かぐらかのん

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動物・不可能・拡張現実

 

 

 

 

* 「現実」と「反現実」

 
個人が「私は私である」「私はここにいる」という生のリアリティを獲得する上では、その人がその人なりに紡ぎ出した自らの「物語」が重要になります。
 
人はそれぞれの特異性を抱えながら一般性の世界を生きています。いわゆる「個性」というのは一般性の世界で認められた限りでのその人の属性であり、そこに回収しきれない特異性と上手くやる為も、人はその人なりの「物語」を必要とするわけです。
 
そして、こうした物語を紡ぎ出す上で参照される想像力を社会学者の見田宗介氏は「現実」に対する「反現実」と呼びました。人は「反現実」を通して「現実」と関係するということです。
 
以下で見るように「反現実」は時代の気分によって変遷します。では、現代における「反現実」とは一体なんでしょうか?
 
本稿はタイトルの通り「反現実」概念を軸に東浩紀氏、大澤真幸氏、宇野常寛氏の御三方の議論をサマリーするものです。半分は自分用の論点ノートなので、やたらと長いですが最後のまとめみたいな部分はおそらくありきたりな話に着地すると思われます。何卒、ご了解いただければ幸いです
 
 

* 理想・夢・虚構

 
「現実」という言葉は3つの反対語をもっています。すなわち「理想と現実」「夢と現実」「虚構と現実」です。
 
この点、見田氏は戦後日本史を3つの時期に区切ります。1945年から1960年頃までが「プレ高度成長期」。1960年頃から1970年前半までが「高度成長期」。1970年後半以降が「ポスト高度成長期」です。
 
そして、この3つの時期における社会的意識はちょうどこの「理想」「夢」「虚構」という3つの反対語によって特徴付けることができると言われます。
 
 
⑴ 理想の時代(1945年〜1960年頃)
 
理想の時代。それは人々がそれぞれの立場で「理想」を求めて生きた時代と言えます。1945年のあの夏、終戦の灰燼の中から戦後日本は出発した。瓦礫と化した「現実」の中を生きて行くために人々はなにがしかの「理想」を必要とした。
 
この時代の日本の「理想主義」を支配していた大文字の二つの「理想」として「アメリカン・デモクラシー」と「ソビエトコミュニズム」というものがありました。この両者は対立しながら共にこの時期の「進歩派」として「現実主義」的な保守派権力と対峙しました。
 
この点、進歩派知識人の代表的論客である丸山眞男氏は現実には二つの側面があるといいます。すなわち、人は現実に制約され決定されているという側面と、人は現実を決定し形成して行くという側面です。
 
いわゆる「現実主義者」はこの第一の側面だけをみるが、しかし真に現実を見るものは現実の第二の側面をも見出すのだと丸山氏は言います。つまり「理想」を希求する者こそが「現実」を希求する者であるという事です。
 
一方で「現実主義者」にしてみても「今日よりも明日は、明日よりあさっては、きっともっと豊かになる」という「理想」を追っていたわけです。
 
「理想の結婚」「理想の職業」「理想の住まい」「理想の炊飯器」。そうした色とりどりの「理想」が戦後日本の、しばし奇跡とも称される経済復興の駆動力となったことは疑いないでしょう。
 
つまり「理想主義」とは現実主義であり「現実主義」は理想主義であるという事になります。けれども、いずれせよそこにあるのはリアリティを希求する欲望です。当時、映画館の看板に踊った「総天然色」という文字がこのリアリティへの欲望を裏側から物語っているのでしょう。
 
こうした「理想の時代」は1960年の日米安保条約の改定(継続)に対する闘争で「理想主義者」が「現実主義者」に敗れたことで終焉する事になります。
 
 
⑵ 夢の時代(1960年頃〜1970年代前半)
 
日米安保条約の改定を使命とした岸内閣の後を引き継いだ池田内閣は「所得倍増計画」を掲げ「農業構造改善事業」による農村共同体の解体と「新産業都市建設促進法」による全国土的な産業都市化により産業構造の転換を推進。高度経済成長に必要な①資本②労働力③市場という三位一体の産業構造の変革を目指します。
 
こうした産業構造改革により、農村共同体における家父長的大家族の解体が進み「拡大家族」から「核家族」へというロールモデルの転換は、家族のあり方や個人の人生に関する様々な領域に変化を及ぼします。
 
ともかくも結果としては経済成長は軌道に乗り、60年代前半の世は「昭和元禄」「泰平ムード」に酔いしれる。経済的繁栄は国民生活に物質的幸福を齎した。テレビ、洗濯機、冷蔵庫という「三種の神器」がほぼ普及し、今度はカラーテレビ、クーラー、自動車が「新・三種の神器」として喧伝されだした。
 
1963年に行われた全国的な社会心理調査の項目に、明治維新以降100年の歴史のそれぞれの時期を色彩で表すとすれば何色がふさわしいかという項目があり、結果、最も多かった回答は明治は紫、対象は黄色、昭和初年は青・緑、戦争中は黒、終戦直後は灰色。これに対し、当代は「ピンク」だったそうです。
 
同じく1963年に大ヒットした「こんにちは赤ちゃん」という歌謡曲がありますが、ここにはまさしく「ピンク色の夢の時代」の気分が純化した形で表出していると言えます。
 
こうして理想の時代における「理想主義者」たちの信じた現実は実現しなかったが「現実主義者」たちの望んだ理想は実現した。
 
このように1960年代前半が「あたたかい夢の時代」であったのであれば、後半は「熱い夢の時代」と言われます。
 
当時、アメリカ、フランス、ドイツを中心として発生した大規模な学生反乱は高度経済成長只中の日本にも波及します。この時代のラディカリストな青年にとっては「アメリカン・デモクラシー」も「ソビエトコミュニズム」も「豊かな暮らし」とやらも、かつての理想たちすべてが抑圧の象徴であり打倒すべき対象でしかなかった。「理想」に叛逆する「熱い夢」が沸騰した時代ということです。
 
 
⑶ 虚構の時代(1970年代前半〜1995年頃)
 
1973年のオイルショックにより長らく続いた高度経済成長は終りを告げます。そしてかの長嶋茂雄が「巨人軍は永久に不滅です」という名句を残して現役引退した1974年、実質経済成長率は戦後初めてマイナス成長を記録。この年の「経済白書」の副題は「経済成長を超えて」。こうして時代はポスト高度成長期へと遷移します。
 
理想も夢もない時代。人々はその反現実を虚構に求めだしました。
 
1973年に出版された「ノストラダムスの大予言」を嚆矢としてオカルトブームが起き「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」が起爆剤となりアニメブームを牽引。1983年に開園した東京ディズニーランドは徹底した現実性の排除による自己完結性に基づく虚構の楽園として出現した。
 
また、それまでわい雑な副都心のうちの一つに過ぎなかった渋谷は1970年以降、西武・東急の開発競争による大規模な都市演出を通じて、虚構の時代における「かわいい」「おしゃれ」「キレイ」という「ハイパーリアル」な感性を体現する巨大遊園地へ変貌する。
 
一方でこの時代においては、森田芳光氏が「家族ゲーム」という映画で誇張気味に描くように、家族という基礎的な共同体が演技として「わざわざするもの」である虚構として感覚されるようになる。地方自治体が「1日15分は親子の対話を」などという呼びかけを始めたのもこの時代であった。
 
こうしてみると「理想→夢→虚構」という順で「反現実の反現実的度」は高まっていると言えます。
 
理想の時代とはリアリティの時代でした。理想に向かう欲望とは、理想を現実化するという現実に向かう欲望です。けれども虚構に生きようとする精神はもはやリアリティを愛さない。まさに「リアリティなんかないのがリアリティ」という事になります。
 
 

* 「ポスト・虚構の時代」をいかに捉えるか?

 
そして戦後50年目、阪神大震災が起きた1995年という年は、一方で、平成不況の長期化によりジャパン・アズ・ナンバーワンのバブル神話が終焉し、他方で、地下鉄サリン事件により若年世代の「生きづらさ」の問題が前景化された年でもあります。
 
現代思想的な観点からいうと、この1995年以降、日本社会においてポストモダン状況がより加速したと言われています。ここで「虚構の時代」は臨界点を迎えたとひとまずは言えるでしょう。ではその先をどのように捉えるのか?
 
 
⑴ 動物の時代
 
この点、批評家の東浩紀氏は1995年以降の「ポスト・虚構の時代」を「動物の時代」として捉えます。ここでいう「動物」とはロシアの哲学者アレクサンドル・コジューヴに依拠した概念で「人間的欲望」の欠如した「動物的欲求」のみを持つ存在のことです。
 
東氏はオタクの消費行動傾向が従来の個々の作品を通じてその背後にある世界観を消費する「物語消費」から、作品の構成要素であるキャラクターを「萌え要素」などの「データベース」に還元した上で、そこから再構成される「シュミラークル」を消費する「データベース消費」へ移行していることを指摘する。
 
東氏は、ここにポストモダンの一般的傾向を見出し、現代社会の人間像を、個人の生の意味づける「大きな物語」への「欲望」より、記号的なキャラクターやウェルメイドなドラマへの「欲求」を優先させる「データベース的動物」と名付けます。
 
動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)
 

 

 
⑵ 不可能性の時代
 
そして、社会学者の大澤真幸氏によれば、東氏がいうこの「動物の時代」における「反現実」とは「不可能性」であると言います。
 
まず、大澤氏は虚構の時代は全く相反する次の二つの傾向の間で分裂し解消されているという。
 
①一方、これまでの反現実的傾向に反するかのような「現実への回帰」という傾向。例えば若年層の自傷行為原理主義者の自爆テロリズムのように、「反現実」の機能を「現実中の現実」そのもので代替してしまう傾向です。
 
②他方、これまでの反現実的傾向がさらに強化される「極端な虚構化」という傾向。例えばフィルタリング規制やゾーニング規制のように、現実から暴力性や危険性を捨象し、相対的な虚構化を推し進める傾向です。
 
大澤氏によればこれらの相互に矛盾するかのごとき二つの傾向は同一の自体の表裏であるといいます。つまり「現実中の現実」こそが「最大の虚構」であり、そうした「現実中の現実という虚構」がどこかにあると想定することで「何か」の隠蔽を試みているという。
 
そしてその「何か」とは他者との直接の関係性、つまり他者性なき〈他者〉を求める「不可能」であるという。すなわち現代はこの「認識や実践に対して立ち現れることのない不可能性」が反現実として機能する時代であるというわけです。

 

不可能性の時代 (岩波新書)

不可能性の時代 (岩波新書)

 

 

 
⑶ 拡張現実の時代
 
これに対して、評論家の宇野常寛氏は現代における「反現実」として「拡張現実」という概念を提唱します。
 
宇野氏は現代を「ビッグ・ブラザー(国民国家)」が壊死した後の「リトル・ピープル(超国家的な資本と情報のネットワーク)」の時代であると位置付けた上で、もはや世界に〈外部〉は存在せず、「ここではない、どこか」という仮想現実を〈外部〉に見出す「虚構」は「反現実」として機能しないとする。
 
要するに、グローバル化とネットワーク化の極まった現代において「いつか革命が起きる」とか「やがて最終戦争が起きる」などとという「ここではない、どこか」はもうベタに信じることはできず、せいぜいメタかネタで演じるしかない。
 
現代における「反現実」とは、まさになんでもなくありふれたこの日常空間の「いま、ここ」に深く潜ることで現実を多重化する「拡張現実」であるということです。
 
拡張現実という発想は、虚構と現実の関係性を「あれかこれか」の対立関係ではなく「あれもこれも」という統合関係として把握します。
 
確かに、今日の朝ごはんとか道端で見かけた花などといった他愛のない生活風景がソーシャルメディアなどで大きく共感を集めたり、あるいは普通の街角や路地裏が「アニメの聖地」になったりするのはこうした拡張現実的な現象として了解できるでしょう。
 
こうして拡張現実を反現実に位置付けることで、ある種の価値観を転換させる事が可能となります。つまり「ここではない、どこか」の理想や夢や虚構を仮想するのではなく、まさにこの「いま、ここ」の現実を拡張することで人は様々な物語をいくらでも紡ぎ出していけるということです。
 
リトル・ピープルの時代 (幻冬舎文庫)
 

 

 

* 「見はるかす」ということ

 
動物・不可能・拡張現実。「ポスト・虚構の時代」をめぐるこれらの議論は本質的な部分では別に対立してはいないと思います。
 
要するに、時代の実態そのものを直視すれば「動物」であり、その闇の側面を強調すれば「不可能」となり、光の側面を強調すれば「拡張現実」ということになるでしょう。
 
この点、見田氏は、現代の「消費化/情報化社会」における「闇の巨大」と「光の巨大」を「見はるかす」という視座を示します。
 
こうした視座に基づき見田氏は「消費」と「情報」のコンセプトの核心にある原的なものを取り出すことで「消費」と「情報」をラディカルなレベルで再定義します。
 
ここでいう「消費」のコンセプトの核心とは「あらゆる種類の効用と手段主義的な思考の彼方」にある「生の直接的な歓びそのもの」であり、そして「情報」のコンセプトの核心とは「あらゆる種類の物質主義的な幸福の彼方」にある「かけがえのないものの可視化」にあります。
 
そして見田氏は「消費」と「情報」それぞれが互いの核心を彼岸として、それぞれのコンセプトを転回させることで「消費化/情報化社会」はより自由で魅力的な社会へ、かつ他者/環境収奪的ではない社会へ移行する事が可能であるという。
 
ここで示される「インストゥルメンタルな生からコンサマトリーな生へ」という幸福感受性のパラダイムの転換は、社会レベルでの実現可能性はともかく、さしあたり個人の生き方として一つの指針となると思います。
 
我々は日々、様々なデータベースから排出される莫大な「情報」を「消費」しながら生きているという事は疑いようもない事実です。
 
こうした「動物」としてのデータベース消費から幾ばくか免れる方途があるとすれば、重要になるのはここでもやはり物事の闇と光を「見はるかす」という視座でしょう。
 
いかにこの現実の「不可能」を受け入れ、そして、いかにこの現実を「拡張」していくか。
 
こうした問いに日々、自分なりに答えて続けていく。結局のところ、そうした主体的なあり方こそが価値を産み出し、その人なりの「物語」を紡ぎ出していく源泉となるのではないでしょうか。やはり、わりとありきたりな結論になってしまいました。最後まで読んでいただき有難うございます。