対して明確な異議を唱えたのが昭和初期にいわゆる「民藝運動」をリードしたことで知られる柳宗悦です。柳は名もなき職人が作り民衆がその日々の暮らしのなかで用いている器や家具、織物の美といった民衆的工芸、すなわち「民藝」に注目します。柳は代表的著作である『工藝文化』において生活に結びついた民藝の美を「無事の美」と表現しています。これは禅に由来する表現であり、例えば『臨済録』において「無事はこれ貴人、ただし造作することなかれ」という表現があるように、無事の境地にすむ人こそ尊いのであり、強いて事を作為するようなことをしてはならないという意味です。つまり「無事の美」とは日々の生活のなかに垣間見える自然な美を指すものです。
 
もちろん柳も天才の創り出す偉大な美を否定しようとしたわけではありません。しかしこうした偉大な美に至るには大抵は凡人が決して歩むことのできない険阻な道を経なければならず、そうであれば、こうした稀有の天才だけが歩める険阻な道はむしろ「傍系の道」であり、ある程度修行さえ積めば天才でなくとも生み出すことができる民藝の美の方が「美の大道」ではないかと主張しました。
このような柳の美術観に基づき展開されたのがいわゆる「民藝運動」です。1941年に発表した『民芸とは何か』において柳は蒔絵や螺鈿細工のような高貴な美の特徴である複雑で繊細な技巧、あるいは顧客の注意を引こうとする作者の意図や作為性と対比して、民芸の美の特徴として「無駄をはぶいた簡素、作為に傷つかない自然さ」を挙げており、前者の特徴が「有想」だとすれば後者の特徴は「無想」にあるとも述べています。
 
蒔絵や螺鈿細工のような「上手物」を作る人はそこに自分の意図を、あるいは独創性を込めようとします。これが「有想」です。これに対して民芸のような「下手物」を作る人はそういう意図は持たず、一般の人々の生活にいちばん役立つようなものを作ろうとします。これを柳は「無想」という言葉で表現しました。そこでは複雑さや奇抜さよりも単純性が、華やかさよりも質素さが、繊細さよりも堅牢さが旨とされています。
 
こうしたことから柳が1926年に河井寛次郎らとの連名で発表した「日本民藝美術館設立趣意書」を嚆矢として展開された民藝運動とは、そのような単純で質素で堅牢な日々使われる民芸品ないし工芸品のなかに美があるという認識を広めようとする運動であるといえます。同設立趣意書の表現で言えば「美が自然から発する時、美が民衆に交わる時、そうしてそれが日常の友となる時」を実現する運動であったということです。では、こうした柳が展開した思想と民藝運動は現代においていかなる意義を見出すことができるのでしょうか。
 

* プラットフォームから「庭」へ

 
批評家の宇野常寛氏は近著『庭の話』(2024)において今日の情報環境は社会の分断と民主主義の機能不全を引き起こす「相互評価のゲーム(発信と承認の快楽が前面化したゲーム)」に支配されているとして、ソーシャルメディアに代表される「プラットフォームの時代」を内破するための方法を「庭」という比喩を用いて論じています。

 

庭の話

庭の話

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プラットフォームには人間間のコミュニケーションしか存在しません。しかし「庭」は異なります。「庭」は人間外の事物であふれる場所です。草木が茂り、花が咲き、そしてその間を虫たちが飛び交います。「庭」にはさまざまな事物が存在し、その事物同士のコミュニケーションが生態系を形成しています。しかし同時に「庭」とはあくまで人間の手によって切り出された場です。完全な人工物であるプラットフォームに対して「庭」という自然の一部を人間が囲い込み、そして手を加えた場は人工物と自然物の中間にあります。
 
だからこそ人間は生態系に介入し、ある程度まではコントロールできます。しかし完全にコントロールすることはできません。「庭」とはその意味で不完全な場所です。しかし、だからこそプラットフォームを内破する可能性を秘めています。つまり問題そのもの、事物そのものへのコミュニケーションを取り戻すためにはいまプラットフォームを「庭」に変えていくことが必要であると同書はいいます。そこで同書はまず現代を代表する庭師であるジル・クレマンの「動いている庭」やエマ・マリスの「多自然ガーデニング」といった仕事を参照し「庭」の条件をひとまず次のように示します。
 
第一に「庭」とは人間外の事物とのコミュニケーションを取る場所でなければならないということです。今日において人間は事物そのものに触れることよりも事物を用いた「相互評価のゲーム」に引き寄せられています。その方が速く簡単に承認を手に入れることができるからです。それゆえに人間がこうした「相互評価のゲーム」とは無関係に事物にアプローチするためには、まずその場がこのゲームとは無関係に人間がそれらと遭遇できる環境が必要となります。
 
第二に「庭」とは事物同士がコミュニケーションを取り、豊かな生態系を構築している場所でなければならないということです。世界にいかに多様な事物が溢れていようとも「相互評価のゲーム」においてハッシュタグという画一的なフィルターを通して触れる事物は決して多様なものになりません。この罠を回避するにはコミュニケーション可能な人間外の事物が人間の介入=タグ付けではなく独自のアルゴリズムを用いて生態系を形成し、常に動的であることが必要になります。
 
第三に「庭」とは人間がその生態系に関与できるけれども、完全に支配することはできない場所である必要があるということです。「相互評価のゲーム」の舞台となるプラットフォームの実態はユーザーが速く、簡単にかかわれる領域(プラットフォームにおける投稿)と、逆にほぼかかわることができず、全く支配の及ばない領域(プラットフォームそのものの設計)に二分されています。そしてこのプラットフォームの二層構造はある領域についての全能感とある領域についての無力感を人々にもたらし、それゆえに人々は自分達が全能感を持ってかかわることのできる領域で展開される相互評価のゲームに強くコミットしてしまうことになります。それゆえに「庭」はプラットフォームのような両極端な二層構造を持たない、一方で自分が世界の一部であることを実感できる場所であると同時に、他方でその結果をコントロールすることができない場所であることが必要となるということです。
 

* 手仕事とコレクティフ

 
そして同書はこうした「作庭」にもっとも近い実空間における実験的な試みとして東京都小金井市にある就労継続支援B型事業所「ムジナの庭」の取り組みを紹介しています。利用者のケアにも注力しているという同施設の特徴は庭の植物の世話や小物の製作といった同施設が「手仕事」と呼ぶ人間外の事物とのコミュニケーションを重視している点にあります。
 
「ムジナの庭」では日によって訪れる利用者の顔ぶれは入れ替わり、そこで行われる「作業」もあえて決められておらず、あらかじめ枠組みを可能な限り設定しないことが何よりも重視されているそうです。結果、そこにはある種の「わかりづらさ」が発生します。しかしこの「わかりづらさ」を引き受けることこそが重要だと鞍田氏は述べています。そしてそのような「わかりづらさ」によって確保される、ばらばらのまま人々がつながっている状態を氏は「コレクティフ」という言葉で説明しています。
 
精神分析家フェリックス・ガタリによる「制度論的精神療法」の実践で知られるラボルド病院を開設した精神科医ジャン・ウリはラボルドにおける実践のコンセプトを「コレクティフ」という概念から説明しました。この「コレクティフ」という概念はもともと実存主義を代表する思想家ジャン=ポール・サルトルが『弁証法的理性批判』(1960)で用いたものです。
 
例えば停留所でバスを待っている人々がいるとして、これはひとつの集団として考えることができますが、サルトルによれば彼らは決して革命の主体となることはありません。サルトルは単に群れているだけの集団ではなく、特定の目的を共有する組織化された集団こそが社会を牽引すると考え、前者の不十分な集団を「コレクティフ collectif」と呼び、後者の望ましい集団である「グループ groupe」から区別しています。
 
しかしウリはサルトルがその必要性を訴えた目的の共有と組織化というそれこそが人間を疏外しているとして、むしろ望ましい集団とは「グループ」ではなく「コレクティフ」であるべきだと考えました。こうしたことからウリの提唱する「コレクティフ」とは「構成員である個々人が、自分の独自性を保ちながら、しかも全体の動きに無理に従わされていることがない状態」のことを指しています。
 
こうしたことからウリは病院における人間間のコミュニケーションを「コレクティフ」な状態に保つための制度設計を重視しました。これに対して「ムジナの庭」はこうしたウリのアプローチをベースにその力点を建物や庭など、人間外の事物とのコミュニケーションに移行したところにその特徴があります。
 
鞍田氏は同施設の運営指針を「コンパニオンプランツ」という園芸用語で説明しています。「コンパニオンプランツ」とは例えば家庭菜園においてトマトの側にネギを植えて害虫を遠ざけようとするように、近くに2種類以上の植物を栽培することで結果的に良い影響を与え合うことを指しています。そして「ムジナの庭」においては施設の庭に生息する植物を生かした多岐にわたる「手仕事」がこの作物たちにあたります。
 
この点、氏は「ムジナの庭」をひとつの「生態系」として捉えているといいます。こうした施設ではある利用者がいなくなったり逆に新しい利用者が加わったりすると、全体の雰囲気やそれを生み出す利用者たちの関係性が一気に変わります。だからこそ氏は「手仕事」という人間外の事物とのコミュニケーションを重視します。
 
ここで重要となるのが「人間が一度人間外の事物を経由することで、他の人間に触れることだ」と宇野氏はいいます。すなわち、人間外の事物とのコミュニケーションの結果として「たまたま」人間間のコミュニケーションが発生するという機序によりはじめて人々がばらばらなままでたまたまつながるという「コレクティフ」が確保されるということです。
 

* 事物におけるインティマシー

 
このように「ムジナの庭」は「手仕事」という事物とのコミュニケーションにより、人々を「コレクティフ」な状態へと留めおこうとします。では、このような「コレクティフ」な状態を生む事物の条件とは何なのでしょうか。
 
この点、鞍田氏の配偶者であり民藝運動の研究者としても知られている哲学者の鞍田崇氏は「官製の「美術」という制度に対するカウンターカルチャー」としての民藝運動は「運動それ自体の役割はすでに終わったものなのではないか」という宇野氏の質問に答えて、その認識をなかば認めながら、しかし民藝のもつ精神性は現代にこそ必要とされているのではないかとした上で、現代における民藝「的」な事物として機能するものは--まさに「ムジナの庭」のような--ケアの現場に存在できると述べています。
 
鞍田(崇)氏は100年前の柳宗悦らによる民藝運動を「生の哲学」の潮流の一つとして位置付けています。ここでいう「生の哲学」とは19世紀から20世紀初頭にみられた近代批判の潮流で、合理化や工業化が人間の物質的な生活を豊かにする反面、その精神生活を貧しくしたと考え、その失われたものを取り戻そうとする哲学の動向とされます。こうした「生の哲学」を代表する思想家としてドイツにおけるアルトゥル・ショーペンハウアー、フリードリヒ・ニーチェ、フランスのアンリ・ベルクソンやアメリカのウィリアム・ジェイムズなどが挙げられますが、氏はニーチェと同時代のウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動を、そしてその影響下にある柳らの民藝運動を、このような潮流の一端として位置付けます。
 
そのため氏は柳の提唱する「用の美」を職人たちの手仕事のなかで育まれた独自の外見の美としてでもなければ、それが用いられることによってはじめて発揮されるある種の機能美としてでもなく、近代化によって失われた「生の実感」をもたらすものとして位置付け、それを「インティマシー(いとおしさ)」という言葉で表現します。
 
こうした民藝の持つ「インティマシー」を氏は例えば柳の盟友である河井寛次郎が戦時中の京都の植田集落を訪れた際のエッセイに発見し、河井がそこで発見した家屋を「眞當の」「喜んで生命を託するに足る」「永遠な」住居だと評し「どれもこれも土地の上に建つたといういふよりは、土地の中から生え上がつた」ようだと感じていることに注目し、ここに柳や河井が展開した民藝運動の精神の本質を見ています。
 
こうした氏の洞察を受けて、宇野氏はここで問われているのは事物を通じて人間と世界とのつながりが実感できることであるといいます。職人の手仕事によって作られた民藝は、それが工業製品ではない手仕事であり、にもかかわらずそれを作り上げた職人が名もなき存在であるからこそ、使用者はそれを自分の手足の延長だと感じることができます。そして、それを用いることで人々がその道具たちに「インティマシー」を感じた時、その事物を通じて世界にかかわり合っている「生の実感」がもたらされることになるということです。
 

* 民藝運動から創造社会へ

 
では翻って「ムジナの庭」における「手仕事」のように事物を「用いる」のではなく「つくる」時、人間と世界はどのように結びつくのでしょうか。ここで同書は井庭崇氏のパターン・ランゲージ論を援用した議論を展開します。パターン・ランゲージとはクリストファー・アレグザンダーによる建築と都市計画の理論で、単語を組み合わせて文章ができるように「座れる階段」「手近な緑」「つながった遊び場」「泳げる水」などといったいくつかの「パターン」を組み合わせて建築物や都市を作り上げていく手法をいいます。
 
まず井庭氏は今日の社会を情報社会から創造社会への転換点にあると考えます。ここでいう創造社会とは事物を「制作」する、つまり「つくる」ことによる自己実現が支配的になる社会のことを指しています。このような「つくる」対象には物理的な「モノ」だけではなく、イベントやシステムなど「コト」の領域も含まれます。そして氏はこうした事物を「つくる」ことで人間と世界とが接続される未来を構想します。
 
氏はここで民藝とアレグザンダーのパターン・ランゲージを接続します。柳とアレグザンダーはともに近代の工業社会で大量生産される物品に人間疎外を見て、ともに「民衆がつくるものにこそ美しさが宿る」と考えました。そして氏は柳のいう「無心の美」という概念に注目します。ここでいう「無心」とは意図や作為のない状態をいいます。伝統の中で無名の職人たちによって作られた物品は近代的な自我のもたらす意図や作為とは無縁のため自然の持つ美の延長に存在するともいえるでしょう。そこで氏はこうした柳のいう「無心の美」とアレグザンダーのいう「無名の質」を重ね合わせ、こうした「無心の美=無名の質」は、柳のいう「用の美」の中に鞍田氏が見出した「インティマシー」によって支えられているといいます。
 
柳が100年前に展開した民藝運動は名もなき職人たちの作る物品の「用の美」の再評価を訴えるものでした。そして、アレグザンダーのパターン・ランゲージはこうした民藝運動の精神を継承するものであるいえます。つまりパターン・ランゲージという知恵をオープンなコミュニティでシェアすることで、人はそれぞれの「パターン」に織り込まれた歴史的な知見を活かしながら「無心の美=無名の質」を損なうことなく「インティマシー」を発揮する事物を「つくる」ことが可能となります。これが井庭氏のいう創造社会のビジョンです。こうした井庭氏の提示するビジョンを受け、ここから同書はプラットフォームにおける「相互評価のゲーム」を内破するための鍵を事物を「つくる」という「制作」に見出していきます。
 
民藝運動から創造社会へ。この両者は時空を超えてインティマシーという回路を通じた生の実感でつながっているといえます。このように柳がかつて展開した思想と民藝運動、さらにはその背景をなす生の哲学という潮流はプラットフォーム時代における情報社会論という文脈から読み解くことができます。そうであれば、さらにはそこから近代美学のパラダイムを更新するような、いわばインティマシーの美学を立ち上げることもできるのではないでしょうか。