著者はスタンフォード大学の精神科教授。スタンフォードは睡眠研究のメッカとして知られます。1953年のレム睡眠の発見以来、いち早く睡眠医学の可能性に注目。1963年、世界初の本格的な睡眠研究機関「スタンフォード睡眠研究所」を設立。1989年に初めて睡眠医学の教科書を作ったのもスタンフォードだそうです。
睡眠の重要性はいまさら言うに及ばないでしょう。睡眠不足は糖尿病や高血圧などの生活習慣病につながり、また、うつ病や不安障害などの精神疾患の発症率も高くなるといわれている。睡眠は「今日をがんばった自分へのご褒美」ではなく「明日をがんばる自分への投資」という発想こそが大事なのです。
そういうわけで巷では「何時間眠るのが理想」という議論が絶えないわけですが。そうはいっても現代社会を生きる我々はとにかく忙しい。仕事、家事、趣味、人間関係・・・色々なことに忙殺される毎日。実際問題、十分な睡眠時間を確保するのはなかなか難しいわけです。
そこで、本書は「ベストな睡眠」ではなく「ベターな睡眠」を提案します。つまり「量」が足りなければそこは「質」で補うということです。
この点、周知のように睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の周期があります。最初のノンレム睡眠は1番深いことで知られます。その後、眠りは少しずつ浅くなり、入眠後およそ90分後に最初のレム睡眠が出現します。レム睡眠は数分間。このレム睡眠の終了をもって「眠りの第一周期」は完結します。
睡眠の質はこの「眠りの第一周期」で決まると本書はいいます。覚醒中に蓄積された「睡眠圧」の放出が最も強いのがこの「眠りの第一周期」だからです。
従って、最初の「眠りの第一周期=黄金の90分」のノンレム睡眠をいかに深くするか、それが睡眠の「質」を作用する最も重要なポイントということです。
逆に言えば、「黄金の90分」が崩れてしまうと、残りも総崩れになってしまい、夜の世界が明けたとたんに「苦しい現実の世界」の幕が上がるということです。
ではどうすれば、この「黄金の90分」を充実させることができるか?本書はその一つの鍵が「深部体温」にあるという。
覚醒時、深部体温は皮膚温度より2度ほど高く、深部体温は日中は高く夜は低く、逆に皮膚温度は昼に低く夜は高くなります。これは皮膚温度が上がって熱放散が起こることで深部体温を下げているという関係に立ちます。
すなわち良質の睡眠は深部体温の低下によって得られるということです。入眠時には深部体温と皮膚温度の差をいかに縮められるかが重要となるわけです。
内容は熟眠のメカニズムを解明するといったいわば理論面に重きが置かれており、「これをやれ」といった具体的なハウツー的なものが欲しければ適宜、他書での補充が必要となるでしょう。
ただ、よくヘルスケア記事などで見かける例の「睡眠の質を高めるための◯個の習慣」みたいなものを全部マジメに実践しようとすれば、それこそ聖人君子のような生活をするしかなく、それはまた別のストレスを生み出してしまうことになります。
あるべき理想は横目で意識しつつも、自らのライフスタイルと現実的に調和させていかなければならないということです。質の高い睡眠を得る上で、現在の自分にとって何がベターな方策なのかという取捨選択の目は本書によって養われると思います。