かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

民俗学とはいかなる実践か

* 民俗学という知

 
民俗学はまずイギリスに起こりました。1846年、イギリスの作家、ウィリアム・トムスが従来の古俗や古謡の総称としてフォークロアの術語を提唱し、その内容は「伝統的信仰伝説および庶民のあいだに行われている風習、生活様式、慣習、宗教儀礼、民謡、諺」を包含するものでした。1878年、ロンドンに民俗学協会が発足し、次いでスペイン、フランス、ドイツ、アメリカに順次、民俗学の研究団体が作られ、次第にその学問的基盤が整備されていきます。
 
一方で日本の民俗学は江戸時代中期の本居宣長平田篤胤などの国学の系譜に連なるものであり、大正から昭和にかけて在野の研究者を糾合する形で柳田國男(1875〜1962)が体系化を果たした学問であるとされています。昭和10年代の柳田による日本民俗学の体系化は『民間伝承論』(1934)、『郷土生活の研究法』(1935)、『国史民俗学』(1935)の中で説かれています。
 
日本民俗学の基礎概念の一つに「常民」があります。この「常民」を一つの文化概念としてみるならば、それは水田耕作農耕民の日常生活文化の総体を捉えている概念であり、この「常民」の分析概念として用意されたのが「ハレ」と呼ばれる非日常時空間と「ケ」と呼ばれる日常的時空間です。
 
このようにいうと民俗学とはいかにも一昔前の農村部における庶「民」の風「俗」を分析する「学」のようにも思えます。確かに例えば戦後民俗学の泰斗、宮田登氏の手による入門書『民俗学』(1990)を見ると「ムラとイエ」「稲作と畑作」「盆と正月」「カミとヒト」「妖怪と幽霊」といったテーマが並んでおり、こうしたイメージは完全に間違いとはいえないでしょう。けれどもそのようなイメージは少なくとも現代においては民俗学の学問的本質ではありません。
 

*「普通の人々」の「日々の暮らし」を解き明かすということ

 
一般に学問分野はその対象によって定義づけられていると思われています。例えば経済を対象とするのが経済学、物理を対象とするのが物理学ということです。ですが、これは必要条件であっても十分条件ではありません。例えば『万葉集』という歌集がありますが、これを古代和歌として研究するなら日本文学ですが、古代日本語として研究すれば日本語学であり、歌謡の内容から古代社会を研究するなら日本史学となります。
 
このように学問分野はその対象だけでは決まりません。どんな目的で、どんな対象を、どんな方法で研究するのか、その相関関係が学問分野を決定します。ということは民俗学は民俗を研究する学問だというだけではなお不十分であり、何のためにどのような方法で民俗を研究するのか、その相関こそが問われなければならないということです。
 
では、まず民俗学の目的は何でしょうか。この点、菊地暁氏は『民俗学入門』(2022)において「普通の人々」の「日々の暮らし」が現在に至った来歴を解き明かすことである、というのが柳田の考えであったといいます。世の中をより良く改めるには、現状がいかにして生み出され、問題点がどこにあるかを踏まえることが不可欠であり、その認識なくしては改良することもおぼつきません。すなわち、民俗学の目的とは「未来をより良くするために現在とそれを生み出した過去を正しく知ること」にあります。
 

* 民俗学における資料

 
もっとも、この「未来をより良くするために現在とそれを生み出した過去を正しく知ること」という目的は民俗学のみならず歴史科学、さらには人文・社会科学一般にも当てはまりそうな課題設定であり、このレベルでの民俗学の独自性はほとんどないようにも見えます。しかしながら民俗学の独自性は目的そのものではなく、この課題に対する「対象」と「方法」の設定にあります。
 
この点、時を超えて伝わる資料は「文字」「モノ」「記憶」の三種類に大別できます。そして「文字」を扱うのが文献史学(歴史学)で「モノ」を扱うのが考古学であり、これに対して「記憶」を扱うのが民俗学ということもできるでしょう。では、このような様々な資料のうち「普通の人々」の「日々の暮らし」が現在に至った来歴を解明するのにふさわしいものは果たしてどれでしょうか。通常、歴史を調べる際に用いられるのは史料(文字資料)です。だがそこから「普通の人々」の「日々の暮らし」を辿ることができるのかという問いに柳田は明確に「否」と答えました。
 
「愛すべきわが邦の農民の歴史を、ただ一揆嗷訴と風水虫害の連続のごとくしてしまったのは、遠慮なく言うならば記録文書主義の罪である」(『国史民俗学』)と柳田はいいます。これはまさに卓見というべきでしょう。すなわち、近世の農民について書き残すのは読み書き能力を有していた支配者階級がほとんどですが、彼らの関心事はもっぱら自身の収入源である年貢の納入にあり、それゆえに彼らは何かアクシデントが生じるとやれ「一揆嗷訴」だの「風水虫害」だのと大慌てで収入源の危機を文字として記録し、ここからステレオタイプな「天災に苦しみ一揆に荒れ狂う」という農民像が出来上がります。つまり文字資料は「特別な人々」による「特別な出来事」の記録であり、ここから「普通の人々」の「日々の暮らし」を捉えることはできないということです。
 

* 資料としての私(たち)

 
こうした文字資料の限界を突破すべく見出されたのが「民俗資料」です。それは「普通の人々」の「日々の暮らし」そのものであり、極論すればそうした暮らしを営む私(たち)自身のことです。箸を使って食事をしたり、畳の上で正座をしたり、日本語でコミュニケーションをするといった私たちの「日々の暮らし」における様々な日常的営みは生物学的本能ではなく後天的学習によって獲得されます。しかもこうした所作は今現在の行為でありながら確実に過去の人々から受け継がれた「歴史」を有しています。
 
それゆえに私(たち)自身が「歴史」を宿した「資料」であるといえます。そしてその「歴史」は単体からは不可視ですが、大量のデータの比較を通じて空間差から時間差を抽出することで可視化することができます。ここに「特別な人々」の「特別な出来事」の記録たる文字資料の不完全性を補完しうる「普通の人々」の「日々の暮らし」そのものである「資料としての私(たち)」という可能性が立ち上がります。このような「私(たち)が資料である」というコペルニクス的転回こそが、民俗学という学問による最大の方法論的貢献であると菊地氏は述べています。
 
 
この点、柳田はこのような「民俗資料」を「有形文化」「言語芸術」「心意現象」に分類しています。これは「三部分類」と呼ばれています。その第一部「有形文化」は日々の暮らしの物質的側面であり、物体として可視的に存在するゆえに目によって観察ができるため、それは誰でも採集が可能なものです。その第二部「言語芸術」は暮らしの中にある言葉の営みであり、口から語られ耳で聴き取られるものであるため、それは当該言語を理解する者によって採集されます。
 
そして、その第三部「心意現象」は人の心に刻まれ心で感じるものであることから、それは「同郷人」によって採集されることになります。なお、ここでいう「心意現象」の典型は「〇〇をしてはいけない」という「禁忌」であり、また「同郷人」とはこのような「心意現象」を共有できる広い意味での当事者を意味しています。
 

* 民俗学とはいかなる実践か

 
このように民俗学では「資料としての私(たち)」から出発する学問です。そのためには自らに刻み込まれた「歴史」を解き放つべく、自らの五感を研ぎ澄ました観察力を練成する必要があると同時に「歴史」を刻み込まれた他者との比較が必須となります。それゆえに「資料保持者」としての私(たち)の一人ひとりが「研究分担者」として採集と比較の実践に参加することが要請されます。
 
それゆえに民俗学とは自らの資料性を媒介として認識を立ち上げる方法論的挑戦であり、それがとりもなおさず、そのような方法的主体の連携を構築する運動論的挑戦ともなるのであると菊池氏は述べています。いわば民俗学とは「普通の人々」の「日々の暮らし」の底にある「歴史」に降り立つことで、いまここの日常を多重化していくための知であるといえるでしょう。
 
また、こうしてみると民俗学はどこか精神分析に通じるところがあるように思えます。精神分析が何かしらの症状を通じて分析主体に宿る「(他者の)欲望」を詳らかにするように、民俗学も例えば「禁忌」といった日常的な風習を通じて「資料としての私(たち)」に宿る「(他者の)歴史」を詳らかにしていきます。
 
そして、こうした自身のうちに宿る「歴史」を詳らかにすることにより、我々の日常を規定する様々な思考や観念を改めて俯瞰的に捉え直すことが可能になるでしょう。こうした意味で民俗学は我々の日常に根ざした「歴史」を解き明かすことで、その「歴史」から自由になるための実践であるといえるでしょう。