かぐらかのん

本や映画の感想などを書き記していくブログです。

コミュニケーションというアンサンブル--誰と一緒でも疲れない「聴き方・話し方」のコツ

* はじめに

 
本書は対人関係療法の第一人者による「まっとうなコミュニケーション」を身につけるためのガイドブックです。
 
コミュニケーションに苦手意識を持っている人ほど「まっとうなコミュニケーション」に対して、えらくハードルの高い幻想を持っていたりするわけです。
 
けれども本書を読めば「まっとうなコミュニケーション」とは決して「場をハデに盛り上げる能力」とか「機敏に空気を読み細やかな気配りができる能力」などという、トリッキーな能力ではないということがわかると思います。
 
大事なのは自分の特性にあったコミュニケーション能力を手にいれるということです。
 
本書を読んで「この程度で良いんだ。これなら出来そうだ」と思えれば、それは自信につながります。
 
そういう意味では本書はコミュニケーション能力の指南書のみならず自己肯定力を涵養する本でもあります。
 

* 領域意識を持つ

 
コミュニケーションを自在に扱う基本として本書は「領域意識を持つ」という事を至る所で強調しています。
 
我々は、もって生まれた気質、育った環境やこれまでの境遇などから形成された性格や価値観、今日の体調や機嫌など、様々な要素を前提として、自分にしかわからない「自分の領域」のイメージを持っています。
 
この「自分の領域」に他人がずかずかと踏み込んで来たと感じられた時、人は頭に来るわけです。
 
また「何も言いたくないけど私の気持ちを解ってほしい」という態度も「自分の領域」に責任を持っていないと言えますし、相手に配慮した言い方と曖昧な言い方とは似て非なるものです。
 
すなわち「領域意識を持つ」と言うのは「相手の領域を侵害しない」ということだけでなく「自分の領域に責任を持つ」ということでもあります。
 
こうして「まっとうなコミュニケーション」とは「領域意識」を念頭におき「伝える内容」は妥協せずに「伝え方」を最大限に工夫するというところから始まるわけです。
 
例えば、友人やパートナーに何らかの不満がある場合、「あなたのそういうところが不満なの」というのは完全に相手の領域を侵害しているわけです。
 
「相手に対する不満」とは、言い換えれば「いま私が困っている」ということを意味します。
 
なので「あなたのそういうところが不満なの」ではなく「私はこういうことで困っているから助けて」というメッセージを送ればいいわけです。最近キャッチコピーのように言われる「ユーメッセージではなく、アイメッセージで」というのもこの領域意識を端的に表したものであると言えます。
 
もちろん「相手の領域」はその人自身にしかわからないものであるため、期せずして他者の領域を侵害してしまう事もあるでしょう。
 
そういう風に自分の言葉で相手を傷つけたと感じた時も「今、あなたを傷つけたかもしれません」という風に「相手の領域」に踏み込むのではなく「今、私は失礼なことを言ったかもしれません」と「自分の領域」に止まってメッセージを発信することが大事になるわけです。
 

* 浮かんだ思考は脇におく

 
「話す力」と同等かそれ以上に「聴く力」はコミュニケーションにとって重要です。けれども、我々は日々「聴きたくない話」に多く直面する。
 
説教、自慢話、愚痴、陰口など、こういった楽しくない話をいかにストレスなくスマートに「聴く」にはどうすればいいでしょうか。
 
この点、本書は「浮かんだ思考は脇におく」聴き方を勧めます。
 
我々は相手の話を自分の思考とともに聞いています。「どうしてそういうこと言うのか」「それは言いがかりだ」といった「ネガティブ思考」で聞いていたり、あるいは「なんとかしてあげなければ」というような「アドバイス思考」で聞いていたりすると、どうしても精神的に疲れてしまう。
 
そこで、こういう次々に浮かび上がる思考はとりあえず傍に置いておく。いま、ここの目の前の相手にマインドフルに集中する。
 
こういう聴き方であれば、精神的に疲れることはなく、更には相手も「あの人は聴き上手だ」と好印象を持ってくれるかもしれません。まさに一石二鳥の態度と言えますね。
 
人は基本的に自分の事を話したい生き物です。なので逆に言えば、聴き上手は好感度を上げる上でブルーオーシャンとも言えるわけです。
 
それに、こういう日常至る処で「聴く訓練」を積み重ねておけば、いざという時、真剣に誰かの話に耳を傾けなければならない時、これまで培ってきた「傾聴力」が必ず役立つはずです。
 

* 役割期待の不一致を解消する 

 
「声が小さくて聞こえない」
 
「どうしても自分の話ばかりしてしまう」
 
「空気をうまく読めずどうリアクションして良いかわからない」
 
「落ち込んでいるあなたを励ましてあげたいけど、どういう言葉をかけて良いかわからない」
 
こういった自分の特性や事情を説明できるのも大切なコミュニケーション力です。
 
コミュニケーションの機能の一つのとして「自分の相手に対する期待を伝える」という点が挙げられます。
 
対人関係においてストレスを感じてしまうのは相手に対する「役割期待の不一致」に起因することが多々あります。
 
そこで前もって自分の相手に対する期待を伝えることでことで「役割期待の不一致」をできるだけ解消しておくということは極めて重要と言えるでしょう。
 

* 沈黙を愛でる余裕を持つ

 
「沈黙を如何に上手く扱うか」というのも重要なコミュニケーションスキルのひとつです。
 
初対面の相手やそこまで親しくない相手だとぎこちなくなってしまう。だから「沈黙」とはむしろ「ごく自然なコミュニケーション」ともいえるでしょう。
 
だから「何か話さなきゃ」と焦る必要は全く無いんです。まず自分が落ち着いて、沈黙をあるがままに味わいながら、時間の使い方を相手に委ねる。これも立派な「非言語的コミュニケーション」です。
 
それに逆説ですが「話さななくても良い」と思うと話せるようになったりするわけです。むしろ、こちらから話しまくってしまうと相手に「話題を考える余裕」と言うのがなくなってしまうというのもあるでしょう。
 

* おわりに

 
本書は事例が豊富で、解説も「例えばこんな風に言ってみてはどうですか」と極めて具体的です。本書をたたき台にして色々と実験してみるといいでしょうね。
 
ある意味、コミュニケーションというのは音楽のアンサンブルのようなものに似ている気がします。
 
煌びやかな主旋律を奏でる役割もあれば、主旋律を彩る対旋律を奏でる役割もあり、楽曲全体の低音部やリズムをしっかり支える役割というのもある。
 
要するに何が言いたいのかというと「場の中心で皆を盛り上げる人」というのはヴァイオリンのように華やかな存在ではありますが、それがコニュニケーションの全てではないということです。
 
話を上手に膨らませたり、あるいは静かにニコニコ聴いていたりと、その人それぞれのコミュニケーションの方法というのがあるわけです。
 
皆が皆、ヴァイオリンを手にめいめい好き勝手なフレーズを弾きまくる音楽というのは囂しいだけで誰も幸せにしないでしょう。だから是非とも自分の特性に相応しい楽器を見つけて自分だけの旋律を奏でるようなりたいものですね。結局のところ「まっとうなコミュニケーション」とはそういうことなんだと思います。