かぐらかのん。

日々のくらしのメモ帳です\(^o^)/

V・E・フランクル「それでも人生にイエスと言う」

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ずっと読もう読もうと思っていて、なかなか手が出せなかった本ですが、今年の最後に読めてよかったです。
 
一応、内容を概略的に言いますと、本書では「我々が人生に何かを期待できるか」ではなく、「人生が我々に何を期待しているか」を考えないといけない、という価値観の転換を提示します。
 
すなわち我々は生きる意味を問うのではなく逆に問われているということです。その都度その都度我々はその問いの答えていかなければならない。
 
ある時、それは何かを創造する価値であり、またある時、それは何かを体験する価値であり、そしてある時は、困難に対する態度という価値を期待する。すなわち生きていくこととは答えていくことに他ならないのです。
 
換言すれば生きる価値の無い人などこの地球上に誰ひとりとしていないということであり、ここから、ひとりひとりの人間にはただそこにいるだけで価値があり、その存在こそがかけがえのないことであるという、圧倒的なまでの人間讃歌が導き出されるわけです。
 
そういう意味で、本書の「それでも人生にイエスと言う」というタイトルは同時に「それでも人生はイエスと言う」ことでもあるということです。強制収容所という「この世の地獄」をくぐり抜けてきた著者の言う「それでも」という言葉は限りなく、重い。
 
フランクル心理学の枢要は人間の根源的衝動は「意味への意志」の追求だと言います。「意味への意志」はフロイト的「快楽への意志」やアドラー的「権力への意志」よりも、より人の根源に根差すもの、と位置付けられていますが、理論的には、かなり重複する部分があるような気がします。
 
ただ、フランクルの真骨頂は、「苦しみ」や「痛み」の中にこそ本当の輝きがある、という側面を大きく強調している点にこそあるのではないでしょうか。
 
もちろん我々凡人が簡単に到達できる境地ではないでしょう。どんなに頭で理解していても、自身や親しい人の死が目の前に迫ればやっぱり自分を保つことは難しいと思うんですよ。
 
けど、日々の暮らしで出会うちょっとした困難であれば、この本が言っていることを思い出して「いや、いまこそ人生から困難に対処する態度を問われている、それでもイエスと言い切れる」と考えることはそんなに難しくはないと思います。
 
日々、そういう思考、心のあり方をなるべく心がけたいものですね。そういうわけで、あっという間に2016年も終わりですね。どうか皆様、良いお年を(^o^)ノ
 
それでも人生にイエスと言う

それでも人生にイエスと言う