かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

スパイスカレーを知る上での新基準--「私でもスパイスカレー作れました!(印度カリー子・こいしゆうか)」

 

 

 

* スパイスカレーの教科書

 
「何十種ものスパイス調合」「工程が複雑」「料理上級者向け」「普通はお店で食べるもの」等々。何かと敷居の高さを感じてしまう「スパイスカレー」が圧倒的に身近になる一冊。本書は単なるレシピ集ではなく、スパイスカレーの「構造そのもの」を明らかにします。まさに「スパイスカレーの教科書」といえます。
 
 

* スパイスの調合は重要ではない

 
本書によれば、スパイスカレーは「具材(食材や調味料)」と「ベース(水やヨーグルトなど)」そして「スパイス」によって構成されています。このような階層構造の中で「変えない部分」と「変えていい部分」をラディカルに把握する事により無限の応用が可能となるわけです。
 
そして、本書で使う基本スパイスはわずか3種類。「クミン」「ターメリック」「コリアンダー」です。
 
「クミン」は別名ウマゼリと呼ばれる植物の種の部分。消化促進作用があると言われます。カレーのメインの香りを担います。
 
ターメリック」は別名ウコンと呼ばれる植物の根の部分。抗酸化作用・肝機能促進作用があると言われます。カレーの色付けを担います。また、土のような香りは縁の下の力持ち的存在感を持っています。
 
コリアンダー」は別名パクチーと呼ばれる種の部分。抗菌作用があると言われます。カレーのとろみを担います。また、爽やかな香りはスパイス達のまとめ役となります。
 
この3つのスパイスは基本的に辛くありません。辛みをつけるにはチリペッパー(唐辛子)やブラックペッパー(黒胡椒)を加えることになります。
 
本書ではクミンをボーカル、ターメリックをベース、コリアンダーをギターに例えていますが、この比喩からすればチリペッパーやブラックペッパーはドラムというところでしょうか。ともかく基本はこの3種類(+1)であり、その他は「あればなお良い」という事です。すなわちスパイスカレーにおいてスパイスの調合で悩むのは全く本質的ではないということです。
 
 

* 30分位で理想的なスパイスカレーが出来てしまった

 
そもそも我々がイメージする「いわゆるカレー」はイギリス由来の煮込み料理です。これに対して本書のいう「スパイスカレー」はインド由来の炒め料理であり、両者は全く似て非なるものになります。
 
ところが我々は「いわゆるカレー」のイメージに引きずられ「スパイスカレー」に対しても「飴色玉ねぎを作らなくてはいけない」とか「隠し味の妙が味の決め手になる」などといったある種の強迫観念を抱いてしまいがちです。本書はこうしたありがちな強迫観念も見事に解体します。
 
個人的には「味付けは塩」というのは本当にコペルニクス的驚愕でした。さらには「食材を切る」という、料理が苦手な人にとっては極めて高いハードルも全て省略可能とする時短テクニックを本書は惜しげもなく披露します。こうして本書はスパイスカレーの纏う神秘的なヴェールをざくざくと剥がして、その本質を際立たせていきます。
 
いや、本当に恐るべき本です。実際、本書に書いてある通りにやったら、これまでの試行錯誤は一体何だったのだろうかというくらい理想的なスパイスカレーが30分位で、ごく普通に出来てしまいました。
 
 
 
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* 「技法」としてのスパイスカレー

 
本書の原案を担当する印度カリー子さんは19歳の時にスパイスに出会って以来、これまでに500種類ものカレーを作り、現在はスパイスショップの運営を手掛ける一方、東大の大学院で食品科学の観点から香辛料の研究にも取り組んでいるそうです。本書の実践と理論のバランスの良さはカリー子さんのこうした経歴にもよるものなのでしょう。
 
そんなカリー子さんの夢はスパイスカレーが家庭料理として普及し、そこからさらに素晴らしい食文化が生まれてくる事だと、本書のあとがきで述べられています。そうした夢へ至る一里塚に本書はあるのでしょう。実際に本書通りにスパイスカレーを作ってみることで我々の中にある「カレーとはこういうもんだ、スパイスとはこういうもんだ」という固定観念は確実に変わるはずです。
 
固定観念の脱コード化は人の思考を自由にします。こうして「スパイスカレー」を固有名詞の「料理」としてではなく、普段使っている味噌や醤油などと同様に、素材の味を引き出すための「技法」として捉える事ができた時、そこから様々な豊かな発想が生まれてくるのではないでしょうか。本書はスパイスカレーを知る上での新基準と言える本だと思います。