かぐらかのん

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日々変わりゆく「役割の変化」に気づき、乗り越えるということ--対人関係療法でなおす社交不安障害(水島広子)

本書は社交不安障害に特化した対人関係療法ガイドです。対人関係療法(IPT:Interpaersonal Psychotherapy)はその名の通り、対人関係にアプローチすることで、メンタルヘルスの問題の改善を図って行く心理療法です。もともとは、うつ病の治療法として開発され、その後、摂食障害PTSDなど様々な精神疾患に対する治療法として応用されてきた経緯があります。社交不安障害はまさに文字通り対人関係が前景的な問題となっており、対人関係療法と相性が良い精神疾患と言えるでしょう。
 

* 社交不安障害とは何か。

 
さて、社交不安障害(SAD:Social Anxiety Disorder)とは、「自分はちゃんとした人に見えているだろうか」「人は自分のことを変だとは思っていないだろうか」「自分はこの場にあった振る舞いができているだろうか」といった不安を日常のあらゆる場面で感じてしまう疾患であり、また動悸、発汗、下痢、赤面、パニック発作などの身体症状などを伴う場合も多く見られます。
 
さらに、そういった不安反応が起きることに不安になっているという二重構造という特徴も見られます。また不安になるかもしれないと不安になるわけです。
 
SADの背景には他人からネガティブな評価への過剰な恐怖があります。SADの人の生活全般は「いかにして他人のネガティブな評価を避けるか」というテーマを中心に回っているとすら言えます。
 

* 不安をコントロールするということ。

 
本書は社交不安障害は複数の悪循環の連関で成立しているといいます。悪循環の例として「人前で不安になる→手が震える→手が震えている自分はおかしいと思われないだろうかとさらに不安になる→さらに手が震える」といったものが考えられます。
 
このような悪循環の一つの特徴として、自分の力で悪循環を止められないという「コントロールの喪失」があります。すなわち裏返せば、このサイクルのどこかだけでもコントロールすれば状況は好転していくということです。
 
この点、「人前で不安になる→手が震える」という部分は自律神経による反応であり最もコントロールが難しい領域です。また不安という感情自体は安全確保のための自己防御反応であり、それ自体は正常な感情ではあるわけです。
 
そこで、対人関係療法では、不安を正常な感情として理解した上で、不安が起きた時に上手く対処できるようになることで自己コントロール感覚を取り戻していく点に治療目標を置きます。 「不安をコントロールできる」という自信をつけることで、結果的に不安も軽くなるという仕組みということです。
 

* 「役割の変化」に気づき、乗り越えるということ。

 
そして、対人関係療法では、問題の所在を「悲哀」「役割期待の不一致」「役割の変化」「対人関係の欠如」の4領域に整理し、それぞれに応じた治療戦略を取っていきます。
 
SADにおいてはこのうち「役割の変化」が最も重要になります。人は人生において何度か大きな「役割の変化」を経験します。
 
考えられるだけでも卒業、就職、結婚、出産、退職等々、様々なライフイベントがあるでしょう。
 
そうでなくとも、何もしなくとも人間誰しも普通に歳だけとって行きますので、自分の「役割」というのは日々、知らず知らずのうちに自然に少しづつ「変化」し続けているとも言えるわけです。
 
「役割の変化」に適応できない場合、これから上手くやっていけるんだろうかと、どうしても不安な面ばかりが目についてしまいます。これがレスポンデント化してしまったのが社交不安障害とも言えるわけです。
 
「役割の変化」を乗り越えるためには「古い役割の喪失の悲しみを受け入れる」「現在の不安を肯定する」「意識して古い役割のマイナス面、新しい役割のプラス面を明らかにする」「自分でコントロールできている事を見つける」「サポート源(周囲の支援)を構築し直す」といった対処が考えられるでしょう。
 
こうして一つひとつを言葉にしてみると、ひどく当たり前のことですが、悪循環の中でもがく当事者としては中々気づけない、あるいは目を背けたい部分でもあるわけです。
 
そして、これらの一つひとつにきちんと正面から光をあてて、課題として戦略的に、そしてていねいに取り組んでいくのが対人関係療法です。
 

* おわりに

 
このように対人関係療法というのは問題解決の道筋が極めて明快な心理療法です。SADというほど重症ではないけどコミュニケーションに苦手意識がある人、周りにそれらしき人がいる人などはぜひ、一読して見てはいかがでしょうか。