かぐらかのん

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「幸せはあなたの心が決める(渡辺和子)」〜自由な態度と愛の実践

 

幸せはあなたの心が決める

幸せはあなたの心が決める

 

 

 

* はじめに

 
幸せになる心の在り方とはなんでしょうか。本書を通読して私なりに感じた事を言わせていただければそれは「自由な態度」と「愛の実践」なんだと思います。
 
 

* 自由な態度

 
渡辺シスターは自らが長らく学長を務めたノートルダム清心女子大を「自由人」を育成するリベラル・アーツ・カレッジだと言います。「自由人」とはなんでしょうか?
 
そしてそれは、読んで字の如く、自らに由って自分の人生を生きていく人たちです。他人に由るのでなく、他人に甘えるのでなく、自分の幸・不幸は、自分に由るという淋しさとつらさと、そして喜びをもって生きてゆく人たちなのです。
 
〜本書より(Kindle位置:239)

 

 
ここでシスターは「人間の自由というのは、諸条件からの自由ではなくて、諸条件に対して、自分のあり方を決めていく自由である」という、ヴィクトール・E・フランクルの言葉を引用しています。
 
 
フランクルによれば、人の根源的意志とはフロイト的「快楽への意志」でもアドラー的「優越への意志」でもなく、ただひとえに「生きる意味への意志」だといいます。
 
そして、「生きる意味への意志」は「人生が出す問い」に、都度答えていく事で満たされる。
 
たとえ困難な境遇でさえも、その困難に目を背けず対峙していく態度により「生きる意味」は満たされるという。
 
すなわち、困難な境遇に直面した時、我々は困難と戦って、それを排除していくことも大切ですが、時には困難をありのままに受け入れていくことも大切になってきます。
 
だからこそ日々「自由な態度」であるためには、シスターが言う「変えられるものを変える勇気」「変えられないものを受け止める心の静けさ」「その両者を見極める英知」が大事になってくるということです。
 
 

* 愛の実践

 
「愛されたい」と思わない人はあまりいないと思います。だからこそ、世の中には様々なモテ本とか恋愛本が存在するわけです。こうした「愛される技術」に比べ「愛する技術」というものはあまり顧みられることはありません。
 
けれども「いかに愛されるか」という生き方は、他者に縛られた苦しい生き方になります。これに対して「いかに愛するか」という生き方は、他者に縛られない自由な生き方です。
 
愛の本質を表したものとして、シスターは「愛すると言うことは、単なる熱情ではない。それは一つの決意であり、判断であり、約束である」と言うエーリッヒ・フロムの言葉を紹介しています。
 
 
フロムによれば、成熟した愛とは「与える」という能動的活動であり、その能動的要素として「配慮」「責任」「尊重」「知」を挙げています。つまり、愛とは相手に対して積極的な「配慮」を払い「責任」ある態度で「尊重」することを通じ、相手を「知」ることであるということです。
 
こうした「愛する技術」を涵養するためには、日々における「愛の修練」が重要になってくるわけです。
 
ふだんからピアノの練習もせずに、立派なピアノを見つけさえすれば、上手に弾けると思ったり、絵を描く練習もせずに、ひたすら美しい形式を探している人にも似て、ふだんから「愛する」練習をしないで、素敵な人との出会いを待っていては、いけないのです。
 
〜本書より(Kindle位置:559)

 

 
愛する力を育てるためには、まずは、毎日の生活の中で当たり前だと思う事を、さらには不幸や災難さえも「有り難い」と感謝の気持ちで受け止めていくことが大切であるということです。
 
「面倒だから、する」ということ、「の」の字の哲学で受け止めるということ、「周辺のカルカッタ」へ手を差し伸べるということ。本書で取り上げるこれらの営みはまさしく「愛の実践」の具体例と言えるでしょう。
 
 

* おわりに

 
こうしてみると「自由な心」と「愛の実践」は「認知」と「行動」の関係にあるのがわかります。すなわち、本書で説かれる生き方は、ある種の認知行動療法としてもとらえることができるわけです。
 
我々は「生の現実」をイメージや言葉を通じて「パーソナルな現実」として把握しています。「生の現実」を変えることは難しいが「パーソナルな現実」を変えていくのは個人の在り方次第です。
 
「幸せはあなたの心が決める」。これは高邁な理想論などではない。むしろ、我々がこの困難に満ちた日常を生き抜いていくための実際的な智慧であり戦略であるということです。
 
 
そういうわけで、新年最初の投稿でした。袖振り合うのも他生の縁。本年もよろしくお願いします。