かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

ハンナ・アーレントと人間の条件

* 全体主義の起源から人間の条件へ

 
今年生誕120周年を迎えたハンナ・アーレントは1906年、ドイツのハノーバーでユダヤ系の中産階級の家庭に生まれ、マールブルク大学でマルティン・ハイデガー、ハイデルベルク大学でカール・ヤスパースという錚々たる面々に師事して哲学を学び、博士論文『アウグスティヌスにおける愛の観念』を執筆したのち、19世紀初頭のベルリンでロマン派の文人などを集めたサロンを主宰したユダヤ人女性ラーエル・ファルンハーゲンの評伝を書いています。
 
1933年に政権を掌握したナチスの迫害を怖れたアーレントは母親とともに出国し、プラハからジュネーブを経てパリへ逃亡し、中東パレスチナにユダヤ人の故国を建設しようとするシオニズムの運動に協力します。ユダヤ人としての自己の存在の意味について本格的に考え始めたのもこの頃からだといわれます。
 
第二次世界大戦が始まり、ドイツ軍がパリに迫りくる1940年5月、フランス政府は亡命したユダヤ人を敵国人とみなし、アーレントもピレネー山脈近くのギュルス収容所に移されますが、同年6月にフランスが降伏するとドイツ軍のパリ占領の混乱を機に収容所を脱出し、スペイン国境を越えてアメリカ合衆国に渡航します。
 
1941年5月にニューヨークに着いてから1951年にアメリカ国籍を取得するまでの間、アーレントは亡命ユダヤ人として執筆活動を始め、ユダヤ系の新聞『アウフバウ』や『パルチザン・レビュー』などの雑誌に投稿する一方で、バークレー、シカゴ、プリンストン、コロンビアなどの大学で教鞭を執っています。その一連の活動と思索の成果が1951年に公刊された第一の主著『全体主義の起源』です。
 
同書においてはナチス・ドイツの支配下に入ったドイツの国民がごく普通の人々から知識人に至るまで一夜にしてそれまでの道徳心を喪失してナチスに協力するようになったのはどうしてなのかという問いが歴史的側面、政治的側面、心理学的側面から検討されることになります。
 
まず第一の歴史的側面についてアーレントはドイツにおける「種族的なナショナリズム」を指摘します。近代という時代は革命による国民国家の成立とともに始まりましたが、この国民国家とは「国民 nation」と「国家 state」という二つの異質な概念をまとめたものです。ここでいう「国民 nation」とは共通の歴史や伝統や紐帯を持つ民族や文化に結びつく歴史的な概念であり、これに対して「国家 state」とは特定の領土を持つ国家が、そこに住むすべての住民を支配する権力機構を備えていることを示す政治的な概念です。
 
それゆえにドイツのように民族の存在空間が国民国家の領土と一致しない国家では「国民 nation」という概念と「国家 state」という概念が矛盾を引き起こし、こうした国においてナショナリズムは国家的な統合の役割を果たすのではなく、いわばネーションがステートを食い破り「血の絆」のような自然的幻想に依拠して自らの民族の統一を願う民族的なナショナリズムが成立することになります。アーレントはこうしたナショナリズムを「種族的なナショナリズム」と呼びます。この種族的なナショナリズムはその民族の「血の絆」を重視する理論のため必然的に人種差別を生み出してしまいます。ドイツにおいてそのターゲットとされたのがユダヤ人であったということです。
 
そもそもキリスト教文化圏であるヨーロッパでは伝統的に身近に暮らすディアスポラであるユダヤ人に対する偏見や差別感が生まれることが多く、ヒトラーはこの傾向を最大限に利用しました。ヒトラーによる反ユダヤ主義の戦略によってドイツ社会では既存の組織をナチス的な組織に改変する均制化が進み、その過程で多数のユダヤ人が公職を追われることになります。そして、このようなナチスの均制化とユダヤ人の公職追放はドイツの一般市民に恩恵を与えると同時に屈辱感と罪責感を強めるようになり、この逆説的な経路を通じてナチスは人々の忠誠心を調達することになります。
 
次に第二の政治的側面についてアーレントはネーションがステーツを食い破り「種族的なナショナリズム」が猛威を振るう「国民国家の悲劇」を象徴的に示す少数民族と無国籍者の問題を取り上げています。少数民族は自らの言語と文化を抑圧され、独立を訴えると多数民族が主権を握る国家から弾圧され、無国籍者は法律が国民にしか適用されないことが原則である国民国家では完全な無権利状態になります。
 
こうした少数民族と無国籍者が置かれる境遇をナチスはユダヤ人を絶滅させるために巧みに利用します。すなわち、まず最初に国内のユダヤ人をドイツにおける非公認の少数民族の地位に追い込み、次に無国籍者にして国境から追放します。困窮状態で国外に追放されたユダヤ人は受け入れ先の近隣諸国でも厄介者として扱われ、これらの国でも反ユダヤ主義が蔓延しユダヤ人の扱い方についてドイツを非難できなくなります。
 
やがて国境から追放されたユダヤ人は回り回ってドイツに送還されてくることになります。そしてナチスが最後に行ったのは送り返されてきたユダヤ人を自由に「処分」してしまうことに異議があるかを他の諸国に公然と尋ねることでした。こうして「彼らが全人間世界における〈余計者〉あるいは居場所がない者であることが実証されたとき、初めて絶滅が開始された」とアーレントはいいます。
 
そして、このようなユダヤ人の運命がドイツ国民の道徳性を揺るがせる上で大きな影響を与えたのは明らかです。まず第一に国民は自分がドイツという国家に所属していることを喜ばざるを得ず、人権が国家の力によってのみ保障されることを実感し、その結果、国家の唱える道徳規範が自分達がこれまで抱いていた道徳規範と異なるものであっても、国家の道徳規範に服従することになります。
 
そして第三の心理学的側面についてアーレントは大衆社会における「孤立」という心理状態をあげています。ここでいう「大衆」の特徴として、その人数が多いこと、政治的に無関心であること、政治的集団を組織しないことが挙げられます。そしてこのような「根無し草」としての大衆は他の人々と公的な空間において連帯することができないため、全体主義のような回路を通じてその力が吸い上げられることになります。
 
この点、アーレントは人間が他者との結びつきが断たれて単独な「1人」になる状態を「孤独」「孤絶」「孤立」という三つの概念によって区別しています。ここでいう「孤独」とは他者との関係を断って自己と向き合っている状態をいい「孤絶」とは何か専念し自他を忘却している状態をいい「孤立」とは他者から見捨てられた状態をいいます。こうした区別を前提に全体主義体制とは人々を「孤立」の状態に陥れることを目指すものであるとアーレントはいいます。そして、ここで利用されるものが人々に恐怖を植え付ける「テロル」と人々から思考と判断の能力を奪う「イデオロギー」です。
 
もともと孤立しやすい大衆社会のうちに生きていた人々は「テロル」によって絶対的に孤立し、さらに擬似科学的な「イデオロギー」によって自分で考える力を奪われ、全体主義的な体制を擁護し、その命令に従って犯罪を犯すようになります。このように全体主義におけるテロルとイデオロギーとは「組織された孤立」の状態を作り出し「一切の人間的関係を荒廃させる原理」であり、それゆえにナチスの体制のもとでテロルとイデオロギーの力に支配された一般市民は、こうしたプロセスを経て道徳心を喪失していくことになったということです。
 
このように全体主義は人々の共有する「世界」を破壊し、そのうちに生きる人間を「孤立」させ、他者と隔絶させることによってその支配を実現することになります。そして、こうした人々の「孤立」の問題を考察したのが1958年に公刊された第二の主著『人間の条件』です。同書を貫くのは全体主義を支え、人々を全体主義に支配させたこの「孤立」がどのように発生したかという問いであったといえます。
 

* 労働・制作・活動

同書においてアーレントは人々がおこなうさまざまな営為を「労働 labor」「制作 work」「活動 action」という三つの大きなカテゴリーに分類し、これらを総称して「活動性 activity」と呼んでいます。
 
ここでいう「労働」(とその産物である「消費」)とは人間が自分の生命を維持するためのもっとも基本的な活動性です。次に「制作」とは人間が個人の生存を超えた永続的な「世界」を創り出すための活動性です。そして「活動」とは人間が言論によって他者に働きかけ、この「世界」をよりよいものとしていくための活動性です。
 
一般に「活動」という活動性は公的な場で展開されるため、多くの場合、政治的なものであると見做されます。しかしアーレントが「活動」という概念で考えている活動性はふつうに公的な場で展開される政治的な活動よりもはるかに広い意味を持っています。すなわち。この「活動」によって生み出される「世界」とは政治的な活動が展開される公的な場よりも広いものとなります。
 
他者との間である場が開かれるとき、そこには「現れの空間」とアーレントが呼ぶ空間が生み出されます。この空間は、たんに政治的な活動の場というよりも、我々が一つの明確なアイデンティティをもって登場する場です。こうした「現れの空間」における活動により「人間が物理的な対象としてではなく、人間として相互に現れる」のであるとアーレントはいいます。
 
このようにアーレントは人間の活動性を「労働」「制作」「活動」に分類して考えましたが、こうした活動性の違いをもっともわかりやすい形で示しているのが古代ギリシアのポリスです。古代ギリシアのポリス、特にアテナイでは公的な活動に参加できる「自由民」は両親がアテナイ市民である家族から生まれた成人男子の市民だけに限られており、こうしたことから古代ギリシアにおける「自由」の概念は現代と異なり身分と密接に結びついていました。
 
このアテナイの市民はそれぞれに家庭を持ち、その家庭の主人として、妻、未成年の男女の子供たち、召使、奴隷たちを支配していました。この家庭の役割は主人とその家族の人々が生活し、生命を維持することにあり、こうした市民の家庭の内部では「自由」という概念は適用されず、家族もその他の成員も、主人である男性に服従することが求められました。この家庭という領域は労働と消費の営みが行われる私的な領域であり、この領域では言葉による説得ではなく、暴力と命令が行使されることになります。
 
これに対してポリスとは自由で平等な市民たちが暴力や命令ではなく言論により、互いに他者を説得することを目的とした政治的な空間です。アリストテレスは人間を「ポリス的な動物」と定義しました。すなわち彼は、人間はこのようなポリスの空間において政治的な活動に関わることで家庭において支配する専制的な家長の顔とは別の顔をそなえた自由で平等な「人間」になると考えました。
 
このように「労働」は家庭という閉じられた私的な領域で行われるものであり、これに対して「活動」は自由で平等な市民が他者を暴力や力で支配するのではなく言葉によって説得する公的な領域で行われるものであったといえます。こうしたなかで職人や奴隷が従事する「制作」は家庭という私的な領域とポリスという公的な領域の狭間にあって独立した領域をほとんど形成することがありませんでした。
 

*「社会」の登場とその帰結

 
このように古代ギリシアのポリスでは自己と家族の生存のための私的な領域とポリスにかかわる市民の公的な領域が明確に区分され、対立していました。しかし近代の到来とともにこの二つに明確に区別された領域の間に「社会 social」という領域が広がり始めます。この近代的な「社会」の基本的な特徴はそれまでの封建制の社会と異なり、人々が顔のない無名の群衆として登場するということにあります。
 
前近代的な社会では人々は共同体のうちにその身分と役割と位置を固定されていました。しかし農村の伝統的な共同体が崩壊するとともに、多数の無名の人々が都市に集まるようになります。この無名の群衆で作り出される都市が市民社会の土台となりますが、これらの人々は都市の「市民」というよりも「住民」としか呼びようのない一群の人々でした。こうした「根無し草」となった人々が労働者として資本主義社会を支え、その産物を消費することにことになります。アーレントはこのような顔のない群衆の作り出す「社会」の特徴は「画一主義」にあると考えます。
 
そして現代ではこうした「社会」の領域は拡大の一途を辿り、古代ギリシアのポリスにおいて市民の主な「活動」の場であった公的な領域はもっぱら政治という狭い領域に追い込まれることになります。もっともアーレントのいう「現れの空間」は時代を問わず常に存在しうるのであり、現代においてもさまざまな局面で我々の前にこうした公的な領域が生まれることがあります。こうした観点からいえば1930年代のドイツで失われたのはまさにこのような公的な領域であったということです。
 

* 公共性の二つの定義

 
以上のようにアーレントは人々がおこなうさまざまな営為を「労働」「制作」「活動」という三つの大きなカテゴリーに分類した上で、これらの中で「活動」を重視した、と一般的には理解されています。そして、その背景には古代ギリシアのポリスを範例とする私的な領域と公的な領域の二項対立があります。ところが今日においてこうしたアーレントが提示した(とされる)「活動」の優位という序列は揺らぎをみせています。
 
例えば東浩紀氏は『訂正可能性の哲学』(2023)において「制作」の観点からアーレントが『人間の条件』で提示した「公共性」に関する議論を読み直しています。この点、アーレントは「公共性」に位相を微妙に異にする二つの定義を与えています。そのひとつが「公に現れるすべてのものが、あらゆるひとによって見られ、聞かれ、可能なかぎり広く公示されることを意味する」という定義です。ここから「公共性」とは、あらゆる人に開かれた「開放性」のことであるという考え方が導かれることになり、この考え方は「現われの空間」をひらく「活動」の優位とまっすぐに結びつきます。

 

訂正可能性の哲学

訂正可能性の哲学

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しかし東氏はアーレントの示す「公共性」におけるもうひとつの「わたしたちすべてにとって共通なものとしての世界」のことであるという定義に注目します。ここでいう「世界」とは単なる自然環境ではなく「人間の工作物、人間の手による制作物、あるいは人間がつくりあげた世界のなかにともに住まう人々のあいだで生じるできごと」の総体、すなわち人間が作る社会環境のことです。そして「工作物」には道具や彫刻のように物理的なものもあれば、法や文学のように抽象的なものもあります。いずれにせよそれらは個人が死んだあとも共通のものとして残ります。こうしたことから、こちらの「公共性」の定義は空間的な「開放性」というよりも時間的な「持続性」に結びついています。
 
ではこの二つの公共性の定義はどうつながっているのでしょうか。この点『人間の条件』においてアーレントは人が多数いるという「複数性」をしばしば強調しています。「この(人間の)複数性こそが、すべての政治的な生の条件であり、その必要条件であるばかりか最大の条件でもある」と彼女は記しています。
 
人間が複数いること。この単純な事実こそがアーレントの政治思想をもっとも深いところで支えていると氏はいいます。ひとは私的な領域では隠れており公的な領域において初めて「現れ」ます。彼女によればそれこそが人間が人間らしく生きるための根幹であるいうことですが、実際問題、人は一人きりでは「現れる」ことはできません。すなわち、ここでいう「現れ」とは必ず誰か、他者がいる空間の中に現れるということです。
 
それゆえ「現れの空間」が機能するためにはまず現実に多数の多様な人々を、他者として受け入れる「共通の世界」が用意されなければならないということになります。こうしてみるとアーレントのなかで公共性における「開放性」と「持続性」は人間の「複数性」を蝶番とした理路でつながっているといえます。
 

* 公共性と活動性の関係

 
ではこうしたアーレントの公共性論はアーレントのいう活動性とどうつながるのでしょうか。先述のようにアーレントは人間的な営為を「労働」「制作」「活動」の三つに分け、そのなかでもっとも重要でもっとも人間的なものは「活動」だと主張しました。人は労働でも制作でもなく、活動を通じてのみ公共に接続しうる一人の人格として「現れる」ことができるということです。平たくいえば人は見知らぬ他者とともに共通の社会課題について語り合ったり政治運動に参加したりすることではじめて充実した生を送ることができるというのがアーレントの主張です。
 
このようなアーレントの主張する活動の優位は彼女の想定する公共観と密接に関わっています。アーレントは一方で活動だけが公共性を構成できると主張しています。ここでの公共性とは彼女のいう「現れの空間」としてのそれです。彼女は「このように活動は、わたしたちすべてに共通である世界の公的な部分にもっとも密接な関係をもっているだけでなく、そのような部分を構成する唯一の営為である」と言い切っています(この「公的な部分」はすぐ後のくだりで「現れの空間」と言い換えられています)。なぜならば活動だけが「自分がだれであるかを示し、それぞれ唯一の人格的なアイデンティティを積極的に明らかにする」営為だからです。
 
とはいえアーレントの公共性論は以上で尽きるものではありません。同書では公共性に持続性による定義が与えられています。そしてアーレントはそちらでは今度は公共性は「活動」だけでは構成できないと主張しているようにも読めます。人が人格として触れ合う「現れの空間」が開かれたとしても、それを共通の世界として持続させるためにはどうしても「制作」の助けが必要となるからです。
 
アーレント自身も「活動し言論する人々は、〈工作人〉の最高の能力における助けを必要としている。つまり、芸術家、詩人、歴史編纂者、記念碑建設者、作家の助けを必要としている。なぜならば、その助力なしには、彼らの営為の生産物、すなわち彼らが演じ語る物語は、けっして生き残ることができないからである」と述べています。すなわち、本当の公共性は活動と制作が組み合わされなければ実現しないということです。
 
アーレントは公共性を開放性と持続性によって定義しました。開放性としての公共性は活動によって可能になり、持続性としての公共性は制作によって可能になります。だとすれば公共性の質は活動と開放性だけでなく制作と持続性の観点からも判断されることになります。そして活動の成果は制作によって「実は」の論理から訂正されることになります。アーレントのいう公共性とは訂正可能性に支えられた持続的な共同体として読み直されうると東氏はいいます。
 

* プラットフォーム空間と行為の制作化

 
また宇野常寛氏は『庭の話』(2024)においてアーレントの示した人間の条件を現代の情報環境に相応しい形でアップデートすることを提案しています。まず同書はアーレントが「労働」「制作」「行為」のうち「行為」を重視した理由として行為の予測不可能性を挙げています(註:ここでいう「行為」はこれまで使ってきた言葉でいえば「活動」にあたります)。すなわち、人間が他者と交流して共同の世界を形成する「行為」とは、アーレントにとってその結果が予測可能な「労働」や「制作」と異なり、人間を予測不可能な世界に連れ出し、新しいものと出会わせ、世界を変化させる創造的な回路なのであり、そしてこの予測不可能性のもたらす創造性こそが人間の自由の核心となるのであるということです。

 

庭の話

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このようにアーレントにとって公共の空間が人間の「行為」の場であり、個人が自己を表現し、他者と関係を築くことができる場所だと考えました。人々が互いに「行為」し、応答する過程で、個人は自己を他者に示し、共同の世界を構築することこそがアーレントにとって価値ある活動であったということです。
 
しかし同書は2020年代のソーシャルメディアが発信の欲求と承認の快楽が前面化した「相互評価のゲーム」に陥っているという観点から今日の世界を見渡したとき、アーレントの考える「行為」のための公共空間の成立は難しいといいます。すなわち「今日のプラットフォーム下の言論空間において、人びとは「行為」による自由と自己表現、そして世界への関与の快楽を貪ることでむしろを「個」を失っている」「人びとは今やインスタントな「行為」の快楽の中毒となり、タイムラインの潮目を読み、負けた側や批判しやすい状況にある他の誰かに石を投げることに、あるいは耳障りの良い美辞麗句を、それを再拡散することで自分を飾りたいという欲望する人々に向けて発信することに夢中になっている。そこには、予測不可能性もなければ、他者もない」ということです。
 
そして同書はもしアーレントが存命であれば、こうした現状を「行為の制作化」であると嘆いたかもしれないといいます。アーレントはプラトン以降の政治哲学には「行為」からの逃走の欲望が秘められていたと指摘していますが、それは具体的には、法や制度を設計すること、つまり「制作」への欲望です。プラトンが夢想した哲人王による支配は、その王による完璧な法や制度の「制作」を意味していました。こうしたプラトン以降の政治哲学における「制作」への欲望が「今日の電子公共圏の議論に始まる、設計主義的なインターネットの民主主義活用の議論に通じるものであることは一目瞭然」であるが「皮肉にも今日の世界を覆っているのはむしろ「行為」の肥大化による民主主義の麻痺にほかならない」と同書はいいます。
 

* 制作の行為化と永遠のβ版

 
そこで本書は「制作の行為化」を提案します。その例としてオープンソース文化における「永遠のβ版」という概念を取り上げます。これは製品やソフトウェアが絶えず進化し続け、決して「完成」しない状態を指しています。このアプローチはオープンソースに限らず、ソフトウェア開発プロジェクト全般に見られるものですが、この考えは明らかにアーレントが想定した理念系としての「制作」から逸脱するものであるといえます。
 
アーレントによれば制作活動は製品や作品の「完成」というあらかじめ定められた目的に向かって進むものであり、そのプロセスは目的によって制約されることになります。しかし「永遠のβ版」的アプローチは、製品やプロジェクトに「完成」という終点が存在せず、開発は開かれたプロセスとなります。人々はここで事物を「制作」することを通じて結果的に他者と対話することになります。この時、人間は「行為」による快楽の中毒が大きく相対化されていると同書はいいます。
 
こうしたことから本書は現状では主にクリエイティヴ・クラス(同書のいうAnywhereな人びと)のみが享受している「制作の行為化」を幅広い層へ、とりわけ社会的・経済的に不遇をかこつ層(同書のいうSomewhereな人びと)へと拡大させるための条件として、一方で日々の「労働」の中に「制作」の快楽を見つけうる回路の再構築が挙げられ、他方では「行為」による(つまり政治的活動による)労働環境の改善と情報技術の支援による「労働」の延長における「行為」の発生が挙げられます。すなわちここでアーレントのいう「労働」「制作」「行為」からなる人間の条件は「制作」を軸として現代の情報環境を前提としたものに総合的にアップデートされることになります。
 

* 活動と思考

 
その一方でアーレントの打ち出した「活動」の意義を再評価する立場も当然あります。例えば『人間の条件』の新訳を昨年7月に上梓した千葉眞氏は「『人間の条件』再読」(現代思想2026年2月臨時増刊号)において民主主義の危機という今日的状況を考慮すると「やはり本書でアーレントが力説している言論と活動との密接不可分な結びつきの議論に注目したい」と述べます。
言論と活動は人びとが人間として他者の前に現れる様式であり、その行為者のアイデンティティだけでなく、何らかの人間的意味を開示するという特質を有しています。アーレントはこのような言論と活動による自己開示を「第二の出生」と表現していますが、これこそが人びとの自由の政治とでも呼ぶこともできるアーレントの政治の見方の根底にあるものであると氏は述べます。
 
この点、氏はアーレントの二つの主著『全体主義の起源』と『人間の条件』の関係は「彼女にとっては密接不可分なつながりがあったように思われる」と述べています。母国ドイツにおいて若き日にユダヤ人としてナチズムという全体主義の悪夢に直面した彼女の経験と思想から紡ぎ出されたのが『全体主義の起源』であれば、こうした全体主義の負の経験と歴史を反面教師とした、つまりまったく正反対の人びとの自由の政治理論を志向するものが『人間の条件』であるということです。
 
そして『人間の条件』においてアーレントはこうした活動と言論を再活性化するものとして「思考 thinking」という人間の内面の行為様式をあげ「思考」こそがすべての行為様式のなかで最も活動的であるとして「なにもしないときこそ最も活動的であり、独りだけでいるときこそ、最も独りでない」というカトーの言葉を引き同書を閉じています。全体主義の悪夢はまさしくこうした「思考」の欠如から引き起こされました。そうであれば現代における公共性やプラットフォームの病理を考える上でも「思考」という視座は欠かせないものであるといえるでしょう。