かぐらかのん

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「昔話の深層(河合隼雄)」を読む。「無意識」と格闘する事で実り多き人生が拓けてくる。

 

 

 

 

本書は「ヘンゼルとグレーテル」「いばら姫(眠れる森の美女)」といった、あのグリム童話の数々をユング心理学の視点で鮮やかに読み解いていく目から鱗グリム童話解説です。
 
河合隼雄先生といえば、面白エッセイストとか対談の名手、あるいは文化庁長官というイメージが強いですが、本書では本業(?)であるユング派分析家としての本領が遺憾なく発揮されています。
 
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ユング心理学の特徴の一つとして「集合的無意識」における「元型」の概念が挙げられます。
 
「無意識の発見者」と言われるジークムント・フロイトによれば、人の心は意識(前意識)と無意識に分けられるとされます。これに対して、カール・グスタフユングは無意識をさらに「個人的無意識」と「集合的無意識」に分けることを提唱しました。
 
集合的無意識というのは、ユングによれば個人的体験を超えた人類に共通する先天的な精神力動作用である「元型」によって構成されるという。
 
世界中の神話、伝説、昔話の間にある一定の共通した典型的なイメージが認められるのは、この「元型」の作用に他ならないということです。
 
典型的な元型として太母、影、アニマ、アニムス、トリックスターなどがあります。
 
 
▼ 太母
 
母性の元型。グレートマザーともいう。
 
母性はその根源において「何かを産み育てる」という肯定的な面と、そして「全てを呑み込む」という否定的な面を併せ持つ。
 
河合氏は、いわゆる対人恐怖症は日本社会の母性的な特性に根ざしていると指摘する。
 
 
▼ 影
 
自我から見て受け入れ難い人格的傾向。「生きられなかった反面」。
 
影は自我の統制が弱くなったときに表面に浮かび出てくる(二重人格はその極端な例)。自分の影を否定するため、その影を誰かに投影するということは日常よく見られる傾向である。
 
影には個人的影の他に「人類悪」ともいうべき普遍的影が存在する。
 
 
▼ アニマ・アニムス
 
男は男らしく、女は女らしくといったように、人は社会から一般的に期待されているペルソナ(仮面)をつけて生活せざるを得ない一方で、ペルソナ形成の過程で排除された男性の中の女性的な面、女性の中の男性的な面もまた同時にわれわれの中に存在し続ける。
 
前者をアニマといい、後者をアニムスという。アニマはエロスの原理、アニムスはロゴスの原理がそれぞれ内在されている。
 
男女関係は、影、アニマ、アニムスが加わる時、6人の男女の組み合わせとなる。会話をしながら一体誰と誰が話し合っているかを見極めていかないとそれは全く混乱したものになる。
 
 
 
多くの神話や伝説などの中に登場するいたずら者、ペテン師。低次においては単なるいたずら好きの破壊者であるが、高次においては新しい秩序や建設をもたらす英雄的行為をなす。
 
人は誰もが心の中にトリックスターを持っている。人が個性化の過程を歩む上で、時にトリックスターが大きな助けとなる。
 
 
 
例えば、自分とは真逆の性格の友人がどういうわけかムカムカして仕方が無いというのは、その人に自分自身の「影」を投影しているのかもしれません。
 
また、ある異性を見たらどういうわけかドキドキして目も合わせられないというのは、その人に自分の中にある「アニマ(アニムス)」を投影している場合が多いということです。
 
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さらにユングは意識体系の中心をなす「自我」に対して、無意識をも含めた心の全体の中心部に「自己」という元型を仮定し、自我と自己との間に適切な相互作用関係の確立することで自己の全体性を回復していく個性化の過程を称して「自己実現」といいます。
 
このユング的な「自己実現」はその辺のキラキラワードとして安易に用いられる「自己実現(笑)」とは違い、自分の心の奥底に潜む「これまで生きられなかった反面」としての元型との対決に他なりません。
 
自らの中にある「元型」から目を背けずに真正面から格闘すること。それは痛みを伴ういばらの道でしょう。けれどもこのような困難を乗り越えてこそ、初めて自我はより高次の統合へ導かれていくわけです。
 
このような過程を経ることで、実り多い素敵な人生というものが、開けてくるということなんでしょうか。
 
こういう風にユング心理学というのは「今の苦しみはあなた(自我)のせいじゃなくて、もっと別の所(無意識)から来てるんだよ」と言ってあげる「優しさ」と「でも最後はあなた1人でそれらに立ち向かわなきゃいけないんだよ」っていう「厳しさ」を併せ持った理論だとも思うわけです。
 
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ユングの概念って定義的には結構ふわふわして掴み所の無い所があるので、「ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家は、グレートマザー」というように、具体的なイメージの中で掴んでいった方が理解が進む部分もあるでしょう。そういう意味で本書は何かとハードルの高いユング心理学への恰好の入門書とも言えるでしょう。
 
河合先生の書かれたものの中ではどちらかといえば難しい部類に入るのかもしれませんが、基本的な部分の解説は丁寧にされていると思います。日々、目にする小説や映画を漫然と消費するだけでなく、より深い視点から味わい、読み解いてみたいという人にもお勧めの一冊です。