本作の原作「Fate/stay night」は2004年にTYPE-MOONより発売されたPCゲームです。当時は18禁アダルトゲームという扱いながら記録的なヒット作品となり、その後も漫画・小説・アニメ・映画・スマホゲームなど多彩なメディアミックス展開によって、現在に至るまで幅広い支持層を開拓し続けています。
聖杯を手にできるのはただ一組。ゆえに彼らは最後の一組となるまで互いに殺し合う。
10年前、第四次聖杯戦争によって引き起こされた冬木大災害。その唯一の生き残りである衛宮士郎は、自分を救い出してくれた魔術師である衛宮切嗣に憧れ、いつかは切嗣のような「正義の味方」となって困っている人を救い、誰もが幸せな世界を作るという理想を本気で追いかけていた。
そんなある日、士郎は偶然、サーヴァント同士の対決を目撃してしまったことから聖杯戦争に巻き込まれてしまう。士郎が呼び出したサーヴァントは「最優のサーヴァント」とも称される「セイバー」。しかしその容貌は見目麗しい華奢な少女であった。
「喜べ少年、君の願いはようやく叶う。」
「正義の味方には、倒すべき悪が必要なのだから。」
******
原作ゲーム「Fate/stay night」はどの選択肢を選ぶかで展開が変わってくるビジュアルノベルゲームです。ルートはメインヒロイン毎に大きく3つに分岐します。
すでに第1のセイバールート(Fate)は2006年にTVアニメ化されており、引き続いて第2の遠坂凛ルート(Unlimited Blade Works)も2010年に映画化、2014〜2015年にTVアニメ化されています。
そしてこの度、満を持して第3の間桐桜ルート(Heaven's feel)が映画化されたわけです。
それも全3部構成の超大作。今回公開された本作「第一章 presage flower」だけで上映時間120分という大ボリュームです。桜ちゃん好きとしてはもう欣喜雀躍するしかないスケールでの映像化です。
******
桜ルートはまさにFate/stay nightの裏街道にして集大成とも言えるものです。今までのルートで華々しい活躍を見せたキャラがあっけないくらい早々に退場していき、聖杯戦争という舞台設定そのものが軋みはじめる。やがて非日常と日常が反転し、重苦しい展開がプレイヤーの精神を容赦なく抉りに来ます。
これは「正義を貫き悪を倒す」という少年漫画的な王道を突き進む凛ルートと好対照をなしているでしょう。桜ルートにおいてプレイヤーは「そもそも正義とは一体なんなのか」という倫理学上の難問を喉元に突きつけられる。
それにある意味、凛ちゃんは非常にわかりやすいんですよ。核となるパーソナリティが明確で、一切ぶれない。だからこそ安心して観ていられる。ヒロインというよりは盟友と言うべきでしょうね。
それに比べて桜ちゃんという子は本当に難しいと思います。普段は穏やかな日常を象徴する明るく朗らかな少女ですが、一皮むけばそこには限りなく空虚な闇を内包している。この錯綜したパーソナリティが、捉えどころのない不安としてプレイヤーの心を掻き毟るわけです。
******
今回の映画においては原作にはない士郎と桜の馴れ初めの前日譚が追加されており、桜ちゃん好きにはたまりませんが、その一方で、セイバー召喚に至る序盤の展開や聖杯戦争の基本的な説明などは、大胆なまでにばっさり省略されており、完全に「一見お断り」な内容になっています。
観ていてこれは結構凄いことをやったなって思いました。もともと桜ルート自体、原作ゲームではセイバールートや凛ルートを攻略した後で初めて選択可能なものでして、その展開も前2ルートを踏まえたものとなっているいわば「上級編」です。
今回のような大規模な映像化であれば幅広い層に観てもらうためにも、物語の根幹をなす世界観とかは本来はわかりやすく描くべきなんでしょう。
けどあえてそうはしなかった。そこを全部斬り捨てて、その分のリソースを全て、桜ちゃんというヒロインを深化させる方へ投入してしまっているわけです。なんというか、製作サイドの英断にはもはや敬意を表するしかないでしょう。
現在、興収10億円を突破したそうですが、上のような意味で言えばこれは快挙と言えるのではないでしょうか。次作「第二章 lost butterfly」は2018年に公開予定。首を長くして期待したいところです。