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「マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本(佐渡充洋ほか)」〜マインドフルネスのパースペクティブを示す一冊。

 

マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本【電子版付】

マインドフルネスを医学的にゼロから解説する本【電子版付】

 

 

 

* はじめに

 
1970年にジョン・カバットジンがマインドフルネスストレス低減法を開発して以来、様々な実践法が開発され、マインドフルネスは緩和ケアや精神医療のみならず、ビジネスシーンや日常的なストレスケアにも活用され、近年、その認知度は急激に上昇しつつあります。
 
本書は精神医学、臨床心理学、脳科学、仏教など様々な切り口を通じて、現時点でのマインドフルネスのパースペクティブ帰納法的に示す試みです。
 
 

* 「マインドレスネス」から「マインドフルネス」へ

 
カバットジンはマインドフルネスを「意図的に、今この瞬間に、価値判断にとらわれることなく注意を向けることで生じる気づき」と定義しています。
 
つまり「今、ここ」で起きている自身の感覚、思考、感情に気づき、体験の快・不快といった評価を入れることなく、好奇心を持って、優しくありのままに受け入れる心の在り方です。
 
誰でも落ち込んだり不安になります。そのような時、我々の意識は「今この時」にありません。
 
ではどこにあるのかというと「過去」か「未来」にあるわけです。人は「過去」の後悔に引き摺られることで抑うつとなり、「未来」に憂いを抱くことで不安になります。
 
そして我々の脳は放っておいたら、たちまちあれこれと考え出してしまうようにできています。こういった状態を「マインドレスネス」といいます。
 
こうして、ますますネガティブな思考が頭の中を反駁し、ますますネガテイブな感情が増幅されてしまう悪循環が生じることになります。
 
そこで「過去」でも「未来」でもない「今、ここ」という「現在」に意識を向け、心の中を「気づき」で満たし、「マインドレスネス」を「マインドフルネス」へと転換していくことが大事になるわけです。
 
 

* 「気づき」を得るための3つのアプローチ

 
マインドフルネスにおいて「気づき」を得るためのアプローチは大きく分けて以下の3つが挙げられます。
 
特定の対象への注意の集中
 
一番目の方法は、注意の対象を「今この瞬間」の何か別のもの、例えば食事をしているのであれば食事そのもの、もしくは自分の呼吸、身体の感覚などにシフトするというものです。
 
そこに注意を止め、直接的な感覚としてこれらの体験に気づいていくことで思考の反駁は収まります。
 
なぜなら脳のワーキングメモリーの容量には限界があるため、いま注意を注いでいる対象物についての情報処理でメモリーを使ってしまうことで、反駁の情報処理で使う分のメモリーがなくなってしまうからです。
 
⑵ 情報処理モードの切り替え
 
二番目の方法は注意を別の場所にシフトするのではなく、情報処理のモードを切り替えるというものです。
 
ワーキングメモリーで情報を処理する場合、ふたつのモードがあります。「することモード」と「あることモード」です。
 
まず「することモード」とは、我々が体験を概念的・言語的・論理的に捉えて思考するモードをいいます。
 
何かの問題を解決する場合、我々は通常「することモード」で対応するわけですが、感情的な問題を処理する場合に関して言えば「することモード」はあまり生産的とは言えません。
 
思考と感情は相互に連関しています。例えば人間関係でトラブルがあった後、「なんであんなことを言ってしまったのか」とか「今度顔を合わせたらなんて言えばいいのか」などと延々と思考していると、後悔や不安といった感情が強まってしまい、その感情を処理するため、またくよくよと思考が反駁するという悪循環が起きるわけです。
 
一方「あることモード」はマインドフルネスによって育まれる「その瞬間の体験を、より直接的に、直感的に、体験的に知る」モードです。
 
マインドフルネスでは不快な思考や感情に対して認知行動療法を含む多くの治療がめざしている「解消」するという姿勢をとらないのが特徴です。
 
むしろそれらをただそこに存在させておき「歓迎する」という姿勢をとります。
 
例えば人間関係のトラブルであれば、その結果として生じた「怒り」や「傷つき」という不快な感情に居場所を作ってあげる。
 
また不快な感情に伴う「胸のあたりの重さ」「肩の凝り」と言った身体感覚などに「優しい好奇心」を向け、それがどのような体験であるかを丁寧に観察していく。
 
こうした態度によって、その状況を価値判断することなくありのままに受け入れることが可能になるわけです。
 
⑶ 脱中心化
 
三番目の脱中心化とは、思考や感情を「動かしがたい現実」として体験するのではなく「一時的な現象」であると捉えて関わっていく態度をいいます。
 
つまり「思考や感情=自分自身」であるというスタンスから、これらは脳が作り上げる一時的な現象にすぎず、外部から観察できる対象であるというスタンスに移行するということです。
 
こうしたプロセスは主体(サブジェクト)と客体(オブジェクト)に関する大きなパラダイムシフトを実践者にもたらします。
 
つまり不快な感覚が生じたとしても、それに起因するネガティブな思考や感情からは距離を取ることが可能となるわけです。
 
 

* 集中瞑想と洞察瞑想による心理的スキルの向上

 
このような気づきへのアプローチを技法レベルで具体化したものがマインドフルネスにおける「瞑想」ということになります。マインドフルネスの様々な実践法の多くは「集中瞑想」と「洞察瞑想」の二つの瞑想技法の応用によって成り立っています。
 
集中瞑想とは、ある特定の対象(例えば呼吸)に注意を止める瞑想技法をいいます。
 
洞察瞑想とは、今この瞬間に生じている不特定の感覚・感情・思考などの経験の生成・消滅にありのままに気づいていく瞑想技法のことです。
 
こうした集中瞑想と洞察瞑想の実践により注意制御能力、身体知覚能力、情動調整能力という心理的スキルが高まると言われます。
 
⑴ 注意制御能力
 
我々は実際に起きている時間のおよそ半分を妨害刺激に注意をとらわれるマインドワンダリングの状態で過ごしている。マインドワンダリングは幸福感の低下やうつ病などと関連する。
 
集中瞑想によりマインドワンダリングが減少し注意制御能力が高まると言われます。
 
脳科学的には瞑想実践時間が長いほど、マインドワンダリングの状態に気づいた際に内省や記憶に関わる内側前頭前野(mPFC)の活動が素早く低下することがわかっており、注意制御に関わる背外側前頭前野(dlPFC)が内側前頭前野(mPFC)の活動を素早く制御していると考えられています。
 
⑵ 身体知覚能力
 
身体知覚とは身体反応に気づくことです。様々なマインドフルネス実践法において情動を把握して適切に調整できるための準備として身体知覚能力を高めることが求められます。
 
そのための代表的な瞑想技法がボディスキャン瞑想です。これは身体の一部分という特定の対象を用いて注意を集中するという集中瞑想の要素と、気づいた身体反応にとらわれたり選び出したりしないという洞察瞑想の要素が組み合わせられています。
 
⑶ 情動調整能力
 
情動調整とは情動反応を変容させる認知的な方略です。これは主に洞察瞑想によって涵養されます。
 
洞察瞑想によって身体反応の生成・消滅をありのまま受け入れることを繰り返すことによって情動に振り回されない平静さが育まれると考えられています。
 
このような洞察瞑想的な情動調整の機序はまだはっきりとは明らかになっていませんが、おそらく暴露療法に近い機序が有るのではなかろうかと言われています。
 
すなわち、いまこの瞬間に生じている刺激や経験に気づきながらも平静さを保つことでそれまで自動的に生じていた不適応な認知的・感情的な習慣に気づき、それらを柔軟に変容させることが可能になるということです。
 
 

* 自己概念の変容

 
このような注意制御能力、身体知覚能力、情動調整能力の高まりは自己概念の変容を導きます。
 
「わたしである」という自己概念の分類として「物語自己」と「最小自己」があります。
 
まず「物語自己」とは過去の記憶から未来の展望までを含めて形成される首尾一貫した永続的な自己に関する概念をいいます。
 
一方「最小自己」とは、いまこの瞬間に生じている経験から形成される身体的で即時的な自己に関する概念をいいます。
 
断続的に生じては消える感覚・感情・思考に対する知覚の生成と消滅の速度があまりにも速いため、我々はそれらをあたかも一つの流れとして捉えて永続的な自己が存在していると思い込んでしまう。
 
こうした、首尾一貫した永続的な自己に対する強すぎる注目が、内省と否定的な感情を増加させて様々な精神症状を引き出しているわけです。
 
そこで、マインドフルネス実践法によって、いまこの瞬間に生じている経験に対する注目し、一つひとつの感覚・思考・感情を断続的現象としてメタ認知的に捉えることで、内省を減少させることができると考えられています。
 
 

* おわりに

 
このように、マインドフルネスというのは、いまこの瞬間に生じている経験に気づき、受け入れることで、困難に耐える力(レリジエンス)や自分を慈しむ力(コンパッション)が育まれていく営みです。
 
その為、重要なのはやはり日々の継続的な実践であることはいうまでもありません。
 
しかしながら、わけもわからず形だけ真似てやっているだけでは、文字通りの形骸化したルーティンワークに陥り、効果を実感できず挫折してしまう危険もあります。
 
そういった弊を避けるため、日々やっている諸々の実践が脳と心にどういった影響を与え、最終的にどこを目指すのかという点をきちんと理解しておくことは大事でしょう。
 
本書は理論や技法の総花的な紹介であり、実際の実践にあたっては各実践法のテキストを参照する必要がありますが、マインドフルネスに本格的に取り組みたいのであれば、一度は目を通しておいて損はないでしょう。